第10話2章・現在、死竜編


【2】




「私はミカちゃんです」

「ミカチャンさんですか」

「うわー、おにーさん、それ素で言ってますね? 私の名前はミカで、ちゃん付け希望なだけですよ、えへへー」



 こんな会話を自己紹介と言えるのかどうか。


 とりあえず、女の名前はミカで、商人としてあちらこちらを旅していると言うのだけは把握した。


「じゃあ、自己紹介も終わった所で!!」


 ミカはシズハの両手をがっしりと握り締めた。


「シズハさん! 幾つか質問とひとつお願いが!」

「は、はぁ」

「シズハさん、ひょっとして、すごーい有名な金竜さんと知り合いだったり、しません?」


 シズハは少し考え込む様子。


「……コーネリアの事ですか?」


 シズハが口にしたのは、大陸最強とも言われる金竜の名前だ。

 竜妃と呼ばれるその飛竜の実力は有名である。

 今はゴルティア竜騎士団に所属している筈だが。


 ……ゴルティアの名前に、ヴィーはちらりと考える。

 先ほど、シズハの口からその名前が出た。


 ミカは大喜びで歓声を上げてシズハの両手をぶんぶんと振っている。


「大正解! 知り合いだったりします?」

「父の片割れです」

「じゃあ、そのショートソードをくれたお父さんが、コーネリアの竜騎士なんですね??」

「はい」


 ……コーネリアの片割れ?

 

 アルタットが小さく鳴いた。

 思い出したらしい。


「じゃあ、やっぱりそのショートソードは本物かぁ」

「本物?」

「ううん、こっちの話です!」


 ミカは笑顔。

 それからコートの内側から、魔法のようにずっしりと重そうな袋を取り出した。


「シズハさん! そのショートソードをこれで譲って頂けませんか!」


 見るからに重そうだ。

 微かに響く音を聞く限り、入っているのは宝石か。


 ミカは笑顔のまま、袋の口を軽く開く。

 光。

 中身はやはり宝石。

 しかも魔石と呼ばれる、魔力を込めた宝石の種類だ。


「えへへ、シズハさんにまた会えたらいいなぁと思って、前回の報酬、全部宝石に変えたんですよ。訳の分からない木の実が報酬だったんですけど、バーンホーンの方では結構高値で売れて良かったです」


 袋の口を締めながらの台詞。


「どうでしょうか?」

「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます」


 シズハの言葉に迷いは無い。


「……うー、駄目ですか?」

「父から貰ったものなので、人には譲れません」

「うー……」


 指を咥えてシズハの腰に視線を注ぐミカ。


「な、なら、もうひとつお願いしてもいいですか?」

「何でしょうか?」

「そのショートソード、誰にも譲らないって約束して下さい。――私が手に入らない上質武器を、誰か他の人が手に入れるなんて、すっごいショック」


 シズハは笑う。

 ゆっくりと頷いた。


「ずっと俺が持っています」

「なら、いいです」


 ミカも笑顔。


「シズハさんは武器を大切にしてくれそうな人ですから、そういう人に持っていて貰えるなら、私も安心です」




「――シズハぁ」


 話が終わったのを確認し、ヴィーは片手を上げる。


「はい?」

「おとーさんも竜騎士なの?」

「はい」

「……ひょっとして」


 アルタットを見る。

 黒猫は小さく鳴いた。


「……テオドールって、人?」

「はい、そうです」

「……うわー、ゴルティア竜騎士団団長の息子だったのか、シズハ」

「と、父さんが何か?」

「ううん、あの人、俺苦手なのー。あの人の目って何でも見えちゃうから苦手なんだよなぁ」

「目? 父さんの竜眼?」

「そう。――まさか俺の中まで見えちゃわないと思うけどー、うわー会いたくなーい。面倒ー」


 本気で面倒になってくる。


「……シズハぁ、やっぱり前言撤回して、実家帰るの今度にしよう?」

「は、はぁ」


 何故そこまでテオドールを嫌がるのか理解しきれないらしい。


「……それにしてもシズハ」

「はい」

「おとーさんに似てないねぇ」

「……俺は母似なので」

「うん、騙された」

「だ、騙した訳では……」

「あー、御免ごめん。泣かないの、シズハー、ごめんってばぁ」



 ミカは小首を傾げてシズハとヴィーの会話を見ている。

 手に持っている宝石入りの袋を手持ち無沙汰に揺らしながら、会話の内容を読み取ろうとしているようだ。


 その彼女の手の中から、ふっ、と、重みが消えた。


「え?」



 きょとん、と、空になった手と、走り去っていく男の後姿を見つめる。


「き――」


 一呼吸、置いて。


「きゃあああああああああ、泥棒っ!!!!」



 大音量に周囲の視線が集まる。

 しかしミカは気付いてない。


「あの人が私の宝石をっ!! えーん、待って下さいよっ!!」


 走り出す。


 ばたばたと走り出す様は、どう見ても遅い。

 シズハはヴィーを一瞬見、頭を下げた。


「申し訳ありません、行って来ます」


 みゃん、と、ヴィーの肩からアルタットが飛び降りた。

 駆け出す。

 猫とは思えぬ速度。

 その後ろ、シズハも駆け出した。

 こちらも思った以上に早い。流石元とは言え騎士団所属。身体能力は人並み以上なのだろう。


 皆が駆け出してから、ヴィーは「さて」と呟いた。

 走ろうとはせず、ゆっくりとした歩調で後を追う。


「走るの面倒だからねー」


 そう呟いた。

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