第15話3章



【3】




 とりあえず自分の考えは甘かったのをアギはあっさり思い知る。




 勝ち進んでしまった。

 それはもう簡単に。


 一回戦目の傭兵上がりらしい剣士の動きなど、はっきり言って止まって見えた。剣を抜くのも勿体無いような相手。

 大きな動きを避けて横に回り、蹴飛ばした。

 倒れた相手の首に手を掛けて、「参った言わねぇと喉を潰す」で終了した。


 その後も似たようなもの。

 本日の相手だってそうだ。

 バーンホーンの騎士でもなかなかの腕前らしい男。

 動きは止まっているように見えなかったものの、それでもハーブより遥かに動きが悪い。

 負ける訳も無かった。


 かくして、アギは決勝戦に駒を進めた。

 明日の相手は長兄。

 まぁ半ば予想通りだ。




 バーンホーンの街を歩く。

 ひたすら嬉しそうなのは横を歩くハーブだ。



「私の言った通りになったでしょう」


 誇らしげな顔。

 普段の吃り癖さえ何処に行ったのか。


「母が、そして私とラナが鍛え上げたアギ様が、負ける訳など無いのです」

「……悪ぃ。正直、適当に考えてた」


 特にハーブ。

 強いとは思ってなかった。


 ちなみにラナとの手合わせは寝そべった彼女に刃を一回でも当てれば勝ち、と言うルールでよく行った。

 ブレスは禁止。アギに傷を付けるのも禁止。もちろん本気も禁止。

 けど、ラナはこの遊び――彼女にとっては――を好んだ。


 幾ら飛竜が遊びのつもりでも、爪で突かれただけでも本気で痛い。翼の羽ばたきで人間が吹っ飛ばされる。


 一度、少しだけ手加減を間違えたラナの尻尾に吹っ飛ばされ、肋骨を何本か折られた。

 シアが生きていた頃だ。

 癒しの呪文を使えた彼女がいなければ、今頃アギは死んでいたかもしれない。


 それ以来、ラナは本当に用心深く相手をしてくれる。

 


 そのラナもバーンホーンに来ている。

 ハーブとラナも決勝まで進んでいた。

 彼らの方がもっと楽勝だ。

 ラナの気迫に負けて、試合放棄をした飛竜さえいる。


 優れた飛竜にはよくふたつ名が送られる。

 有名な所ではコーネリアに送られた『竜妃』。

 ハーブとラナが優勝したのなら、その頃にはラナにもふたつ名がありそうな気がした。



 考えるアギの横でハーブはいまだ機嫌が良い。




「国の評判をお聞きになりましたか」

「知らね」

「アギ様の剣の腕は王のお子の中で一番だと」

「あー、そう」


 どうでもいい。



 それよりも王と言う単語で嫌なことを思い出した。

 


 バーンホーンの首都に来て以来、アギとハーブは城下の宿に泊まっている。城はどうも居心地が悪い。考えてみればそれも納得だ。あの場所に住んだ事など物心付く前だけなのだから。


 その居心地の悪い王城に、今夜呼ばれているのだ。

 父が個人的に会いたいと言っているらしい。

 サボりたい。

 会いたくも無い。

 だが、王が個人的にアギを呼び寄せたと言うのは、ハーブが機嫌をよくした最大の原因だ。

 これでサボる、なんて言ったら本気で哀しまれる。


 一応、止めておこう、と思った。




「――さて、と」



 時刻はまだ余裕がある。


「ハーブはラナの所、行くのか?」

「お許し頂けるのならば」

「俺も親父の所に行かなきゃならねぇから」


 ラナは他の飛竜を威嚇してしまうので、わざわざ街外れの廃墟に等しい建物を与えられている。

 ハーブはその廃墟と宿、闘技場をまめに行ったり来たりしていた。



「……少し、早いのでは?」

「適当に街歩いて時間潰す」

「分かりました。その……お気を付けて」

「アリガト」





 アギは本当にぶらぶらと歩き続ける。

 砂漠の街とは言え、バーンホーン首都は賑やかだ。最近の流行らしい鮮やかな布地の服に身を包む少女たちを眺める。

 少女の一人が綺麗な銀髪で、思わず目で追った。


 そんな自分に改めて苦笑。


 苦笑するアギの足元で赤ん坊が泣いた。



 赤ん坊?

 まさか、と思い視線を向ける。


 猫がいた。


 人の流れがある大通り。その足元、何故かぽっかり空いた空間に、毛の長い猫が座っている。


 猫は赤ん坊のような声で鳴いた。



 動物は嫌いではないが、食料としての動物以外、殆ど触った事が無い。人間以外で触れたものと言えば飛竜と馬ぐらいだ。


 猫はアギを見ている。

 毛の長い猫。視線だけが合う。


 その猫が笑った気がした。


 頭の右側。耳の奥が高く鳴り――そして声が響いた。



 あとで。



 高い少女の声だった。



 猫は立ち上がり、つぃと歩き出す。



「お――おいっ!」


 呼び止めるアギの声は届かない。



 追いかけようとして気付く。

 空が紅く染まりつつある。

 時間だ。

 一瞬だけ迷い――アギは猫を追う事を諦めた。


 大丈夫。

 少女の声は「あとで」と言った。

 ならば会う機会もあるだろう。

 そう信じる事にした。

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