第26話

 ラガルティハに連れて来られたのは、テガリの町から北西にある遺跡跡だった。

 だが、その周囲には様々なリザードたちが蠢いている。ハッキリ言って、どうやっても太刀打ちできないほどの数がいた。


 リザードたちは当然のように俺たちを見逃し、遺跡の中へと入る。

 朽ちた遺跡だと聞いていたが、中々趣があった。

 太い柱が立ち並び、地面には巨大な瓦礫。天井はほとんどが壊れ、空が見えていた。


 グレートリザードが俺を解放する。ラガルティハも背から降りた。

 逃げることも、倒すことも難しいだろう。

 どうしたものかと焦りまくっていたが、顔には出さないよう佇む。


「私はあなたとそのお仲間を邪魔だと思っています。なぜか分かりますか?」


 突然、ラガルティハは話を始める。

 肩を竦め、嫌味の一つも言ってやることにした。


「新参ギルドを警戒し過ぎだ。後、客人にはお茶の一つも出したらどうだ?」


 俺がギフトに目覚めたことで、ルーとマオにはデメリットが存在しない。三人揃えば新参ギルドとは言えない力を発揮するだろう。

 もちろん俺自身には戦う力が無い。だが、マオのイーなんたら……。ちょっとなんでも防いでくれるギフトを使ってもらえば、それも問題が無い。


 後、ラガルティハは俺を殺さずに連れて来た。それはつまりなにか目的があるということで、多少苛立たせたとしても、殺されたりはしないはずだ。


「確かに。これは失礼しました」


 柱の影から机を引っ張り出し、布を掛ける。

 さらに椅子を並べ、座りやすいように引いてくれた。


 なんだこいつ紳士かよ。

 若干腰が引けつつも椅子に座る。


「どうぞ」


 机の上に、ボコボコと泡立つ紫色の飲み物が入ったティーカップが置かれる。

 見ただけで、これは飲んだらいけないものだと分かった。

 触れずにラガルティハを見る。


「毒か?」

「おや、よく分かりましたね。ポイズンリザードの毒です」

「……」


 本当に毒かよ! とティーカップの中身を顔面に掛けてやりたかったが、後ろのグレートリザードが恐ろしいのでやめておく。

 くすりとラガルティハが笑った。


「冗談です。普通のお茶ですよ」


 信じられるはずなどもなく、口を点ける勇気も無い。

 だがラガルティハは平然と飲んでいた。絶対に罠だと思う。


「……思っていたよりも冷静ですね。逃げ出そうともしないのは驚きました」

「逃げ出せる状況じゃないだろ?」

「グレートリザードがいますからね。それに――」


 ラガルティハが指を鳴らす。

 物音が聞こえて後方を見ると、柱や瓦礫の影から巨体が三つ現れた。

 ブレード、ポイズン、ミスト。しかも見るだけで分かるほどに、この三体は大きかった。


「キングですよ。全て私に従っています」


 その言葉に違和感を覚える。

 リザードを従えているのはギフトだろう。

 だが、四体も言うことを聞かせられるのか? もしできるにしても、そのデメリットはどうなっている?


「実はね。私はあなたをスカウトしたいと思っているんですよ」

「スカウト?」

「はい、その通りです。どうです? 我々の仲間になりませんか? 首を縦に振ってくだされば、詳細についてもお話します」

「……」


 俺のギフトについて掴んでいる。だから仲間に引き入れたい。

 そう考えるのが自然だろう。

 しかし、仲間になる気は当然ないし、できれば情報は引き出したい。

 考えながらも聞く。


「信用できない。まず、なにか信用できるものを見せてほしい」


 そんなものを用意できるとは思えないが、と考えての提案。

 だがラガルティハは笑みを浮かべた。


「交渉が済むまで、テガリの町を襲撃しません」

「休戦協定ってことか? それなら一度検討したいから帰らせてもらいたいところだ」

「いいえ、違います。すでにリザードたちが町を囲んでおります。私が指示を出せば、すぐにでも動き出すでしょう」


 声を出しそうになったが、机の下で手の甲に爪を立てて耐えた。

 町が囲まれている? いつの間に? 隣村に移動していたときか? まだ襲われていない? 町の人は無事か? ルーたちはどうなっている?


 ……一度目を閉じた。

 疑問を押し殺し、さらに強く手を握る。

 どうやら想像以上に厄介な状況らしい。


 だが逃げるのは不可能に近い。

 そして、助けは必ず来る・・・・

 どれだけ困難であろうとも、妹たちは俺を助けに来てしまうだろう。

 なら今は時間を稼ぎ、万全の状態で合流するのが一番、か。


「リザードたちが町を囲んでいる、と言ったな」

「はい」

「デメリットはどうしてる」

「ふふっ、探りを入れようとしているんですか? そんな聞き方をしないでも教えますよ」


 教えても問題は無い、とラガルティハは言っている。

 彼はそのまま袖を捲り、自分の腕を見せた。


「っ!?」


 腕はビッシリと鱗に覆われている。

 そして、それは今もなお侵食を続けていた。


 リザード化、とでも言えばいいだろうか。

 このまま進めばラガルティハは完全にリザードと化すだろう。

 しかし、それを望ましいと言わんばかりの恍惚とした表情を浮かべていた。


「すでに状況は整いました。我がギフト《ライデクセ・ヘルシャフト》は、リザードを操ることができます。ただし、操っているのは一体だけです」

「……グレートリザードには、他のリザードを統率する力があるのか!?」

「ご明察の通りです」


 デメリットは最小限に抑えられている。さすがに限界ギリギリになれば解くはずだが、恐らくかなりの余裕があるのだろう。

 いや、それだけではない。

 今、ラガルティハがギフトを解いたらどうなる? リザードたちは暴徒と化すんじゃないのか?


「状況は整っている、か」


 言葉通りの意味合いだと分かり、表情を作る余裕が無くなる。

 対策をと必死に考えている中、グレートリザードが唸り声を上げた。

 ラガルティハが目尻をピクリと動かす。


「ほう、まさかこうなるとは……。今、同時に戦闘が開始されました」

「同時に?」

「えぇ、この遺跡の外と、テガリの町です」


 どうやら助けは来ているらしく、冒険者たちも打って出たらしい。

 俺が立ち上がり、ラガルティハも立ち上がる。


「時間がありません。答えを聞いても?」

「――断る。リザードたちを止めろ。でなければ、お前は後悔することになるぞ」

「後悔? まさか、この状況で勝ち目があるとでも?」


 最早一刻の猶予も無い。強引にでもラガルティハに言うことを聞かせなければならない。

 だが、簡単に屈する相手でもないことは分かっている。

 切り札を使うべく、数歩距離をとり手を翳した。


「これが最後だ。リザードたちを止めろ!」

「お断りします」

「忠告はしたぞ! ラガルティハ!」


 翳した手に力を籠める。光が放たれるような、分かりやすい前兆があるわけではない。

 だからこそ、ラガルティハは笑っていた。

 しかし、すぐに顔を曇らせる。


「……まさか!」


 胸元を開き、体を見る。袖を捲り、腕を確認する。

 そこまでして、ようやく理解したのだろう。

 ラガルティハは強く歯軋りをした。

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