第11話3章・ゴルティアにて、少し過去


【4】






 街はお昼時。

 広場には露天も出ていて、そこで昼食を買い求める人の姿も見える。

 

 ココはお腹が減ったと考える。

 飛竜は基本肉食。ココは魚も結構好きだが。

 シヴァと一緒に生活を始めてから、シヴァが食べ物をくれるので、最近は自分で狩りをしていない。

 誰かくれないだろうか、と、じっと食べ物を持っている人間を見るが、皆、ココから距離を置いて歩いて行ってしまう。


 ケチだ。


 べ、と舌を出した。



「――ココ」



 すぐ近くからの声。


 聞き覚えのある声。


 ココは慌てて顔を声と正反対の方向に思い切り向ける。


「何してるんですか、こんな所で」


 手が身体に触れる。

 微かに笑う声。


「噂になってますよ、街中で。捨てられた風竜が居るってみんな噂してます。ちょっと聞いただけで、すぐに此処が分かるぐらい有名になってますよ?」


 そっちの方が有り難い。

 誰か拾ってくれるかもしれない。


「ひろってください、ですか?」


 ココお手製の看板を示しているらしい。


「どうする気なんですか?」


 答えない。

 そっぽを向いたまま。


「ココは――僕が嫌いになりました?」


 まさか!!


 咄嗟に顔を声の主に向ける。

 軽く首を傾げ、いつものように笑っているシヴァを見た。

 その笑顔がちょっとだけ寂しげに見えて、ココは困る。


 

 

「――帰りましょう、ココ」


 嫌だ。


「お腹、空いたでしょう?」


 嫌だ。


「ココ」


 嫌だ。


 


 俯いて、シヴァと目を合わせないようにして首を振る。

 否定の動き。人間と同じ動き。分かり易い行動。



「ココ」



 シヴァが呼ぶ。

 息を吐くような寂しげな声。


 そんな声でココの名を呼んだシヴァは、「よいしょ」と声を上げてココの真横に座り込んだ。


 身体に掛けられたシヴァの重みに戸惑う。

 慣れた――嬉しい重みではあるが、何故、と。


「ココが帰るまで僕も動きません」


 軽く翼でシヴァの身体を突く。

 帰れ、と。

 人間の身体は野宿には向かない。

 病気になる。


「大丈夫ですよ。これでも意外と丈夫ですから」


 シヴァは明るく笑う。


 ココは困る。






 時間経過。


 少しずつ街は夕暮れに染まっていく。


 ココはちらりとシヴァを見た。

 シヴァと目が合う。

 慌てて視線を逸らす。


「――ココ」


 シヴァの声。


「僕に言いたい事がありますか?」


 迷う。


 小さく鳴いた。


 寂しいのは嫌い。

 シヴァが居ないのは、嫌。


「うーん……でも、始終一緒に居るのって難しいんですよねぇ」


 軽く突かれる。


「それはココも分かってると思ってたんですけど」


 分かる。


 でも、あのメスに負けるのだけは、イヤ。


「……あれ? ひょっとしてミーシャとの事を嫉妬してますか?」


 嫉妬。

 単純明快に言えば、きっとそう。


「ミーシャはまだ子供なんですから大目に見てあげて下さい」


 子供だって言うなら自分だって子供だ。

 まだ50歳にも手が届いてない。

 

 それに子供だ子供だ言うけど、あれは立派なライバルだ。シヴァを連れて行ってしまうライバルだ。


「ライバル……ですか」


 シヴァはくすくすと笑う。


「そんな事を思ってないと思いますよ、ミーシャは。――あの子は大きくなったらとびきり綺麗になって、僕の知らない誰かの所にお嫁に行く子です」


 僕の事は忘れて。



 シヴァの笑いながらの言葉を聞いて、それは何年先の事だろうと考え、問うた。



「さぁ。でも、20年は無いでしょう」



 20年。

 短いのか長いのか。よく分からない。


 飛竜の寿命を思えば短いのだろうけど、人の寿命を思えば長い時に思えた。



 ううん、長い時だ。


 長くて長くて――ぞっとする。

 一年だってあんなに長かった。

 助けを待って暗闇で過ごした一年は、本当に長かった。

 あれの20倍。



 いや、と、長い首をシヴァに寄せる。


 20年なんてあげない。

 誰かにあげない。

 一緒に居て。傍に居て。

 一瞬でさえも勿体無い。傍に居なきゃ嫌だ。


 シヴァの時間、全部、欲しい。

 誰にもあげたくない。


「だから」


 シヴァが笑う。


「そんな我侭言わないで下さいって。ずっと一緒なんて、本当に無理なんですよ?」


 嫌。


「……仕方ないですねぇ」


 笑うシヴァの声は嬉しそうだ。

 寄せた顔に顔を寄せてくれる。


「なら、まぁ、まず――勿体無い事は止めましょう?」


 勿体無い事?


「こんな所で仲良くしなくて――屋根のある、暖かい場所で仲良くしませんか?」


 ねぇ、と、シヴァが言う。


「帰りましょう?」


 ゆっくりとシヴァが立ち上がる。ココの頭を撫でる手。優しく笑う顔。

 向けられた笑顔。

 

「ココ」


 呼ばれた名に頷いた。


 帰る。


 シヴァと一緒に行く。

 身体を起こす。

 立てかけてあった扉が倒れた。

 ひろってください、の文字。


「あぁ……これどうしようかな……」


 ココは後ろ足でそれに乗る。

 めし、と。破壊される音。


「…………」


 砕いた。

 これならシヴァでも運び易い。

 二人で協力して運べば早く運べる。


「………えーと、まぁ、お願いして近くのお店で捨てて貰いましょうか……」


 シヴァは何となく複雑な顔をして壊れた扉の破片をひろい集めた。


 そのシヴァの服を引く。


「何ですか?」


 口を開く。

 喉を震わせる。

 鳴き声。


 遠乗りの先で贈ろうと思った、プレゼント。







「――すき」







 シヴァは目を丸くしている。

 聞こえなかったのだろうか。


 繰り返す。



「すき」



 人間の愛情表現の言葉だ。

 シヴァが頭を掻いた。

 集めていた木片がばらばらと地面に落ちる。

 それに気付いてないようだ。

 シヴァは何だか酷く複雑な顔をして頭を掻いていた。

 

 複雑な顔。

 嬉しそうな、泣きそうな、照れ臭そうな。

 よく分からない。

 でも、嫌じゃない、顔。


「あぁ――もう」


 シヴァの言葉。

 嬉しそうだ。


「分かりました。もう出来うる限り一緒に居ますよ。本当、ココが満足するだけ、ずっと、一緒に」


 ほんとう?


「こんな風に言われちゃあ――もう駄目ですよ」


 シヴァの手が差し出される。

 その手に顔を寄せる。

 抱き締められた。


 嬉しい。


 すき。

 この言葉はたいしたものだ。


 シヴァは中途半端な約束はしない。

 きっと本当にずっと一緒に居てくれる。

 大丈夫。


 もう大丈夫だ。




 帰ろう、と思った。

 シヴァと自分の居場所へ、帰ろうと思った。

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