第23話
何度も足元に剣を突き刺し、ようやくミストリザードを仕留める。見えていないが、動かなくなったので死んだと信じるしかない。
他の三人は大丈夫だろうか? 近づいて来るのにはどう対処したらいい? 考えることが多すぎて纏まらない。
そんな中、なにか柔らかいものが背中に押し付けられた。
「ふぁ?」
「少し屈んでくれる? ちょっと肩を借りるわよぉ」
言われた通り、前屈みになる。決して胸が押し付けられたからではない。
メリーダは俺の背を足場にして飛んだようだ。ヒールが背に刺さってかなり痛かった。
「岩の上に登るしかないわぁ」
「それはいい案にゃ! マスター!」
「よし、俺を踏み台にしろ!」
「喜々として言われると、変な性癖があるみたいにゃ!」
「喜んで無いし、そんな性癖も無い!」
マオはコロコロと笑いながらも、俺を踏み台にして飛ぶ。
後はフィリコスを上がらせ、俺は引き上げてもらえばいい。
そう思っていたのだが、なぜかフィリコスが来ない。
「早くしろ!」
「僕は最後で構いません! 先にエスパルダくんが上がってください!」
「なにを言っているんだ。いいから行け!」
「僕は鎧を着ています。ですから、最後まで守ります!」
確かにその通りだが、鎧のやつを引き上げるのは難しい。俺が残り、少しでも押し上げる手伝いをしたほうがいいだろう。
しかし、フィリコスは譲らない。
「……分かりました、正直に言います」
「手短に頼む」
「鎧は重いんです。あ、僕は重くありませんよ? あくまで鎧が――」
「なら急いで脱いで、魔法の鞄に入れて登れ!」
「あっ」
今さら気付いたのか、フィリコスが鎧を脱ぎ出す。近づいて来る物音に気が気じゃないから早くしてくれ。
準備ができたのか、フィリコスが肩に手を掛けた
「簡単に外せるところだけしまいました! お背中をお借りします!」
「分かったから早く!」
「失礼します!」
律儀に断りを入れ、フィリコスが背を足場に岩を登る。
背中の重みが消えると同時に、なにかに噛みつかれた。
「ぐっ」
「マスター! 手を!」
「分かってる!」
痛みに耐えながら両手を伸ばす。
足を噛まれたまま引き上げられ、岩の上でフィリコスがミストリザードを仕留めた。
なんとか全員が岩に登り切ったので、傷口を確かめる。
目を凝らしてなんとか分かるほどに、霧は深まっていた。
「回復薬よぉ」
「助かる」
メリーダに渡された回復薬を傷口にかける。
血はすぐに止まったが、鈍い痛みは残っていた。
しかし、動けないほどではない。
痛みは我慢することにし、三人を見る。見えないけど。
「まず、確認したいことがある。ミストリザードはここまで登れるか?」
「それは無理だと思うにゃ。高い場所を登れるって話は聞いたことがないにゃ」
「ですが、土の中にいたことなども想定外でしたし、実は登れるという可能性もあります。注意は怠らないようにしましょう」
確かにその通りだと、ギャーギャー喚いている眼下を見る。
立ち込めた霧が邪魔をしており、ミストリザードの姿は見えない。ただ鳴き声だけが聞こえていた。
一体どれだけの数がいるのか。想像もつかないほどに鳴き声は聞こえている。
少しばかり安全な場所で考える時間を得られたことは、不幸中の幸いだろう。
「助けを呼ばないと無理ねぇ。とても倒して逃げられる数じゃないわぁ」
「でしたら、僕がミストリザードを惹き付けます。その間に、一番身軽なマオさんが助けを呼びに行く、というのはどうでしょうか?」
「いくら鎧があるとはいえ、フィリコスは身動き取れなくなるにゃ。危険すぎるにゃ」
「……」
二つ、取れる方法が浮かんでいる。
一つはレパードに助けを求めることだ。
今までのことから考えるに、近辺に潜んでいる可能性は高い。助けを求めれば……いや、駄目だ。彼は姿を見せたくない。フィリコスたちがいる以上、おおっぴらには動けないだろう。
だが、この異変には気付いているはずだ。
ココに知らせるくらいはしてくれているはずだし、時間が経てば救援が来る。
……問題は、それまで何も起きないか、ってところか。
もう一つは、ルーを呼ぶ。
俺は常に犬笛を持っているし、緊急時の伝え方も教えてある。
問題は、距離がありすぎることだ。テガリの町まで届くとは思えない。
三人の話を聞きつつ悩んでいると、フィリコスが静かにするよう告げた。
「……なにか、変な音がしませんか?」
「確かに聞こえるにゃ。ガリガリッガリガリッて」
「引っ掻いている、のかしら? そうしたら削れちゃうわよねぇ」
「「「……」」」
最悪を想定し、全員が口を噤む。
完全に削り切る必要は無い。岩がバランスを崩せば、当然のように俺たちは落ちる。分かり切っていることだ。
「どれくらい保つ?」
「分からないわぁ。でも、長くて一時間くらいじゃないかしらぁ?」
「一時間で決めないといけない、か」
助けがどれくらいで来るかは分からない。だがそれよりも早く、全員落ちて全身を噛み千切られるだろう。
頭をガリガリと掻き――諦めた。
「無理だな」
「マ、マスター!?」
「すまん、だが無理だ」
「……エスパルダくんらしくないですね。最後まで諦めず、足掻くのが君じゃないですか」
「違う、そっちじゃない。マオ、二人に話すぞ。もちろん口止めはする」
返事は無い。顔が見えないため、なにを考えているかも分からない。
だが少し経った後、マオは口を開いた。
「マスターの意見を尊重するにゃ。でも、どうしてそういう決断に至ったかは知りたいにゃ」
聞く権利はあるはずだ、とマオは言う。
それは当然のことで、俺は素直に話した。
「全員無事に帰らせたい。嫌なんだ、三人が怪我をするのは。そのためには、
「他の方法を――」
「時間が経てば経つほど、俺たちは追い詰められていく。手は早く打ったほうがいい」
助けてくれるかは分からない。だが、きっと助けてくれるだろう。
「マオ、いいな?」
「大ごとになる、かもしれないにゃ」
「それでも無事に帰れるほうがいい」
「……分かったにゃ」
一応納得してくれたので、フィリコスとメリーダに話を始める。
「これから助けを呼ぶ。だが、全て内密にしてくれ」
「理由をお聞きしても?」
「俺たちを助けてくれる相手は、存在を秘匿したいと思っている。これから俺がやることは、彼の事情を蔑ろにし、助けを求めるという身勝手な行いだ」
本当に、ただ申し訳なさだけがある。
しかし、俺には力が無い。三人を無事に返すためには、これしかないのだから。
フィリコスたちが了承したことにより、助けを求めようとしたのだが……マオが止めた。
「やっぱり待ってほしいにゃ。この状況、なにか妙にゃ」
「分かってる。だが他に方法は――」
「ある」
断言しながらも、少し迷った後にマオは言った。
「あたしのギフトを使えば、この霧の中から逃げられるにゃ」
今まで、マオは自分のギフトについて話さなかった。それはつまり、話したくない事情があったからだろう。
なのに、レパードたちの存在を秘匿するため、その力を使うことを決めたようだ。
「なぜ今になって言ったのぉ?」
当然の疑問をメリーダが問う。
マオの苦笑いが聞こえた。
「大した理由じゃないにゃ」
そんなはずがない。
見えないが手を伸ばし、その腕を掴む。
「い、痛いにゃ」
「どんなギフトだ。いや、デメリットはなんだ?」
「ギフト名は《イージス》。四人の体の周りに透明な鎧みたいなのを出せるにゃ」
「デメリットは?」
「……ちょっと疲れるだけにゃ」
「それなら隠してた理由が――」
「ギルドメンバーの言うことを信じないにゃ?」
「っ!?」
嘘だ。そう思っているのに、これ以上問い詰めることができない。
俺はギルドマスターだ。メンバーを信じなければならないし、信じたい。
……掴んでいた腕を放す。そうするしかなかった。
「今はマオさんに頼るしか無さそうですね。僕が《アーク・パニッシャー》を使い、道を切り開きます。メリーダはその後の援護を」
「分かったわぁ」
フィリコスが動けなくなるんじゃ? と思ったが、驚いた顔をした後に、「威力を調整します」と言っていた。
メリーダのギフトは炎を操るものらしく、敵を減らしてマオの負担を軽くしてくれるようだ。
打ち合わせを終え、いまだ納得できないまま立ち上がる。
そしてフィリコスのギフト発動の声を聞きながら――
「聖なる十字よ、悪しきものを浄化せよ! 《アーク・パニッシャー》!!」
――霧の中に飛び降りた。
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