第6話

 がらがらがら、ドアが開いた。大倉が、ちょっと急用ができたから、朝の時間は自習をしておくように、と言ってすぐ教室を出た。教室は一瞬ざわめきが止んだが、自習という自由時間が訪れたことを喜び再びざわざわしだした。

 机に伏せていた彼が目を覚ました。いつもと同じ光景を目の当たりにして戸惑っているようだ。彼がこっちを向いた。そして口を開いた。一緒に話すぐらいにはコミュニケーションをとっていたのだ。

「紫さん、僕、死んでないの。」虚ろな目で、かすかな声で、問いかけて来る。

「うん、死んでない。クラスメイトに殴られて死んだりしてない。」

「・・・。そうなんだ。じゃあ、『お兄ちゃん思いの少年の無念の死』は。『悲劇の英雄』は。存在しなかったの。ねぇ。」

 彼は矢継ぎ早に私に質問する。彼は、自分がクラスメイト達に暴力を振るわれて死んだことが、夢の中の出来事だと完全に整理できていない。さらに、私もその夢の内容を知っていて、その上で私が会話していることに気づかない。

「波多野くん、あなたは死んでなんかいないの。まだ、出来のいいお兄ちゃんとパッとしない自分を比べられたり、クラスメイトから陰湿ないじめを受けたりするこの世界で生きていかなくてはならないの。」

 彼が驚いた様子でこちらを見ている。この光景は風変わりで、おふざけ系男子に見つかったら、これこそいじめの原因になりそうなだった。

「波多野くん、この世はそんなに甘くないの。ほら、また退屈な日常が始まろうとしている。」

「えー、済まない、私事わたくしごとで時間をとられてしまった。まず朝の連絡だ。今日から二学期が始まる。とりあえず先生は、元気そうなみんなの顔を見られて安心した。今日からまたこのメンバーで受験まで突き進んでいこう。あ、あと伝え忘れたが、、、。」大倉がいつも通りの耳障りな声で話し始める。

 私は、人の夢が見える。頭の上に、ふわふわと夢のイメージが投影されるのだ。このような人は、「窓を持つもの」もしくは単純に、「窓」と呼ばれる。人の夢を見るための窓を持っているということだろう。詩的なような気もするが、直接的すぎる気もする。このような人は、1000人に1人ぐらいの割合でいるらしい。日本はほかの国と比べて少しだけ多いという統計もあるらしい。しかし、珍しいことには間違いない。

 この能力は遺伝するらしく、私の場合、両親とも「窓を持つもの」なので、私は完全な「窓を持つもの」となったらしい。この「窓を持つもの」は、もともと、夢占い師であった先祖から引き継がれてきたものらしい。一族でずっと夢占い師をしていると、どこからか占おうとしなくても、人の夢が見られる子どもが生まれたらしい。その名残からか、今でもこの能力は、自分がフルネームを分かっている人にしか、適応されない。また、当たり前と言えば当たり前なのだが、この能力は寝ている人を目の前にしないと発動されない。人の夢が見える、ロマンチックで不思議ではあるものの、あまり役立つものではない。私が生まれるときは、親戚一同、大騒ぎだったらしい。「窓を持つもの」の界隈でもちょっとしたニュースだったらしい。完全な、窓を持つものが生まれる、と。今までは、能力を持つ人と持たない人が結婚し子供をつくったので、能力を持つ人が生まれる可能性も低かったし、その能力も大人になれば薄れていく程度のものだったらしい。それに比べて、私は珍しい、ということだったのだろう。まあ、この能力についてちゃんとお母さんから教えてもらったのは、中学に入る時だったのだけれど。

〈藍坂中学三年生 完〉

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この世の夢は人の闇 頭野 融 @toru-kashirano

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