第13話 現在、異端宗教編

第13話1章・現在、異端宗教編


【1】




 これもある種の御伽噺だと彼女は思う。


 ベッドの上で彼女は目を覚ます。

 幼い、小さな身体はすぐに疲れて眠ってしまう。簡単な癒しの呪文を用いただけなのに。


 まだぼんやりする意識の中、瞳を開く。

 小さな体躯の彼女一人で眠るには広すぎるベッド。大人が三人は余裕で横になれる広さの中央で、彼女は小さく丸まっていた。


 世界に誰もいない錯覚。

 自分は一人だと、まるで半身を失ったような感覚を覚える。


 幾重にも垂れ下がる布。天蓋付きの寝台。

 布の向こうに、こちらに背を向けて男が一人腰掛けている。


 彼女に目覚めに気付いて肩越しに笑う。


 二十歳前後だろう。その男の顔を見るたびに、彼女は獣――具体的には狼を思い出す。

 短く刈った黒い髪に、同じ色の瞳。この大陸では珍しい色合いではあるが、男の場合、その内側に紅が見えた。

 欲の色。

 貪欲過ぎるそれは、あまり彼女の好まない色。


 よく日に焼けた男の身体も、そして剣を振るう腕も、今の彼女にとって必要なのだけど。

 けど――好まない色が見え隠れする。


 男の顔に、血の色がそのまま現れた真紅の瞳を向けた。


 人の顔立ちの美醜はよく分からない。

 

 狼。それだけは、思う。



 狼が笑う。


「――目ぇ覚めたか、お姫様?」

「……ぅん」


 消え入りそうな声で頷いて、ベッドの上、両手両足を用いて男の方に移動する。

 男が笑う。


 寝癖の付かない銀の髪を指先で撫で梳きながら笑う。

 微笑む、に等しい顔。

 でもやはり狼を思い出す。


 ぺたりと座り込んだ彼女に対し、男は彼女の長い髪をずっと弄っていた。

 武器を扱うだろう、長いが節くれだった指に、殆ど白の銀髪が絡む。


 絡めた銀髪を口元に捧げ持ち、男は軽く口付けた。


「――俺の姫。銀の姫君」



 銀の姫君。

 

 男は彼女をそう呼ぶ。

 白銀の髪に白い肌。纏うドレスも常に白。

 だからなのだろうか。

 それとも別の意味があるのだろうか。

 内緒の御伽噺を囁くように、二人きりの時だけ、男はその呼び名を囁く。


 くすぐったいような言葉だ。


 だがこの言葉が確かに今の彼女を作り上げた。



 

 男に口付けられる白銀の髪が、いつか男の欲の色である真紅に染まるのではと不安に思いながら、彼女は口を開く。



「おこられない……?」

「誰に?」

「ゲオルグ……」



 ここは私の寝所だから。



「怒られねぇよ。俺はお前専属の護り手だ」


 腰の剣を示す。

 炎のように波打つ刃を持つ剣。男の愛用の武器。人を切れば肉を削ぎ、大きな傷を作る刃。

 好きではない。



「アギ……」

「何だ?」



 男の名を呼ぶ。



「王子様は……見つかった……?」

「……」

「私の王子様、見つかった……?」


 男――アギは瞳を細める。

 黒い瞳が紅に見える。

 赤黒い欲が見え隠れ。

 いや、全然隠してない。



「見つからない。――でも、全力で探してる」

「おねがい、はやくね」


 アギの手を小さな両手で握り締める。


「私、こわれてしまいそう」

「壊れる前に探し出してやるさ、俺の姫様」


 白い頬にアギは軽く口付ける。







「あぁ――」



 銀色の小さな姫君に悟られぬように、アギは笑う。



「壊れる前に探し出して――殺るさ」






 これもある種の御伽噺だと、そう、思うのだ。


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