第18話
次の日、俺たちは冒険者協会へ来ていた。うん、呼ばれていたのに顔を出していなかったからね。
奥の部屋に通され待っている中、ルーとマオが俺の顔を見ている。
「「……」」
「どうした?」
聞いたのだが目を逸らされてしまう。
も、もしかして朝食の残り滓でも口元についているのか? それとも寝癖がひどい? 服が乱れている?
慌てて確認したが、特に問題は無さそうだ。気付きにくいところなのかもしれない。
二人に見られていることでソワソワしていると、いつもの二人が姿を見せた。
まず、何日も訪れなかったことを謝罪する。
「すみません、来るのが遅くなりました」
「いえいえ、怪我をされたらしいですからね。気にしないでください。もう怪我の具合は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
別の原因で引き籠っていたわけだが、今さらそれを話すのも躊躇われる。というか話したくない。笑って誤魔化しておいた。
そしてまぁ現在はどうなっているのか、今後はどうするのか、と言ったことを聞く。大体はココに聞いたのと同じ内容だった。
ポイズンリザードは姿を見かけなくなったので、毒沼を処理する。落ち着くまで森には関係者以外立ち入らない。そんなところだ。
薬草採取は他の場所で行うしかない。と思っていたのだが、平然と言われた。
「《フェンリル》の方々は森に入りますよね? なにかありましたら報告をお願いします」
入る気はなかっただけに、こう言われることは予想外だった。
しかし、それだけ俺たちも認められつつあるということだろう。静かに頷く。
その後、報奨金のやり取りになる。
上位に入る討伐数のルー。その補佐をしたマオ。
特にルーはクイーンを倒したこともあり、その報奨金はかなり多く、ココに払った分と差し引いても多少プラスだった。
「ありがとうございます」
素直に頭を下げ、受け取ろうとする。
だが、マオが口を開いた。
「だーめにゃ! マスターがまた、こんなにもらえません! とお人好しを全開にすることは分かっていたにゃ。でも、マスターが受け取らないと……にゃにゃ?」
「いや、受け取るからね?」
マオだけでなく、ルーまでもキョトンとした顔を見せる。
確かに、町のために使ってください。そう言いたい気持ちはあったが、グッと耐えた。
俺が受け取らないと、他の人も受け取りにくくなる。
それに、俺は大したことをしていないが、これは命がけで二人が稼いだお金。ギルドのために使わなければならない。
銀板に手の平を押し付け、報奨金を受け取る。
ふと、ルーが見ていることに気付いた。
「どうかしたか?」
「やっぱり、にいちゃなんか変わったね」
「そうかな?」
「うん、朝から違ったよ?」
二人が朝から俺を不思議そうに見ていたのは、どこかが変わったように思えたかららしい。
……変わった、のだろうか。
正直、自分では分からない。だが、一番近くにいたルーが言うのだから変わったのだろう。身長が少し伸びたのかな? ちょっと嬉しい。
ルーの頭に、ポンッと手を置く。
「もっと強くなりたいんだ。みんなと、ルーと一緒に」
きっとそれは必要なことだから。
ルーは目を瞬かせた後、ニッコリ笑った。
ココにお礼は言った。冒険者協会での用事も済ませた。時間はまだある。
さて、次はどうしたものか。
悩んでいると、マオが手を上げる。
「森の様子を見に行くのはどうにゃ?」
「――薬草採取か」
「どうしてカッコつけて言ったにゃ!? ただ様子を見に行くだけにゃ!」
ついにマオも薬草採取に目覚めたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
しかし、どうなったのかを自分の目で確かめたいのも事実。彼女の提案を採用し、俺たちは北東の森に向かうこととした。
行き交う人は多い。恐らく、森の調査や毒沼の処理に当たっている人たちだろう。
二人と会話をしつつ、歩を進める。
「結局、突然大量のポイズンリザードが湧いた理由は分かってないのか?」
「調査中にゃー」
「にゃー」
マオはその辺りの事情を冒険者協会に通って調べていたので、特に進展はないのだろう。
ポイズンリザードが巣食っている場所があり、なにかに襲われ大移動した。というのが現在の考えらしいが、それも証拠は無いとのこと。
後、にゃーにゃー言っているルーが可愛い。
「あぁでも、レパードが教えてくれたことがあるにゃ」
「ほう」
「ちょいと調べたんですが、倒した数が少なすぎるにゃ、とのことにゃ」
「……ふむ」
レパードの口真似をしつつ、マオが言う。語尾については触れないでおいた。
どこかに逃げた、と考えるのが自然だろう。別に不思議なことじゃない。劣勢になれば人間だって逃げ出す。モンスターならばより顕著にそれが現れるはずだ。
まぁまたどこかで見つかっても、同じように撃退すればいい。
俺はそう思っていたのだが、ルーが首を傾げる。
「うーん。どこに行っちゃったんだろうね?」
「そりゃ適当に散ったんじゃないか?」
「もしそうなら、近隣で目撃例があるにゃ。でも、あれから一匹も見つかってないにゃ」
「……遠くに離れたんじゃないか?」
「分からないにゃ」
三人一緒に首を傾げる。
クイーンが統率し、群れを北東の群れに連れて来た。
そうだとしたら、すでに瓦解しているはずだ。頭となる相手がいない。
「あれ?」
いない? 本当にいないのか? レパードが言っていたことを思い出す。
確か彼は、群れを統率するのはクイーンと
「なぁ、マオ」
「どうしたにゃ?」
「キングは見つかった、のか?」
まさか、と思いつつ聞く。
だがマオはコロコロと笑った。
「キングはクイーンと一緒にいなかったにゃ。つまり、全然違うところにいるってこと。そういう生態だから間違いないにゃ」
「夫婦なのに一緒にいないのー?」
「移動をするときに、別々に動いたにゃ。より多くの個体を生かすことを考えれば、普通のことにゃ」
群れを二つにした。別に移動すれば半数は生きられる。現実的な考えで動くモンスターの生態。それが、俺には少し冷たく感じられた。
ルーは俯き、ポツリと言う。
「でもなんかそれって、ちょっと寂しいね。家族なのに離れ離れ」
「うんうん」
全くもってその通りだ! と頷く。
マオは頬を掻き、困った表情を見せる。
「……群れを守るためなら、そういう決断を迫られることもあるにゃ。あたしたちだって」
そこまで言い、マオは口を噤む。
猫の獣人がどういった生き方をして来たかは知らない。だがこの口ぶりから、同じような境遇に陥ったことがあるのだろう。
妙な空気を察したのか、ルーも口を閉ざす。
「「……」」
二人が黙ってしまい、空気を変えようと手を合わせて鳴らした。
「ひゃっ!」
「にゃっ!」
二人は同時に尻尾をピーンと伸ばす。
面白いのでもう一度叩く。今度はただ睨まれた。
「コ、コホン。もしかしたら、逃げた個体はキングの群れに合流したのかもな」
「だとしたら、こっちは危ないって分かっているから安心にゃ」
俺とマオは、一安心だと笑う。
しかし、ルーは変わらず顔を曇らせていた。
だから安心させようと、自分の胸を強く叩く。
「心配するな! うちの家族はそんなことにならないし、少し離れたって家族は家族だ」
ここまで言ったところで、ルーがなにを不安に思っていたのかに気付く。
離れたって家族は家族。……もしポイズンリザードも同じように考えていたら?
グッと不安を押し殺す。妹の前では強い兄でいたい。例え強がりだとしても、だ。
「大丈夫。なにかあっても、俺がなんとかしてやる」
なんの根拠も無い。むしろ、ルーやマオが言ったほうが、よっぽどそれらしいだろう。
でも、それでも大丈夫だと言う。口だけにならないよう努力することは、俺にだってできることだ。
だが、間違えてはいけない。俺は二人に告げた。
「一人じゃ無理でも、三人いればできることも多い。それでも駄目なら、この間みたいに町の人の力を借りる。だから、どんなことだって大丈夫さ」
二人が笑みを向ける。
この期待を裏切りたくない。
心の底からそう思った。
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