第5話・9章


【9】



 ――アメリア。



 遠い昔。

 荒れ果てた森の中。男が己の横に座る緑竜へと話しかける。



 ――この森は本当は美しい森なんだ。


 ――手助けしてくれ。森を護ってくれ。


 ――お前なら出来るだろう?


 緑竜はゆっくりと頷いた。

 巨大な頭部を男に摺り寄せる。


 今にも息絶えそうな男の言葉を、静かに聞く。


 ――頼む、アメリア。



 あぁ、誓おう。我が騎士よ。

 貴方の肉体が滅び去り、魂さえも何処かへ消え、片割れの我だけがこの世に残されても。


 それが貴方の望みならば、此処を護ろう。


 安心して眠るがいい。

 我は魂を喪おうとも、此処に居よう。


 我らは竜で有り、人で有る。

 ふたつの魂で有り、ふたつの肉体で有る。

 ただ同時に。

 我らは竜で非ず。人で非ず。

 ひとつの魂で有り、ひとつの肉体で有る。


 我らは完全なる座へ至る、選ばれたもの。

 

 例えそれが一時遅れようとも何の苦痛か。

 やがて我は貴方と共に完全なる世界へと至る。


 ほんの一時。

 眠りの時間。


 それぐらいの孤独だ。

 

 耐え切れぬ、我ではない。


 だから安心して眠るが良い。


 我が騎士よ。


 眠りの中、我は貴方を夢見よう。

 竜の心を知り、共に生きた、我の片割れ。

 貴方と共に生きた短き時を、我は、永遠の誇りとする。




 長い眠り。

 飢えと乾きに起こされて、何度か血を貪った。


 それでも緑竜は眠り続ける。


 長い緑の夢を見る。

 鱗の隙間に忍び込む根に微笑んで、抱き締めるような土に身を任せる。

 風に揺れる身体を知り、雨に打たれる翼を思う。


 目覚めさせたのは懐かしい血。


 竜で無く。人で無く。

 竜で有り。人で有る。


 目覚めて見たのは竜の騎士。

 愛しい己の片割れではなく、他の竜の片割れ。


 それでも、いつかは完全なる座に至る同志。




 望むのならば与えよう。


 その代わり、与えて欲しい。


 騎士よ。名も知らぬ若き騎士よ。


 この森は美しいだろうか。


 我が片割れが望んだように、美しく、豊かに、育ったのだろうか。

 さぁ、教えてくれ、名も知らぬ若き騎士よ。


 記憶の交換。

 与えられたのは、若き騎士が見た森の風景。


 美しい緑。深き森。


 緑竜の片割れが望んだ、その姿。


 美しいのだな。

 これで、良いのだな。


 我が騎士の望みは果たされた。


 次は我の望み。


 我が後継者は既に産み落とされた。

 少しの眠りの後、後継者は目覚め、再び森を護るだろう。

 

 ならば、我は。

 

 竜と騎士の魂は常にひとつ。

 この世にひとつ、あの世にひとつ。

 そのような不自然は許されぬ。

 完全なる座へ至る為に、我らを、再びひとつに。



「――アメリア!」



 若き騎士が呼ぶ名。


 酷く懐かしいその名に、緑竜は笑う。

 また、呼んで貰おう。

 我が騎士に。

 その名を、何度も、何度も。


 翼を動かす。

 何、簡単だ。


 何百年飛んでいなくとも、すぐにそこに行ける。


 緑竜は動かぬ口で竜騎士を呼んだ。



 応える声が、確かに、彼女の耳に響いた。



             終


 

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