第13話11章・現在、異端宗教編


【11】





 螺旋階段の一番下に腰掛け、イブはアギが言う処刑人が訪れるのを待っていた。

 怯えながら。

 震えながら。

 何度も助けてと繰り返し、己の身体を抱く。


 外には人々の声がする。

 何か起きているのだろう。

 アギが言う終わり。

 それは、どういう事が起きるのを意味しているのか。


 怖い。


 シズハを思い出す。

 たすけて。

 震える唇から紡ぐ言葉は勿論届かない。

 たすけて。



 扉が開いた。



 シズハが来る訳が無い。

 分かっているが、イブは期待する。

 そして、その期待は打ち砕かれる。

 立っていたのは、ゲオルグだ。

 胸から出血している。

 深い傷だ。


 イブは立ち上がった。


「ゲオルグ……怪我……」


 癒そうと思った。

 咄嗟に恐怖を忘れるほどの衝動。

 

 伸ばした腕はゲオルグに捕らえられる。強い痛み。イブは泣きそうに顔を歪める。自分の白い手首に紅い痕がつくのを、見た。


「姫」



 ゲオルグが言う。



「終わりだ」



「私も貴女も捕らえられ、処刑される」

「……」


 イブは軽く首を傾げた。

 ゲオルグを、見上げる。


 剣が持ち上げられた。

 刃が、首筋に。


 ゲオルグが処刑人なのか。

 イブは納得する。


「すぐに後を追う」

「……ぅん」


 言葉だけで頷いた。

 不思議と怖くは無い。


 ただ、願った。



 もう一度、シズハに会いたいと思った。


 彼はイブを運命と思わなかったけど。

 イブは確かに彼を運命と確信した。


 もう一度、会いたい。





 もう一度、会いたかった。



 表情を無くしたイブの頬に、涙だけが一筋、伝った。








 例えばこれはどういう物語だったのだろう。


 ゲオルグにとっての最終頁。

 更に軽くなったイブの身体を抱き締め、先ほどの彼女のように螺旋階段の一番下に腰を下ろす。


 彼にとってイブは女神だった。

 その女神を相応しい場所に送りたかった。


 小さな村の片隅で、便利な道具のように治療行為を行うだけのこの小さな少女を、救いたかった。



 イブが何度も語った物語。

 いつか王子様がやってくる。その王子様がイブを救ってくれると言う物語。

 その物語の王子に、本当はなりたかったのかもしれない。

 王子と言う年齢でもない。

 夢を見るような性格でもない。

 それでも、イブに愛される存在になりたかった。


 

 例えばこれはこういう物語。

 王子を求めた小さな姫君に王子は現れず。

 王子になりたかった騎士は王子になれず。

 そういう物語だ。


 不幸なだけの物語。

 御伽噺としては失格の物語。

 だけど、世の中は綺麗な御伽噺だけではない。

 それが現実と言うもの。


 それこそ、物語を調整する存在でもいなければ、綺麗な物語など成り立たない。


 そんな存在など有り得ない。



 有り得るとしたら――それは、神だ。



 ゲオルグは笑い、外の音に耳を澄ます。

 彼を探している声もする。


 イブを見た。


 笑い掛ける。



 そして、己の首筋に当てた刃を、一息に、引いた。

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