第10話12章・現在、死竜編。
【12】
「武器? 武器ですか!!!」
応接間のソファに座ったミカは目を輝かせた。
「それこそ私にご相談下さい!! さっきのお約束もありますし、何でも出しますよ!!!」
ぱん、と、青白い両手を打ち合わせる。
重なった手がゆっくり開かれた。その間に、光。
「天空の城をも打ち落とした神の怒りを放つと言う魔筒から、遠い未来で主戦力になるだろう重火器、袖に仕込んでちょっとお隣さんをぶっすり殺っちゃえるミニ矢、もちろん極めてオーソドックスながらも殺傷力抜群の弓矢たち、滅竜式の弾丸を詰め込んだ超大型ボウガンまで――」
えへん、とミカは胸を張った。
「さぁ、どれにします!?」
「……」
応接間の天井を突き破りそうな長さの魔筒を見ながら、思わず沈黙。
ヴィーだけが平然と笑っていた。
「ラキス製の、バガンデ工房の弓とか、あったりしないー?」
「えー? あれぇ、何か凄いマニアックなお願いですねぇ」
「無いの?」
「あります、あります」
にんまりとミカが笑う。
ぱん、と手を打ち合わせ、その間に現す武器。
「くふふ、バガンデ親方さんの全盛期の弓。ただし一本つがえタイプのものですよ? 大丈夫です?」
「それでいいよ。二本も三本も矢を放てないもの」
「ですよねー!!」
装飾も何もない、地味な弓だった。
空中に浮かんだそれを大事そうに両手で受け止めたミカは、「はい!」と笑顔でシズハに差し出した。
「え?」
「あれ? シズハさんに差し上げるお礼の分ですよね、これ? それともそっちのおにーさん買取?」
「シズハへのお礼でいいよー」
「なら、やっぱり、はい!」
思わず受け取る。
「シズハぁ、後で貸してねー」
「……は、はぁ」
「可愛がってあげて下さいね!」
ミカは笑いながら右手の指を弾いた。
応接間に溢れていた飛び道具たちが一瞬で消えた。
「――失礼だが、お嬢さん」
テオの呼び掛けにミカは軽く首を傾げた。
「近頃、この近くで死竜が暴れているのだが――」
「うわわ、死竜なんて怖いですねぇ! 大変ですねぇ! でも私死竜とかよく分からないんで、えへへ!」
「……不死の民でも分からないのか?」
ミカの笑顔がはっきり分かるほど凍りつく。
「う――うぅ」
ソファの背もたれに縋る。
紅い瞳に涙。
「ご、拷問、しないで下さい……」
「………は?」
「だ、だって人間って不死の民を捕まえたら拷問したり酷い事するの好きな人が多いじゃないですか!! 心臓に杭を打ち込んだり、首を切り落としたり、生きたまま火を付けたり、口の中に塩を詰めたり! せめて砂糖にして下さいね!!!」
「え?」
「だってしょっぱいの嫌いなんです!! せめて砂糖! お願い!」
「……口いっぱいの砂糖と言うのも辛いと思います」
思わずシズハが呟く。
「う……本当はチョコレートがいいです……」
涙目のミカの返答。
テオドールは困ったようにヴィーを見る。
ヴィーは無言で肩を竦めた。
こんな調子の子なのは間違いない。
「ミカ殿、私は貴方に危害を加えるつもりはない」
「……本当ですか?」
「あの死竜の竜騎士でない限り、約束しよう」
「なら大丈夫です! 私は竜騎士じゃありませんから!」
一瞬前の涙が嘘のように、笑顔。
テオドールは一枚の紙を出す。
出掛けにシヴァに手渡されていたものだ。
広げられたそれには人名がずらりと並んでいる。
「……なぁに、これ?」
「――デュラハとラキスの不死の民の名前ですね……」
ミカが一目見て答えた。
「分かるか?」
「私の名前もありますもん」
中ほどを示す。
「ミカエル・ドラクロアス」
「………」
テオドールがミカの顔を正面から見た。
「あーでもミカって呼んで下さいね! ミカエルって男の人の名前じゃないですか。うちの親ったら趣味が悪くて!」
「……」
テオドールは何も言わない。
やがて、紙に視線を戻す。
ミカはまだ紙を見ている。
「――んーと、これは外に出た不死の民一覧ですか、あれれ、凄いの持ってますねぇ」
「この中に、死竜の乗り手が居ないかと思ってな。何か分からないか、ミカ殿」
「分かりません」
きっぱり、と。
「でも、死竜で人を襲ってるんですよね? そんな低級な不死の民は外に出して貰えませんよ」
「そうなのか」
「そうです。非血の誓い……血を吸わないって約束なんですけど、これ、拷問並にきっついんですよ。それに耐え切れたような人が、100年や200年、血を吸わないからって暴れたりしません」
そこまで言ってミカが胸を張った。
「私もちゃんとその誓いをして出てきました。えへん!!」
「――ならば、あの死竜の背に乗っていた人物は……誰なのか」
「……う、うぅ……シズハさんのおとーさん、スルーしてる……」
「――ミカちゃん」
「はぁい!」
「どうしても血が必要になる状況とか、無いのぉ?」
「………うーん……死に掛けている時とか」
呟き。
「血を吸わないと力が落ちていくんですね。精神力が100あったのが、力を使うたびに落ちていって回復無し。そういう状況なんです、私たちって。で、ゼロになっちゃうと、本当に人間と変わりありません」
なので。
「ゼロになってしまうと、本来なら掛からないような病気にも弱くなっちゃって……。人間みたいに死んじゃいます」
「血を吸うと回復する、と」
「はい」
応接間に居る人間たちの視線が交差する中、「で、でも!」とミカが声を出した。
「人間には内緒なんですけど、不死の民って懲罰部隊が居るんですよ! 騎士みたいな集団! 彼ら、人間に紛れて、違反行為を行う不死の民が居ないかチェックしてるんです。だから、そんな暴れている竜騎士が居たら、即刻処刑されちゃいます」
「……人間には、内緒?」
「そうそう! バレると人間パニックでしょう? なんで内緒なんですが――って、あー!!!!」
気付いたらしい。
口元を抑えて彼女がパニックになっている。
「どどどどどどうしよう!! 言っちゃった、言っちゃった!!」
「……此処だけの話にしよう」
「そ、そうして下さい、お願いします! 誰にも言わないで!!」
本気で涙目。
「うう……変な事をこれ以上言う前に撤退したいんですが……良いですか?」
「あぁ、有難う」
シズハの手の中の武器を示す。
「助かった」
「どう致しまして! また何かありましたらご用命下さいね! どんな武器でもご用意致しますよ!」
ミカは立ち上がる。
それからシズハを見て、笑顔。
「シズハさん、よければ村の出入り口まで送ってくれませんか? 村の中で迷子になっちゃって明日もお会いするとか流石に恥ずかしいです」
「泊まって行きませんか」
「いいです、いいです! 野宿には慣れてますから!」
「……はぁ」
テオドールも腰を上げる。
「私も竜舎に戻る」
応接間の入り口に沈黙のまま立ち尽くしていた妻を見た。
「キリコは先に眠りなさい」
「……何か御用がありましたらお声を掛けて下さい」
「有難う」
テオドールに笑いかけられ、キリコも少しだけ笑う。
いまだ、淡い笑みだった。
ミカが先を歩く。
「えへへ、シズハさんとまたお会い出来て嬉しいですよー」
楽しげな歩き方だ。
「それに少しはお役に立てました?」
「はい」
「良かった!」
踊るような足取りのミカ。その足元を見る。
月光で影は出来ない。
ぴたり、と。
その足が止まる。
村の入り口までまだ距離がある。
ミカは足を止め、シズハに向き直った。
笑み。
「シズハさんって」
「はい?」
「変わった人ですね!」
「…………」
少し傷付いた。
「あ、あ、あぁ!! 悪い意味じゃなくて、ええと、良い意味で」
「はぁ」
一応フォローしてもらえた。
「あのですねぇ――私が不死の民だって知って、怖いとは思わなかったでしょう?」
「思えません」
「嬉しいなぁ」
ミカは笑う。
……こういう笑ったり、転んだりしているさまを見ると、到底噂に聞く恐ろしい一族の一員とは思えない。
思える筈も無い。
今も目の前、照れたように前を向こうとして、自分の足に引っかかり、転んだ。
「大丈夫ですか」
「ふぁい」
顔から行ったらしい。
差し伸べたシズハの手に、捕まる。
「ん」
握った手をぶんぶんと振る。
「シズハさん」
「はい」
「竜の匂いがします」
「……」
思わず袖のにおいを嗅ぐ。
竜の体臭。
気にした事も無かった。
「あはは、えーと、そういうのじゃなくて、魔法的気配なんです」
ミカが楽しそうに笑った。
「シズハさんも竜騎士なんですか?」
「そうです」
「へぇ」
立ち上がる。
「私の兄さんも竜騎士だったんですよ」
「そうなんですか」
「絶対零度のクールガイだったんですけど、もう自分の竜には激甘です。ふーちゃんふーちゃん、って釣り目の細目をこーんな垂らしてデーレデーレ」
言葉に合わせて、指で目尻を上げて下げて、と、兄の目付きを表現する。
シズハは思わず笑う。
ミカの台詞の端々。兄への感情が見え隠れする。
「お兄さんと仲が良かったのですね」
「まぁ、それなりに」
ミカは笑み。
「死んじゃいましたけどね」
「………」
「あああ、気にしないで下さい! うちの兄さん、仕えている人を守って守って、最後に戦死したんですから、物凄い自慢げに死んだと思うんですよ、うん! だから問題なし!」
それに――
「それに?」
「あ、なんでもないです、何でも!!!」
ミカはぱっと動き出す。
「シズハさん」
距離がある。
「また会えるといいですね!」
笑う顔はただ明るい。
不死の民。
噂に聞いていた、血と闇に染まる種族とは、到底思えない。
「――お見送り、此処までで」
「え」
「最後までお付き合い頂いたら、私、ちょっとやんちゃしちゃいそうなので!」
「……やんちゃ?」
「内緒です!」
ばいばい、と手を振ってミカは走り出す。
「さようなら!」
叫ぶ声にミカが振り返り、大きく手を振る。
今度は転ばなかった。
ミカの後姿が闇に溶けるまで見送り、それから、シズハは家に戻った。
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