第5話・7章


【7】



 朝が来る。



「――イルノリア、どうしたんだ?」


 シズハの問い掛けに、彼の服を引っ張り続けているイルノリアは更に力を強くする。

 もう服が破けそうだ。


「イルノリア、疲れてるだろう? 少し休んだ方がいい」


 エルフたちからの願いで、イルノリアはエルヴィンの両腕を癒した。腕は幸いに繋がったが、まだ巧く動かないらしい。斬られた記憶が残っている時によくある症状。やがてゆっくりと傷は癒える。


 エルフたちはエルヴィンと共に生きるそうだ。

 人の願いで緑竜に育てられ、そして今、緑竜を失った森で。

 クルスがエルフたちを代表してそう教えてくれた。



 イルノリアが引っ張ってきたのは緑竜が滅んだあの場所。

 崩れた地面と折れた木々。そして緑竜の亡骸のかけらだけ。


「何が――」


 イルノリアは翼を広げ、飛ぶ。

 緑竜のかけらの上に降りた。

 そこで鳴く。


「……?」


 近付く。

 地面を覗き込むが何も無い。

 だがイルノリアは地面を前足で引っかいている。


 掘れと言うのか。


 シズハは地面に手を掛けた。

 土は柔らかい。

 素手でも十分掘れた。


 指先が何か硬いものの触れる。


 石か?


 手で慣らし、その硬いものを見る。


 灰色の――



「……飛竜の卵」



 アメリアは餌を求めていた。

 餌は妊娠、出産の期間に必要とされる。

 

「……」


 緑竜は自分の卵を地面に埋める。

 土に育てて貰うのだ。

 木々は根を伸ばし、その卵を包み込む。

 やがて生まれ来る緑竜に与え、そして、与えられる為に。


 シズハはイルノリアを見る。


 微笑んだ。


「クルスに、伝えておこう」


 森はちゃんと護られる。

 これからも、竜が、護ってゆく。



 シズハは卵に土を掛けながら思い出す。

 アメリアの記憶。

 流れ込んできたかけら。


 アメリアの竜騎士は荒れ果てた森を見ていた。

 美しい森だったのに、と男は嘆く。

 嘆く男は傷だらけだった。

 その男に寄り添い、アメリアは男と同じように森を見ている。


 森を守ってくれ、と男は願う。

 あの美しい森をもう一度甦らせてくれ、と。

 男は何度も繰り返す。

 その息が続く限り。


 男の亡骸を胸に、アメリアは蹲る。

 樹へとその姿を変え、森を受け入れ、眠りに付く。



 何百年前の映像か。

 分からない。

 分からないが、シズハは男に伝えたいと思う。

 森は美しい。

 今は、とても美しい。


 それを、男に伝えたいと思った。

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