第20話

 あれから二週間が経った。

 今やなんの問題も無くなった北東の森で薬草採取をしている。

 もちろん討伐クエストも受けているさ。


 薬草採取 兼 北東の森の見回り。

 それが現在の基本行動だ。


「いい天気だなー」

「いい天気だねー……あっ! 兎だ! ちょっと行ってくるー!」

「気を付けてなー」


 ちょっとでも異変を感じたら即時撤退。しっかりと言ってあるため、多少のことなら目を離しても問題が無い。

 一息吐こうと立ち上がり、腰に手を当てて伸ばした。


「うーん」

「ルーが強いのはマスターも分かってるんだから、そんなにソワソワしないでほしいにゃ」


 呆れたようにマオが言う。

 しかし、俺は肩を竦めながら答えた。


「無茶言うなよ。お前たち二人がどれだけ強くなっても、俺は心配なんだ」


 それは持って産まれた物で、少しずつ慣れていくしかない。

 だが、マオは眉根を寄せた。


「信用してない、ともとれるにゃ」

「信用してるよ。でも、信用してるのと心配しないのは別だ」

「むむむ。言い切られてしまうと、あたしもこれ以上なにも言えないにゃ」


 勝ったな、と笑みを浮かべる。

 マオはやれやれと手を広げ、首を横に振っていた。


 中々ルーが戻って来ないため、少し早めの休憩をとることにする。

 小腹がすいたのでお菓子を摘まんでいたのだが、指が滑って落としてしまう。


「あっ」

「そういうこともあるにゃー」

「三秒ルール!」


 拾い上げ、払って口に入れる。

 しかし、女の子の前でやることではなかった。

 飲み込んだ後に気付き、恐る恐るマオへ目を向ける。平然としていた。


「どうしたにゃ?」

「いや、なんか言われるかなって」

「あれくらい大したことじゃないにゃ。心配なら摘んだ薬草でも煎じて飲むといいにゃ」


 マオがコロコロと笑う。

 確かにその通りだなと思い、薬草の葉を一枚口に含む。気休めくらいにはなるだろう。


 薬草はあまりおいしくない。なので茶菓子と一緒に食べて誤魔化す。


「薬草菓子とか売れないかなぁ」

「効果が薄そうにゃ」

「健康食品としてならどうだ? ココに言ったら協力してくれそうだ」

「あー、ココなら作れそうにゃ……。マスター、お茶にゃ」

「どうも」


 あぁ、天気もいいし最高だなぁ。

 心地よい時間を堪能していると、後方からガサガサと音。

 目を向けると同時に声がした。


「にいちゃ! 捕まえた!」

「おぉ、さすがだな。近くに川があったし、そこで血抜きでもすることにしようか」

「うん!」


 嬉しそうにルーが目の前に兎?を置く。

 茶色い固そうな毛皮。下から上に伸びる二本の牙。かなり食べごたえがありそうだった。


「ハッハッハッ、こりゃ大物の兎だ。母さんも大喜び間違いなし。薬草採取も大体終わってるし、後はこいつの処理だな」

「マスター! 現実を見るにゃ! これは兎じゃなくて猪にゃ!」


 分かってる、分かってたんだ。

 眉間に手を当て、息を吐く。


「ふぅー。あのな、ルー」

「おおものー!」

「気を付けないと」

「やったー!」

「……うん、いっか!」

「良くないにゃ! ルー、そこに座るにゃ。マスターも」

「「は、はい」」


 逆らうことができず、兄妹揃って正座する。

 マスターは妹に甘すぎる。ルーは一人で危ないことをしない、と叱られた。

 事実なので反論はしないが、小声でルーに言う。


「段々、マオがおかんみたいになってるな」

「聞こえてるにゃ! あたしは子供がいるような歳じゃないし、マスターより年下にゃ!」

「すんません!」


 余計なことを言ったせいだろう。集中的にガミガミと言われる。

 ……やっぱりおかんじゃないか。などと口にはせずとも思っていたのだが、唇に人差し指を当てていたマイエンジェルが、小首を傾げながら言った。


「おねえちゃん、っぽい?」

「はうにゃっ!」


 胸に手を当て、マオが蹲る。ゆっくりと上げられた顔は、恍惚としたものだった。


「も、もう一回言ってほしいにゃ」

「おねえちゃん?」

「はにゃっ!」


 なんだろうこれは。若干の嫉妬と、もう少し見ていたい気持ちが入り混じっている。

 どうするかを少し――時間にして一秒ほど――悩んだ結果、俺はこのまま傍観することに決めた。


「胸がキュンキュンくるにゃー!」

「わわっ、どうして抱き着くのー?」

「可愛いからにゃ!」


 マオは、ルーを抱きしめながら頭と耳を撫でる。その顔は緩み切っていた。

 世界は平和だなぁと、乳繰り合っている二人を見て和む。

 まるで、あの夜が嘘のようだ。


 なにか起きると思い警戒を強めていたが、一切なにも起きていない。本当に全て夢幻だったのでは、と思ってしまうほどにだ。


 ……だが、これでいい。これがいい。

 俺は取り戻した平穏を、誰よりも愛していた。


「もう一回! もう一回言ってほしいにゃー!」

「えー……。ちょっとうざいよー」

「うざい!?」


 マオはフラフラと二歩下がり、そのまま膝を折って両手を突く。

 分かる、分かるぞマオ。俺だってルーにそんなことを言われたら絶望し、この世界を滅ぼそうと考えるかもしれない。というか、考えるだろう。

 可哀想なマオに同情していたのだが、追い打ちのようにルーが言った。


「それにやっぱり、マオはおねえちゃんって言うよりマオだよー」

「夢のお姉ちゃんライフが終わってしまったにゃぁ!」


 ルーは困った顔で笑い、マオが半泣きになる。

 まだまだ見ていたかったのだが、あることに気付いて立ち上がった。


「しまった! 猪を処理しないと!」

「そうだったにゃ!」

「急ごー!」


 自分より大きな猪をヒョイと担ぎ上げ、ルーが走り出す。

 その背をマオが追い、薬草の入った籠を魔法の鞄にしまっていた俺が最後尾を走る。


 あぁ、こんなことで人は幸せを感じるのか。

 なんの変哲もない日常。それが愛おしくてしょうがない。


 一人より二人、二人より三人、とはよく言ったものだ。

 ニヤけながら走るも、二人とは身体能力が違い過ぎる。

 あっという間にその背は見えなくなっていた。


「やれやれ」


 仕方ないな、と思いながら歩き出す。慌てて行くこともないだろう。

 だが、肩が強く掴まれた。


「っ!?」

「っとと、ちょいと驚かせちゃいましたかね?」

「一声かけろよ!」


 文句を言った後、思い切り息を吐き出す。

 レパードは「すいません」と言いながら頭を下げた。


 二人でゆっくりと歩きながら話をする。


「で、どうした?」

「いつも用事があるわけじゃないですよ。ちょいと世間話でも、と思っただけです」

「なるほど」


 そういえば、レパードとは大事な話ばかりをしている。

 偶にはこういった時間も悪くないだろう。


「今日はいい天気だよなー」

「天気の話ばかりじゃ、ちょいと話題に乏しい男だなって女性に呆れられますよ?」

「そんなことは……あれ? 俺、天気の話ばっかりしているような……」

「シッシッシッ。ギルドメンバーは子供とはいえ女の子なんですから、ちょいと髪や服を誉めたりも大事ですよ。良好な関係を築くのには大切です」

「なるほどなぁ」


 中々ためになる話を聞き、脳内にメモする。今後使っていくことにしよう。

 そんな他愛も無い話の中、ふと一つ気になることが浮かんだ。


「レパードってギルドマスターなのか?」

「えぇ、そうですよ。こう見えて、ちょいと頑張っています」

「なら聞きたいことがあるんだ」

「ほう、なんでしょうか」


 前、ココに聞かれたことを思い出す。

 自分なりにずっと考えてはいたのだが、他の人にも聞きたいと思っていたため、レパードは打って付けだった。


「ココに聞かれたとき、ちゃんと答えられなくてさ。……ギルドってなんだ?」

「命を預けられる仲間たちが集っている場所です」

「じゃあ、ギルドマスターは?」

「仲間たちに選ばれた、認められた存在、ですかね。ちょいと自信が無くなるときもありますが、それを出さないようにしています。ギルドマスターが動じたら、仲間も動じますから」


 レパードの答えはスッと胸の内に入り、自然に納得できるものだった。


「ですがね」

「ん?」

「色々な人の意見を聞いて、同じ考えを持ってもいいとは思いますが、それを確固たるものにしないといけません。そいつがちょいと難しいんですけどね」

「確固たるもの?」

「ギルドはこういうものだ。ギルドマスターはこういうものでなければならない。悩んでいるうちに、そういった答えがいきなり固まります。面白いですよね」


 言っていることは分かる。だがいきなり、というのが分からない。だから聞いた。


「ずっと悩んでるんだ。なのに、いきなり答えが出るのか?」

「そうです。突然かもしれない、ちょいと切っ掛けがあるかもしれない。でも、必ず納得できる答えが出てきます」


 自分の中のなにかが固まるときが、答えが出るときが来る。レパードはそう言っていた。

 つまり、今の俺は惑っていることから、まだ駄目なのだろう。

 頭を悩ませていると、ポンッと肩に手を乗せられる。


「大丈夫ですよ。エスパルダさんなら絶対に答えを見つけられます。ちょいと自信がありますよ」

「……うん、まぁ頑張ってみるさ」


 いつか答えが出るのなら、そのときまで頭を抱えて頑張るしかない。できれば早く答えが出てほしいところだけどな。


 二人の声が聞こえた辺りで、「では」と短く告げ、レパードは姿を消した。その技術をぜひとも伝授してもらいたい。

 そんなことを考えながら、足早に二人の元へ向かった。

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