第14話15章・現在、シルスティン編 前編
【15】
シルスティンへ向かう為の竜騎士部隊。
それの編成については人の騎士団からはふたつ返事で了解が来た。
早く突っ込め、と言わんばかりの言動に嫌気が差すがまぁいい。結果は同じだ。
編成を考えるゼチーアは軽くこめかみを揉んだ。
テオドールの意見も欲しい所だ。
個人的な調査――シルスティンの結界強度を調べるための基本的な数値を持ち込んだのも彼だ――を終えた後、ゴルティア国王と何故か二人きりで話し合っている。
ゴルティア現国王のセインは、もう50歳に手が届く筈だがどう見ても10歳以上……いや、下手をすると20歳以上若く見える。
端正な容姿とあわせて、エルフの血を引いているとの噂もあるぐらいだ。
芸術を愛し、音楽を好む。争いごとなど好まないような一見温厚そうにも見える男。
が、セイン王がシルスティンを欲しがっているのは事実だ。
それだけで済むのか、と考える事もある。
狂王ボルトス没後、大陸を支配しかけたのはゴルティアだ。
当時は帝国などと名乗り、周囲の国を喰らい、飲み込み続けた。
そのあまりの速度に恐れをなした他国により、ウィンダムでの休戦同盟が結ばれ、ゴルティアの領土も整えられた。
当時、ゴルティアの領土になっていたシルスティンも正しい王家に返された。
500年前のこの争いを、昨日の事のように語っていた王を思い出す。
彼は基本的にはおとなしい。
今のゴルティアは平和だ。
それにあわせたように、おとなしい。
水面下で何か動いているのかもしれない。
シヴァに探らせる手もあるが――止めた方がいい。
危険だと、何かが囁く。
「――ゼチーアさん?」
「……っ?!」
音の無い悲鳴が出た。
顔を上げると、目の前に今考えていたシヴァが立っている。
執務室。
何故、此処に?
その疑問符が顔に出ていたのだろう。
シヴァは軽く笑った。
「いくらノックしてもお返事頂けなかったので……勝手にお邪魔しました」
「……驚いた」
「スイマセン」
「いや」
大丈夫だ、と答える。
シヴァはゼチーアの手元も見ずに口を開いた。
「シルスティンへの部隊ですか? 何名ほど?」
「7名」
「……少なくありませんか?」
「これでも多い。中に入るのは4名だ」
「……」
「テオドール殿と私が出る。後はロキとルークスを連れて行く」
「ルークス?」
意外な名前に驚いている。
「まぁ最近頑張っていますけど……前みたいな事になりませんか?」
「ならば死ぬまでだ」
「……」
シヴァを見る。
「……勇者たちが別に動いている」
「……」
シヴァは沈黙し、少しだけ迷った表情の後に、言った。
「彼らに任せてしまった方がゴルティアの被害は少ないのでは無いですか?」
「出来ない」
「……ゴルティア竜騎士団としてのプライド故ですか? それとも――」
「勿論竜騎士団としてのプライドだ」
「……プライドで命を捨てると」
「真っ向から協力体制など組めるか」
「………へ?」
きょとんとした顔。
「遅れて入る。向こうで『偶然』合流する」
シヴァの顔に浮かぶのは笑み。
にこにこ笑って、机に両手を突く。
ゼチーアの顔を覗き込む笑顔は、普段の彼のものだ。
「やだなぁ、どうしたんですか、ゼチーアさん、すっかり丸くなっちゃって」
「使えるものは使おうとしているだけだ」
「あれれ。じゃあ、そういう事にしておきます」
笑顔で身を引く。
「でも、向こうで合流って、そう簡単に出来ます? シルスティンも広いですよ?」
「ロキは探索系の呪文も扱えただろう」
「探索系の呪文って、相手の持ち物持って無いと難しいのでは? 何かありますか?」
ゼチーアは机の引き出しからそれを取り出す。
銀の鱗。
「……イルノリアの?」
「デニスが持ってきた。――シズハ殿が銀竜の鱗のお守りを多数必要としていたらしい。その余りだ」
「……準備万端過ぎて怖いぐらいなんですが」
「偶然だ」
「まぁ偶然を味方に付けた人間が一番強いですからね」
銀の鱗を手の中に握り込んだ。
本当に小さな鱗だ。
思い出す銀竜。
幼いのか、元々銀竜と言う種が小さいのか。
比べようも無い。
銀竜など、イルノリア以外に見たのは女王の愛竜、エルターシャだけだ。
――エルターシャ?
「……シヴァ」
「はい?」
「エルターシャだ」
「………は?」
何故思いつかなかったのだ。
「すまん、今の私は混乱している。――シヴァ、私の質問に答えてくれ」
「はい」
シヴァは頭を抱えたゼチーアを見ている。
不安と戸惑いの色が強い視線を感じつつ、口を開いた。
「――エルターシャは死者蘇生を行えるな?」
「……あ」
一瞬の、間。
「シヴァ」
「は、はい!」
強い返事。
シヴァは何度も頷く。
「記録に残っているだけでも三度。――そして、25年前に」
「飛竜の蘇生を行っている」
蘇生の呪文を用いられたのはラインハルトの愛竜、ロバートだ。
蘇った後、飛竜と竜騎士は何の代わりも無く国に仕えている。
「……レイチェルの蘇生を行えるか?」
「わ、分かりません。でも……可能性は、ゼロじゃないと……」
時間が過ぎている。
屍体も無い。
だが、可能性はゼロではない。
ゼロで無ければ――ゼロで無ければ、それでいい。
今は、ほんの僅かな可能性にも賭けたい気分だった。
「――ゼチーアさん、出陣はいつに」
「少人数だ。用意が出来次第すぐ。ロキとルークスが手間取っている」
「ロキさんは武器を持ち込むのでしょうから、手間は掛かるでしょうね」
「ふん……私たちだけならば今にでも出陣出来るのだがな」
ロキやルークスは何か用意があるらしい。
対黒竜用の武器を用意しているようだ。
特にロキは竜騎士には珍しく、様々な武器を好んだ。飛び道具は彼の得意武器である。騎竜しながら両手用の飛び道具を扱うのはかなりの熟練を要する行為だ。
それは信頼している。
だが、準備に時間が掛かるのは――今は酷く苛々した。
「ゼチーアさん、焦らないで下さいよ」
「分かっている」
「なら二度は言いません」
シヴァは笑う。
「僕らも連れて行って貰えるのでしょう?」
「国との連絡要員のつもりだ」
「はい」
そこで何故かシヴァは沈黙。
視線を動かす。
「あのー」
「?」
「ライデンさんは、駄目ですか」
「……あの雷竜乗りか」
黒髪の大柄な男を思い出す。
「強いとは思いますよ。それに反省していたみたいです」
「連れては行かない」
手元の書類を見る。
ウィンダムに問い合わせた結果。
魔術で問い合わせたものだから、会話での答えを速記したものだ。
向こうのライデンの上司は開口一番、謝罪してきた。
風竜乗りだと聞いたが、それが嘘のように真面目そうな男。
気弱そうに男は何度も謝罪を述べた。
――私の部下がまた何かしでかしましたか。
そして続く言葉はこれだった。
それでもライデンとその片割れが確かに自由騎士団に所属し、幾つもの事件を解決しているのは分かった。
同時に、その無茶苦茶ぶりも。
「あれを従えられるとは思えん。――なら、王城に置いた方が良い。飾りとしては良いだろう」
「……あれ、もう使う気満々だったんですか?」
「言ったろう。使えるものは何でも使う」
特に今は。
「――シヴァ、用はそれだけか? ならやらねばならない仕事がある。必要な連絡は夜にでもさせよう。今は下がってくれないか」
「あぁ……あと、ひとつだけ、良いですか?」
「……何だ?」
シヴァを見上げる。
彼は少しだけ瞳を伏せるような表情をした。
迷いの色。
滅多に無い色。
「――“神殿”って何か分かりますか?」
「神殿? そこらにあるだろうが」
「いいえ……そうじゃなくて、何か別の意味の組織らしいんです」
「……?」
首を傾げる。
「特定の神を崇めているのではなく、ただ“神殿”と呼ばれているようです。建物さえもあるかどうか分かりません。複数の人間が所属しているようですが、メンバーの構成も数も不明」
「……何だ、それは?」
「分からないんです」
ただ、と。
「使っていた情報屋がこれに関しての調査中に失踪してます」
「……」
「竜騎士だったんです。白竜乗りの。――ですから、そんな簡単に何かあったとは思いたくないのですが」
「それは気になる話だが、何か現状に関係があるのか?」
「特に……ただ。何だか嫌な予感がして」
シヴァは片手で自分の身体を抱いた。
顔を曇らせる。
「スイマセン、ご存じないならいいんです。僕も……ちょっと八方塞で。全然情報が入ってきません」
「調査は止めておいた方が良いのではないか?」
「そういう気がします」
笑う。
「暗殺組織か何かかな、と思ってますが……本当に上手く潜っていて。――トップは四人らしいですけどね。それ以上は」
続けてシヴァが口にしたのは聞き慣れた単語だった。
「戦士、神官、魔術師――それから、道化」
「……それがトップの名前か?」
「通称らしいですけども」
「……」
訳の分からない組織は沢山ある。
いちいち構っていられない。
が――シヴァが此処まで気にしているのも奇妙に思える。
嫌な予感。
それを気のせいだと片付けていいものか。
「心に留めておこう」
「有り難うございます」
シヴァは何故かほっとしたような表情を浮かべた。
何事にも理由がある。
この時点で彼らの名前――“神殿”の名前を耳にしたのは、偶然では無かったのかもしれない。
今のゼチーアには気付く事など出来なかったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます