第11話4章・ゴルティアにて、少し過去



【5】






 翌日、ゴルティア王城へといつも通りに向かったシヴァは、竜舎前でゼチーアに掴まる事になる。



「ど――どうしたんですか、その怖い顔」

「昨日、何をした?」

「……え?」


 ゼチーアは本気で怒っている。

 眼鏡の向こうの目が怖い。

 思わずココでさえドン引き。



「市民から、『広場に捨てられている風竜がいる。拾っても良いのか?』と言う問い合わせが複数あった」

「……うわー……」


 シヴァは一歩後ずさりつつ、笑顔。

 顔に汗が流れている。冷や汗。


「……貴様だな、シヴァ?」

「ど、どうして僕だなんて――」

「お前が一緒に目撃されている」

「うわぁ」


 逃げ場所が無い。


「い、いや、ゼチーアさん、これには深い事情がありまして!」

「どんな、だ?」

「……痴話喧嘩でココが家出しました」

「飛竜を家出させる竜騎士など聞いた事も無い! 非常識だっ! 何を考えているんだ!」

「御免なさい、御免なさい!!」


 ゼチーアを拝む勢い。


 ゼチーアは瞳を細める。シヴァだけでなくココも見ている。怖い。


「喧嘩の理由はなんだ」

「僕が女の子と一緒に居るのに嫉妬して、家出しました」

「…………」


 無言で額に手を当てるゼチーア。眉間の皺が深い深い。


「竜騎士が竜騎士なら飛竜も飛竜もだ」


 額に手を当てたまま、手の向こうから、ココを見る視線は怖い。


「ココ」


 思わず返事。


「お前も竜騎士の片割れならばもっと心に余裕を持て。――例え竜騎士が誰と過ごそうとも、真に心休まる相手は片割れである飛竜だけだ。他の誰にも代われない、唯一の相手はお前だけだ」


 一息。


「シヴァと己自身を信じろ」

「……へぇ」



 シヴァの呟きにゼチーアの視線が動く。


「何だ?」

「いやぁ、流石に竜騎士歴が長い人の台詞は違うなぁ、と」

「本来ならばお前が伝えるべき言葉だ。……何と言って仲直りしたんだ?」

「すきって言われて、もういいやぁ、って気持ちになりました」

「………」


 あ、と、シヴァが声を上げる。


「そうだ! ココが言葉を話したんですよ!」

「本当か」

「前にも話したんですけどね」


 嬉しそうにシヴァがココの首を撫でる。


「感覚的に、鳥が言葉を覚えるのに近いものがあります。人間がよく口にする言葉を音で覚える。元々風竜は楽器の音を真似たりするのが得意ですから」

「あぁ……確かにそう聞く。笛の音で鳴く風竜も居た」

「そうでしょう? ただ、飛竜の場合、覚えた言葉の意味を理解している度合いが強いです。言葉の意味を、分かって口にしているのです」

「たいしたものだ」


 ゼチーアは少し嬉しそうだ。

 何だかんだ言っても彼も竜騎士。

 飛竜の事ならば興味を持つ。



「ココ、ゼチーアさんに何か言ってあげて下さい。僕に言ってくれた言葉でもいいですよ?」


 嫌。

 あれはシヴァにだけ。


「でも何か――」



 大丈夫、覚えてる。

 ゼチーア向けの言葉。


 ココは大きく息を吸って、喉を震わせた。

 鳴く。











「――はげ」







 ぷ、と、シヴァが吹き出した。



 ぎぎぎぎぎぎ、と軋むような音を立てて、ゼチーアはゆっくりと拳を握る。



「あ、いや、ゼチーアさん、これは――」

「飛竜の言葉は、意味を理解して使っている、と言ったな」

「ハ、ハァ、恐らく」

「そうか」



 凄まじい、笑み。


 あれ、と、ココは考える。

 ひょっとして、言ってはいけない言葉を覚えてしまったのだろうか。

 でもゼチーアの名前が出ると同時によく出される単語だ。彼に深い関係のある言葉だと思ったのだけど。

 

 第一、ハゲと言うのは髪の毛の足りない人の事だ。



 ぴったりじゃないか。



 考えるココの前で、凄まじい笑みのまま、ゼチーアはゆっくりと手を伸ばす。

 シヴァの腕をがっしりと捕らえた。


「教育的指導が必要なようだな」

「え、ちょっと待って下さい、何ですか、その指導って――って、本気で顔が怖いですよ、ゼチーアさん!!!」

「五月蝿い黙れ! 人の心を一人と一匹掛かりでこれだけ傷付けて、ただで逃げられると思うなよっ! ココ、逃げるなよ!!! 逃げたらただでは済まさんっ!!」



 御免、逃げる。


 翼を広げる。


 シヴァごめんなさい。

 ずっと一緒って言ったけど、約束破る。


 心に余裕を持って、傍に居ない時も作るようにする。


「い、いや、今作らなくとも!!」



 ごめん。



「何、お前の片割れが逃げてもお前にたっぷり指導してやる」

「ちなみに指導内容って?」

「……ゴルティア王城の地下室に入った事があるか?」

「え、何ですか、このデジャヴュ? まさか拷も――」

「皆まで言うな。――行くぞ」

「こ――ココ、助けて下さいっ!!」



 シヴァがずるずる引きずられていくのを、ココは空中から見守った。



 帰ってきたらいっぱい慰めてあげるから、生きて帰ってきてね。



 それだけを祈りながら。



                    終



  

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