第25話

 俺は上機嫌だった。

 ルーとマオのデメリット問題は解決している。

 レパードには同族を助けてもらったと礼を言われた。もちろん謝罪もしたが。

 だがなによりもギフトに目覚めたことで、自分も戦えているという実感が、これ以上ないほどに気分を良くしていた。


「ココおはよう!」

「おはよー!」

「おはようにゃ!」


 挨拶をしながら扉を開く。

 カウンターに突っ伏しているココが、そのまま片手を上げた。


「今日はなんかあれだ。そう、あれなんだよ。だから、今日はあれな感じで頼む」

「言い訳にすらなってないな?」


 呆れつつ答えると、ココは渋々といった感じに頭を上げた。


「今日もクエストか? ちょうど薬草が足りてないから、薬草採取を頼む」

「よしきた! 薬草採取にレッツゴーだ! ……ついでに討伐クエストもないか?」


 リザードの情報があれば、という思いから聞く。

 しかし、ココは眉根を寄せた。


「悪いが他のクエストは無い。薬草採取じゃ不満か? 今日は薬草採取以外はさせん!」

「いや、全然。俺は薬草採取が大好きだからな。でも薬草採取以外はさせんってどうなのよ?」


 この感じからするに、特に情報は無いのだろう。

 今日も薬草採取をして、穏やかな時間を過ごす。

 どうせ焦らなくても、あの男やリザードと戦う時は来るのだから。


 ココの店を出て、三人で北門を目指して歩く。

 だが、人が多く慌ただしい。……なにか妙だ。


「なにかあったのか?」

「なにかって?」


 ルーが目も合わさずに答える。

 続いてマオが言った。


「お祭りでもあるのかもしれないにゃー」

「お祭りいいね! 露店でも出すのかなー」


 あれ? と思う。

 今、ルーは目を合わさずに言った。これは嘘をついているときの癖だ。

 なにかある。だが知らないフリをしている。一体なにを?


 少し考えたが分かるはずもない。

 話してくれないということから、たぶん大したことではないのだろう。もしくはサプライズ的ななにかだ。

 ならいいかと思い直し、北東の森に向かうことにした。


 普段通りの薬草採取。だが、ここでも妙なことが続いた。


「今日はもっと奥まで行ってみよー!」

「うんうん、たまにはいいかもな」


 妹の頼みを無碍にする気もなく、いつも通りに受け入れる。

 しかし、そんなことが二度三度と続けば、おかしいと気付かないはずがない。

 後、薬草たちもざわついている。緊張している素振りを見せていた。


「……?」

「にいちゃ、にいちゃ! 隣村でお菓子を買ってほしいなー!」

「そういえば隣村にはおいしいって評判のお菓子があるにゃ。あたしも買ってほしいにゃー」

「あぁ、うん。……うん?」


 今から隣村まで行けば、帰りが遅くなってしまう。いや、時間次第では泊まることも考慮しなければならない。

 さすがにいきなり外泊はちょっとあれなので、と二人へ言う。だが、マオは返事の代わりに一枚の紙を差し出した。


「なんだこれ?」

「よく見るにゃ。本日のクエストには、隣村で一泊し、お菓子を買って帰ることも含まれてるにゃ」

「それ、ココがお菓子を食べたいだけだろ!?」

「お父さんとお母さんにも言ってあるからいいでしょ? ねーお願い!」

「……仕方ないなぁ」


 どうやら根回しは済んでいるらしい。

 こうなってしまえば意固地になるよりも、言われた通りにしたほうが早いだろう。

 確かに妙な不安は少し残っていたが、些細なことだと思い、俺たちは薬草採取をしながら隣村を目指すことにした。


 しかし、不安はやはりただの気のせいだったのだろう。

 なにごともなく隣村へ辿り着き、お菓子を買い、食事をし、宿で二部屋借りた。

 俺は一人部屋。女の子二人で一部屋。という感じだ。


 日中に騒いでいたせいか、二人はもう寝ている。壁に耳をつけて確認したので間違いない。別に普段からこんなことをしているわけではないが、たまにはこういうことだってするものだ。


 ならこっちも寝るか、とベッドへ横になる。

 暗く静かな室内で、目を瞑れば色々と考えてしまう。


 今日、なにかおかしかった。

 隣村に来た理由は?

 なぜ奥へ奥へと進ませた?

 どうしてクエストを受ける前から父さんと母さんの許可があった?

 町の人が慌ただしくなかったか?


 ココは薬草採取しかない、と言っていた。

 どうしてわざわざそんなことを口にした?

 普段なら、いいから薬草採って来てくれ、とでも言うだろう。


 その全てが、一つのことを促している。

 ――俺たちをテガリの町から離れさせようとしていた。そうとしか思えない。

 頭を掻きながら起き上がる。なにか話せない事情があったのだろうとは思うが、胸がモヤモヤしていた。


「……散歩でもするか」


 考えすぎていたせいだと思うが、頭が熱をもっている。

 気分転換も兼ねて、散歩で頭を冷ますのは悪くない考えに思えた。


 一人、馴染みの無い村を歩く。

 それは少し不思議な感覚をもたらし、景色が澄み渡って見えた。


 村はずれへ辿り着き、柵に腰かける。人けは無い。少し寒さを感じ、マオにもらった青いマントで体を覆った。

 よく考えれば、こうして完全に一人なことは珍しい。大概はルーが一緒にいるし、最近はマオだっている。

 ……一声かけてみてもよかったかな、と今更ながらに思う。


 夜空を眺めているうちに、余計なことを考えないようになる。

 気付けば、ただ星を見ることに集中していた。


 ガサリ、と後方から音がする。

 誰かなんて考えるまでもない。どうせレパードだ。話し相手にでもなってくれるつもりなのだろう。

 声をかけてくるのを待っていたのだが、いつまで経ってもかけて来ない。

 不思議に思い、後ろへ顔を向けた。


 途端、白いなにかが押し寄せる。

 それは瞬く間に広がり、俺の周囲を包み込んだ。


「……」


 素直に認めよう。やつの狙いはテガリの町であり、俺一人を狙うことはない。そんな甘い考えをしていたことを。

 緑色の髪。白いマントを羽織った男が霧の中から近づいて来る。

 立ち上がり、その姿を見据えた。


「こんばんは。いい夜ですね」

「霧で見えないこと以外はな」


 ギフトに目覚めたとはいえ、俺自身が特別強くなったわけではない。自己評価が低すぎたのか、相手からの評価が高かったのか。警戒しておくべきだった。

 片手で剣に触れつつ、空いた手で胸元の犬笛に触れる。この距離ならば間違いなく聞こえるはずだ。


「おっと、それはやめてもらえますか?」

「悪いが、お前が困るのならぜひ吹きたいところだ」


 犬笛を口につける。

 だが、男の言葉を聞き、吹くことはできなくなった。


「吹いた瞬間、この村を襲います。妹さんとお仲間は大丈夫でしょうが、あなたと村人は助からないでしょうね」


 ハッタリだ。

 そう言い切りたかったのだが、男の後ろにいる大きな黒い影に気付き、犬笛を口から離す。


「そういえば自己紹介もまだしていませんでしたね。私の名前はラガルティハ。どうぞお見知りおきを」


 恭しく男が、ラガルティハが一礼する。

 その後ろにいる巨大なリザードが身じろぎした。


「あぁ、こいつはグレートリザード。リザードの中でも最上位のリザードです」


 すぐ近くにリザードがいるのに襲われない。このことから、ラガルティハのギフトに確信を持つ。


「リザードを操るギフト……」

「慧眼ですね、とは言いませんよ? 誰が見ても分かることです」


 癇に障る言い方だ。別に誉めてほしいから言ったわけではない。

 苛立ちを覚えながらも、それを隠してポーカーフェイスを作る。

 ラガルティハは見抜いているのか、嬉しそうに言った。


「では行きましょうか。あぁ、言っておきますが」

「分かってる。拒否権は無い、って言うんだろう」

「賢明ですね」


 今すぐに殺すつもりではないらしい。もしそうなれば、全力で抵抗したところだが……。ここは素直についていき、機を窺うほうがいいだろう。

 グレートリザードが手を伸ばし、俺の体を掴む。ラガルティハは背に乗り、指示を出した。


「行け」


 どこへ行くつもりなのか。

 それも分からないまま、成すすべもなく拉致られることになった。

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