第4話

 夏休みが終わった。とはいえ、今までのような遊びで埋め尽くされたようなものではなかったので、ものすごく残念という気はしなかった。しかし、学校に足を運ぶのが憂鬱じゃないわけではない。受験生 ―受験生→受験+生・・・二字+一字→可能性などと同じ構成― という、単語を耳にタコが ―タコ=octopus― できるぐらい聞いた気がする。おかしい。頭が変なところで受験モードだ。塾の教室や家の勉強机では切り替えようにも切り替わらないのに。そう思いながら、窓際に向かった。

 みんなも同じ気だるさなのだろうか。教室の空気がどこか湿っている。天気はまだ照り足りないというぐらいの強い日差しなのに。こんな日でもうるさい ―うるさい→五月蠅い・・・五月の蠅(ハエ)は特にうるさいことから― のは、おふざけ系男子 ―○○系男子→草食系男子に始まり、ロールキャベツ系男子、可愛い系男子など世の男子を風刺するのにたびたび使われる― ぐらいだ。本当にうるさい。というか、まったく受験に関係ない、知識まで頭の中で氾濫を起こしている。やはり、慣れない勉強とやらを一か月間ぐらいずっとやり、知識を詰め込んだからだろうか。

 そんなことを思っていると、いつもの通り、正門に彼の姿が見えた。良かった。彼がちゃんと学校へ来た。あれは杞憂だったと思って席に戻ろうとした。そのとき、

「はたのが来たぞ~。しかもなんか付き添いがいる~。」

「え~、中三で付き添いかよ~。笑える~。」

「付き添いってなんだよ。母親かよ。」

「いや、男だな。よく分かんね~。まあ、教室に上がってきたら訊けばよくね。」

 こんな下世話な声に驚きながら、私はまた窓際に駆け寄った。たしかに、彼以外に男性の影がある。誰だろう。というか、教室に来たら、彼は質問攻めの体をとったいじめに遭うのだろうか。それとも、あえてのシカトだろうか。彼が寝る前に誰なのかを聞いてみようかとも思ったけど、それは彼は望んでいないだろうと思われるため、やめるべき、と脳内会議で決定した。

 ガラガラガラ、みんなが注目しているせいか、その音がいつもより大きく感じられた。8時23分。なんやかんや言っても結局、彼はいつも通りだ。そのまま一人静かに、机の上で寝られるといいのだけれど。彼がこちらに歩いてくる、なんてのは自意識過剰で彼の席に着こうとしているだけだ。よかった、いつも通り彼は自分の椅子の背もたれに手をかけることができた。これで大丈夫。

「おい、はたのくんよぉ。あの、つ・き・そ・いの男の人は誰なんだよう。紹介ぐらいしてくれてもいいだろう。なぁ。みんなもそう思うだろぉ。」こういう時に威勢の良くなるおふざけ系男子のボスだ。たしか名前は高山。

「そうだぞ。教えろよ。」さっき窓際で彼を見つけた男子の声。

「もうお前が誰かと一緒に来てることは分かってんだから、しらばっくれんなよ。」ボスが彼に詰め寄る。無駄にでかいボスの図体が威圧的だ。

「お兄ちゃんだよ。ちょっと一緒に来てもらっただけだよ。」そう言って彼は机の上に腕を置き、伏せた。

 周りの男子は、自分たちのいじめによって波多野 蓮が心細くなって、それでも何とか学校に来ようとしたことを知らない。無論そんなことは当人しか知らない。何でもできるお兄ちゃん、波多野 せいに比べられて家の中では肩身が狭い思いをし、学校でもいじめられ、それを心配する兄の親切さえ鬱陶しくなるぐらい波多野 蓮は追い詰められていた。あと一歩で、9月1日の自殺者リストに載るところだったかもしれない、ということも誰も知らない。

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