第21話

第二十一話


 ――朝。

 ルーを学校へ送り、薬草採取に行こうと家を出たのだが、薄っすらと霧が出ていた。


「今日は霧が出てるねー」

「まぁ朝はしょうがないさ」


 別段珍しいことでもないし、道が分からないほどでもない。

 少しだけ気を付けながら、二人でテガリの町に向かった。


 道中、ルーが突然頭を押さえながら止まる。

 不思議に思っていると、蹲ってしまう。


「ルー? も、ももももしかして頭が痛いのか!? 今日はお休みしよう! な!?」

「う、うぅ……」


 呻き声を上げている。それほどまでに頭痛がひどいのだろう。

 引き返すために抱き上げようとしたのだが、手が跳ねのけられる。


「だ、駄目。触らないで・・・・・!」

「触らないで!?」


 もしかして、ついにあれが来てしまったのか? そう、反抗期ってやつだ!

 ……なんてふざけている場合じゃない。ショックはひどかったが、まずはルーのことだ。今のルーは明らかにおかしい。


「どこが痛いんだ? 教えてくれるか?」

「待ッて、チョっと、お願イ」


 ただ隣で背を擦る。

 ルーは何度か深呼吸した後、力なく笑った。


「ご、ごめんね。ナンか、ちょっと、変だったミタイ」

「本当にもう大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫! もう平気だから! ね?」


 さっきまではおかしかったが、今は普通に見える。

 俺はそこはかとなく不安だったが、妹を信じるしかなかった。



 学校の前に辿り着き、いまだ迷いが消えずルーを見る。

 だが本人は平然とした様子で言った。


「終わったらココの店に行くね!」

「……あぁ、いい子に待ってるんだぞー」


 学校が終わったら、一緒にココへ話そう。そう決め、店へと足を進ませた。

 カランカランと音が鳴る扉を開き、中に入る。


「お、いいところに来たな」

「……」


 扉を閉じる。

 俺は今日、寝坊したのか? いや、そんなことはない。学校の近辺で子供をたくさん見た。

 なら、どうしてココがカウンターに突っ伏すこともなく仕事をしていたんだ?

 ……なるほど。扉を開く。


「徹夜か!」

「お前、本当にオレをなんだと思ってんだ?」


 ギャーギャー言い合っていると、まぁまぁとマオが間に入った。


「仲がいいのはいいけれど、話を進めたほうがいいにゃ」

「「いや、別に仲良くない」ぞ」

「めちゃくちゃ仲良しにゃ」


 さすがに言い返すこともできず、この辺にしておいてやる。

 べ、別に仲良しじゃないけどね!


「で、話って?」

「おう、実は少し西に行ったところに荒野があるだろ?」

「あのほとんど草が生えてないとこか」


 見晴らしはいいが、景色がいいわけではない。用事でもない限り、好き好んで行くことも無い場所。俺にとってはそういう感じだ。


「最近、あの辺りだけよく霧が出るらしい。調査してほしいってよ」

「そりゃ構わないが、二人でか?」

「別に危険があるわけじゃないから、二人でもできそうにゃ」

「まぁ霧が出るだけだもんなぁ」


 長い散歩みたいなもんか。それでお金がもらえるのだから、おいしい仕事だろう。


「なーんて言うと思ってただろ!」

「ん?」

「ココがニヤニヤ笑ってたのには気付いていた。なにかあるな? 正直に吐け!」

「吐けもなにも、マオに話してあんぞ?」

「……」


 人の裏を読もうとした結果がこれだよ。一人へこむ。

 そんな俺に苦笑いしつつ、マオがクエストの説明をしてくれた。


 最近、西の荒野でよく霧が出る。

 霧の中に白い四足の生き物を見たという話も数件ある。

 人らしきものを見たという話も。

 被害は出ていないが、ミストリザードの可能性が高い。

 一度、調査をしてほしい。


「ってことにゃ」

リザード・・・・


 聞き流すことができない単語が出て来た。

 リザード、人らしきもの。この二つから、あの緑色の髪をした男を思い出す。 


「まだ確証はねぇけどな。調査行きてぇだろ?」


 ココの言葉に頷き、口を開く。


「もち――」


 ――ろん行く! と言いかけたが止まった。

 深呼吸をし、熱くなった頭を冷静にする。迂闊に判断を下すことはできない。


「……俺はもう少し人手があったほうが安心だと思う。マオはどう思う?」


 自分の意見を述べ、マオの意見を聞く。


「んー、どちらとも言えないにゃ。備えるのは大事だけれど、無駄足の可能性もあるにゃ」

「確かに、なにもなかった場合、他の人も時間を無駄にしてしまうよなぁ」


 どちらが正解なのか。

 少し悩んでいたのだが、欠伸をしている男が目に入った。


「なぁ、ココはどう思う?」

「んー? どっちでもいいんじゃねぇか?」

「どっちでもいいって……」


 ココは頭を掻きつつ言う。


「悩んで、考えて、どうするかを決めろ。成功は自信になるし、失敗は教訓になる。だから、どっちでもいいだろ。大事なのは、不測の事態に備えることだ」

「ふむ」


 不測の事態に備えておけば、最悪は避けられる。

 では、俺にとって最悪とはなにか?

 ……考えるまでもない。

 マオが怪我をすることだ。


「よし、増やし過ぎるのはあれだけど、もう一人か二人は増やそう。いざってときに逃げられることは大切だ。マオもそれでいいかな?」

「マスターの方針に従うにゃー」

「うん、ありがとう。じゃあ冒険者協会に行ってみるか」

「了解にゃ!」


 ということで、俺たちはクエストを受諾し、冒険者協会へ――。


「なら、ついでにクエスト受諾したことも伝えておいてくれ。オレの手間が省ける」

「任せとけ。仲介料は貰っておく」

「よし、オレもついて行ってやる」


 ココは颯爽と立ち上がり、俺たちと店を出た。



 冒険者協会に入り、クエスト受諾の報告をココが行う。


「こいつらが受けるからよ」

「ギルド《フェンリル》のお二人ですね。かしこまりました」

「後、もう一人か二人募集したいらしい。なにかあったときに備えてってことだ」

「分かりました。ではクエストボードに」

「あいよ」


 テキパキと話を終え、ココが戻って来る。怠惰な素振りはなく、一体こいつは誰だ? やっぱり偽物? という疑念が消えない。

 とりあえず髪を引っ張る。無かった。頬を引っ張る。


「ふぁんだ?」

「うーん、本物かもしれない」

「ふぁにふぃってんふぁ?」


 解放してやり、クエストボードに向かう。ココは不思議そうに首を傾げていた。


『西の荒野調査クエスト。一人か二人募集中。現在二名。』


 右下に冒険者協会の判が押された紙を、クエストボードに貼る。

 後は待つだけだと、空いている椅子に腰かけた。


「お前、必要事項だけしか書いてないんだな。もうちょっと面白いこと書けよ」

「面白いこと」

「ギルド名も書いてないにゃ。これは時間がかかりそうにゃ」

「先に教えてくれないかな!?」


 慌ててクエストボードに戻り、紙を引っ手繰る。

 俺はさらに追記することにした。


『西の荒野調査クエスト。一人か二人募集中。現在二名。一人はとっても可愛い女の子! アットホームな新参ギルド《フェンリル》と一緒にクエストだ! 成否は君の手にかかっているかもしれないし、かかっていないかもしれない……!』


 よし、完璧だ。満足して席に戻る。


「なんて書いたにゃ?」

「そりゃ見てのお楽しみってやつさ」

「……」


 ココは目を凝らしていたのだが、口元を押さえて震え出した。小さな声で「こいつ本当に馬鹿だな」って言うのはやめてもらいたい。


 しばし待っていると、数人の男女が入って来る。先頭を歩く女性げふん、男性は見目麗しく名が知られていることもあり、誰もが目を向けた。

 彼はクエストボードの前で止まった後、一枚の紙を剥がす。そしてカウンターに行った後、こちらに歩いて来た。


「よろしくお願いします」


 マオを見る。首を傾げていた。

 ココを見る。もういなかった。


「僕と彼女、メリーダが同行させてもらいます。すぐに出発しますか?」

「よろしくねぇ」


 高身長の黒いローブを着た巨乳のエロい女性。メリーダはポイズンリザード討伐や、祝勝会で見たことがある人だった。

 この言い方からするに、フィリコスたちは荒野の調査クエストに協力してくれるのだろう。


「……《アーク・パニッシャー》のマスターが参加するようなクエストではないぞ?」


 姿勢をビシッとし、口調も変えて言う。隣のマオは満足そうな顔で頷いていた。


「僕たちでは不足ですか?」


 フィリコスは胸に手を当て、真っ直ぐにこっちを見てくる。少し恥ずかしかったが、目を逸らさないよう頑張って耐えた。


 不足というのなら、役不足というほうだろう。調査の備えとしては実力が高すぎる。

 しかし、これ以上ない人員であることは間違いない。後で難癖つけるような人でもないし、いいの、かな?


 答えが定まり、立ち上がって手を差し出す。


「心強い。二人とも、よろしく頼む」

「えぇ、こちらこそです」


 強く握手を交わす。

 細く、小さく、だが硬い。修練を積んでいることが触れただけで分かる。

 そんなフィリコスの手に、敬意を覚えた。

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