第5話・4章
【4】
「――あれぇ、いらっしゃーい」
間延びした声に出迎えられ、クルスは牢に押し込められた。
エルフたちはすぐさま牢の入り口を締めてしまう。
地面に投げ出されたクルスにシズハが駆け寄る。
呼び掛けに、クルスは小さく呻く事で答えた。
「どうしてクルスを牢に入れるのか教えて欲しいなー」
ヴィーの問い掛けにエルフたちは答えない。
すぐさま闇に溶けた。
「で」
干草のベッドから身体を起こしたヴィーが、地面の上に座ったクルスを見る。
「何があったのぉ? 反対されただけ、って感じじゃなかったよー?」
「――シズハ、イルノリアが」
「どうした?」
「エルヴィンが――イルノリアを変な女に売り飛ばすって。そいつ、イルノリアを鱗剥いで加工するって――」
「な」
ふぅん、とヴィーが頷く。
目を細める。
アルタットが小さく鳴いた。
「まぁ、まず。何があったか、全部話して?」
クルスが泣きながら話した事を聞いて、無言でシズハが立ち上がった。
「シズハぁ、まず落ち着いて」
「イルノリアの危機に落ち着いてなど居られません」
「でもほら、まず色々考えないと」
「しかし」
「エルフの長、速攻緑竜殺す感じは無かったんじゃないのー? 恐らく、早くとも明日だと思うんだけどなぁ」
「保障は」
「何も」
ただねぇ、と。
「満月の晩に生贄の儀式をやるって拘っていたみたいだから、緑竜殺すんだったらそうかなぁ、と思っただけ」
「……その程度の保障では納得出来ません」
「うわー、シズハ本当に怒ってるでしょー。顔が怖いよー」
「……」
茨に向き直った。
シズハはそのままショートソードを抜く。
「シズハ」
クルスが呼ぶ。
「その茨は、生きてるんだ。自分を傷付けた相手を襲うようになってる。危ないよ」
「……」
ショートソードの刃が躊躇う。
「シズハぁ、イルノリアの危機って突っ走って、あんたが死んじゃったらどうするのー? イルノリアを未亡人にする気?」
「……未亡人には成り得ません」
ようやく答え、ヴィーの前に腰を下ろす。
シズハの横、アルタットが駆け寄り、腰を下ろした。
尻尾が軽くシズハの身体を叩く。
落ち着け、と言われているようだ。
「まず、その変な武器と、武器を渡した女ってのが気になるなぁ。
――シズハ、一撃で竜を殺すような武器、知ってるー?」
「……」
何故かシズハは言葉に詰まる。
表情が違った。
怒りではなく、困惑と――何故か、恐怖。
「……多分、知っています」
「どんなもの?」
「光が……金竜のブレスの直撃を喰らったのかと思いました。でも、違いました。風竜のブレスのように吹き飛ばされて――あぁ、爆発。そうだ、爆発です」
「……」
ヴィーがシズハの顔をまじまじと見る。
「ねぇ、シズハ。――喰らったの?」
「恐らく」
ヴィーの視線を真っ向から受けて頷く。
「バーンホーンとの交戦中、敵の魔法兵器によりシルスティンの火竜が戦死しています。――俺もその戦場に居ましたので、確かな話です」
「威力は?」
「敵軍の火竜が3匹と地竜が1匹、ほぼ即死です。し、シルスティン側の火竜も、乗り手も――あ、その」
「シズハ、いいよ、もう」
「……申し訳ありません」
シズハは頭を下げる。
顔色が悪い。
恐らく屍体を見たのだ。
戦場へと赴くのはそれが初めてでは無かっただろう。
それでも、恐怖するような状況。
想像したくはない。
クルスはそう思うが、ヴィーは特に気にした様子無く、考え込む。
指先で唇辺りを叩きながら呟いた。
「防御力の高い地竜を即死、ねぇ。同じ武器なら、緑竜でも殺せる可能性があるなぁ。対応策は……ありそう?」
「分かりません。俺はその時、周囲を確認出来るような精神状況ではありませんでした」
「アル――何とかなると思う?」
アルタットは少しだけ迷った。
みゃ、と、小さな声。
「まぁその通り、武器の形してるなら、扱う本人をどうにかしちゃえばいいかぁ」
クルスを見る。
「そのエルヴィンってエルフはどぉ? 強いー?」
「戦っている姿は見た事が無いんだ」
「じゃあ――どんな人? ……ああ、人って言うのも変か。どんなエルフ?」
クルスは迷う。
「……つい数年前に長になったばかりなんだ。お父さんが死んで、その跡を継いだ。人間嫌いで――でも、森の事とこの森のエルフの事はとても大切に思っている」
「その人が、緑竜殺すのー?」
シズハ、と、ヴィーの呼び声。
ようやく顔色が少し良くなった程度のシズハは、珍しく返事も無く、ヴィーを見た。
「緑竜に護られている森で緑竜を殺したら、どうなるー?」
「……」
シズハは息を吸い、吐く。
胸に軽く手を当てているのは吐き気を堪えているのかもしれない。
「失礼しました」
ゆっくりと話し出す。
「どれだけ緑竜に依存しているのかは分かりませんので一概には言えません。ですが、俺が見た緑竜のサイズが真実だと言うのなら、かなりの影響力があると思います」
「で?」
「土地自体は痩せていません。緑竜を殺したとしても、森がすぐさま枯れ行くと言う事は無いかと思いますが……」
クルスを見る。
「炎による攻撃には耐え切れません。そして、森からの収穫は確実に減るでしょう」
「マイナス効果しかないと思うんだよねぇ。エルヴィンってエルフ、どうして今頃、緑竜を殺そうとするんだろー? ――エルフの人たち、皆、森に緑竜が居るって知ってるんだよねぇ?」
クルスは頷く。
「だよねぇ。生贄の件も大丈夫だって伝えたんだよね? でも殺さないといけないの一点張り。――訳が分かんない」
アルタットはシズハの顔を黙って見上げている。
心配しているようだ。
ヴィーの視線を受けてもそちらを向かない。
ヴィーは軽く肩を竦めた。
「その変な女――武器商人ってのはちょっと気になるけど、アルの記憶には無いでしょう?」
シズハの横でアルタットが小さく鳴く。
「でしょ? ――俺も残念だけど分からないなぁ。武器を色々売り飛ばしている人は沢山知ってるけど……その中には居ないっぽいしぃ。……新人かなぁ」
「アルタット」
クルスが恐る恐る問う。
「アルって、誰?」
「あー……」
そう言えば、クルスにはアルタットだと名乗っていたのだ。
ヴィーは少しだけ迷って黒猫を示す。
「この猫が本当はアルタット。で、俺はヴィー。改めて宜しくー」
「え? え、うん……分かった」
クルスは勇者アルタットの存在に思いつかないらしい。
何故に偽名を使っていたのかが気になるぐらいだ。
さて、とヴィーが呟く。
「これ以上考えていても分からないかなー。動こうか、アル」
みゃん。
猫が鳴く。
シズハの横から立ち上がり、茨の前へ。
その後ろにヴィーも立つ。
クルスは慌てた。
先ほどの忠告はもう忘れられたのだろうか。
「ヴィー、危ないよ。その茨、シズハにも言ったけど――」
「大丈夫だよー」
ねぇ、アル?
黒猫の身体が一瞬縮み――消える。
クルスの目に見えたのは、緑の光が何度か輝いただけだ。
軽い音を立てて猫が降り立つ。
同時に茨が崩れた。
「……え?」
クルスが慌てて茨に駆け寄る。
手に取って分かった。
茨は、小指ほどの長さに全て切断されている。
「……」
黒猫を見る。
植物の汁で汚れた前足が気になるのか。地面に擦り付けている。
そこには緑の光。
この爪で、切り裂いたのか。
でもほんの一瞬で?
呆然とするクルスの前でヴィーが笑う。
「さぁ行こう。まずはそのエルヴィンに会いに行こうよー。案内してぇ」
「う、うん」
クルスは動き出す。
が、促したヴィーが動かない。
「あー、御免ねー、ちょっと待ってて」
牢の外から眺める。
ヴィーがシズハの横に立った。
「立てるぅ? シズハ」
「は、はい。申し訳ありません」
「いいよ、謝らなくても」
はい、と手を差し出す。
シズハは少しだけ不思議そうに差し出された手と、笑うヴィーの顔を見ている。
その手に掴まり、立ち上がる。
「有難うございます」
「いいって。――嫌な事聞いて、御免ね?」
「いいえ」
大丈夫です。
シズハの小さいが強い声にヴィーが笑う。
「さぁ、イルノリアを助けに行こう?」
「は――はい!」
シズハはようやくはっきりとした声を出した。
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