第17話

第十七話


 家に帰り、両親にも打ち明けた。

 しかし、だ。


「知ってたわよ」

「えっ」

「うん、知ってたよ?」

「えっ?」


 恐る恐るルーが狼の獣人であり、もう存在しない種族であることを話したのだが、うちの両親は平然としていた。

 当の本人であるルーも唖然としているくらいだ。


「そのうち話そうと思ってたのよ。ま、でもいいじゃない。ルーは母さんがいるんだから」

「そうそう。滅んだ種族なんて一つじゃないし。両親を見つけてあげられないのは申し訳ないけど、ルーにはお父さんがいるからね」


 仲間はいなくても、自分たちの愛があれば大丈夫、と絶対の自信を持っている。敬意の念を覚えるほどだ。


「ルーはお母さんが大好きだもんねー」

「うん!」

「ルーはお父さんが大好きだもんねー」

「うん!」


 しかも、ルーも嬉しそうにしている。ならいいかなと思ってしまうほどだ。

 母さんはルーを抱きしめながら言う。


「どうしても仲間を探したくなったら、もう少し大きくなったらにしなさい? お兄ちゃんが地の果てまでついてってくれるから」

「そりゃまぁついて行くけ――」

「母さん!」


 ビクリとする。恐る恐る目を向け、驚愕する。

 そこには、知る限り初めて怒っている父の姿があった。

 俺たちは言葉を発せずにいたのだが、戸惑いながら母さんが口を開く。


「あ、の」

「駄目だ、許さないよ。これはエスパルダのように過保護だから言っているわけじゃない。どんな事情があっても、絶対に許さない」

「でも、ね?」

「駄目だ」


 探すとなればパーチェ半島を出ることになる。父さんは、それを絶対に許さないと怒っていた。

 ……ずっとルーの両親を探していた父さんが言うのだから、余程の事情があるのかもしれない。


 ルーが俺に抱き着く。初めて見る姿に怯えているようだ。

 いつも最強な母さんも震え……あれ!? なんか頬を赤らめてポワンとしてるんですが!?


「あなた……」

「君がなんて言っても」

「毅然としてて素敵」

「……そ、そうかな!?」


 一瞬でいつもの空気に戻っている。

 母さんが父さんの膝に乗り甘えだしたので、俺はルーを連れて部屋に戻った。仲が良いのはいいんですけどね!


「ったくあの両親は!」


 扉を勢いよく閉める。俺たちは部屋に入りましたからねー! とアピールするためだ。

 ベッドに腰かける。ルーがそのまま膝の上に乗ったので、いつものように髪を撫でてやった。

 しばし無言のままだったが、ルーが口を開く。


「ねぇにいちゃ」

「んー?」

「ルーが、その……」

「行くよ。どこまででも一緒に行ってやる。……後で父さんには怒られそうだけどな」


 先んじて言う。お前が望むのなら、外の世界にだってついて行く。そして、必ず守る。目的も果たす。絶対に。

 俺の言葉を聞き、ルーがにぱっと笑う。もう無理をしている顔ではなかった。



 ――深夜。

 普段ならば家族全員が寝静まっている時間。なんとなく寝付けなかった俺の部屋に、誰かが入って来た。

 最初はルーかと思ったが、母さんと寝ているので違うだろう。

 なら、訪れる人は一人だけだった。


「エスパルダ。起きているかい?」

「あぁ、起きてるよ」

「そうか、そりゃ良かった。起こす手間が省けたよ」


 心の底から安心した顔を見せる。

 いや、大事な話があって来たんだろうから、普通に叩き起こせばいいのに……。

 だが父さんはこういう人だ。なんとなくそんなことを嬉しく思いながら起き上がる。


「で、どうしたの?」

「うん、ちょっと話がしたくてね。……どうだろう。散歩にでも行かないか?」


 いつもと同じ、息子相手でありながら少し遠慮した様子で言う。

 だから、俺もいつもと同じように答えた。


「ちょうど俺も散歩がしたかったんだ」


 父さんは嬉しそうに微笑んだ。


 こうして男二人で歩くのはいつ以来だろうか? 不思議な気持ちを覚えながら、真っ暗な中を並んで歩く。

 村の少し外れ。よく待ち合わせなどに使われる大きな木の場所で、父さんは足を止めた。


「ここは星がよく見えていいだろ? 母さんともよく来てたんだ」

「そうだね。俺もルーと夜中に家を抜け出して、ここに来てるよ」

「そ、それは駄目だろ? 危ないからな?」


 冗談だよ、と笑って返す。ルーは寝たら起きないからね。

 安心した顔の父さんが座り、俺も隣に腰かける。……あぁ、本当に星が綺麗だ。


 しばしボンヤリと眺めていたのだが、父さんがポツリと言う。


「狼の獣人はね。戦闘に特化した種族だったんだ」

「へぇ」

「闘争本能も強く、戦えば戦うほど強くなり、暴走していった。……だから、初めて全ての種族が手を取り合い、狼の獣人たちを滅ぼした」


 なにを危惧していたのか。どうしてルーを心配していたのか。それを父さんは淡々と語る。隠さず話してくれるところが、俺を大人扱いしてくれているようで嬉しかった。


「まだ恨んでいる人は多い。別種族ってだけでも争っているのに、狼の獣人となればことさらだ。……だから僕は、ルーを外の世界に連れて行ってほしくない。分かるかい?」

「あぁ、分かるよ」


 俺だって同じだ。危険な目に合うと分かっていながら、わざわざ可愛い妹を連れて行きたいなどとは思わない。


「ずっと探しているんだよ。ルーの産みの親を。ルーが森にいた理由を」

「うん」

「でも調べれば調べるほど、それが危険なことだと分かってしまう。何度か命を狙われたこともあった」

「え!?」

「大丈夫。逃げるのも証拠を消すのも得意なんだ。家族の元まで辿り着くようなことはないよ。今頃、遠方の町で存在しない相手を探しているさ」


 さらりと言っているが、それは恐るべきことなんじゃないだろうか? もしかしたら諜報に向いたギフトでも持っている? 正直、優しいだけの父親だと思っていたので、唖然としてしまった。

 だが父さんは平然と話を続ける。


「だから、ルーとパーチェ半島を出たら行けない。調べるのも駄目だ。エスパルダは大きくなったけど、それでも危険すぎる。僕は二人とも幸せに生きてほしいんだ。それは母さんだって同じで、二人には幸せになってほしいと思っている」

「……うん」


 ただ、妹の願いを叶えてやりたいと思っている。そんな俺とは違い、父さんはしっかりと考え行動していた。

 だから、なにも言えない。俺にできることは頷くことだけだった。


 額に手を当て反省しながらも、ルーが行きたいと言ったら、と考えてしまう。

 そんな俺を見て、父さんはふと笑った。


「まぁでもお前は行くだろうね。だって、母さんの息子だから」

「母さんが身勝手みたいじゃないか」

「ハハッ、そうじゃないさ。母さんはね、自分が正しいと思ったことをする人だ。他の人に流されたりはしない。……本当、エスパルダはそっくりだよ」


 とても、とても嬉しそうに父さんは言う。そういうところが好きなんだ、と。

 こっちが恥ずかしくなるなぁと思っていたら、父さんが立ち上がる。俺も続いて立ち上がり、並んで歩き出した。


「でも、まぁエスパルダなら大丈夫さ」

「俺なら?」

「そう、お前が一緒なら心配は要らない」


 どちらかと言えば出来の悪い息子だと思うので、こんな確信持って言われるのは照れくさい。

 夜空を見ながら頬を掻く。顔を見られるのは恥ずかしかった。


「助けて、と人に言える。僕はそれの大切さを母さんに教えてもらった」

「まぁ、一人じゃ大したことできないから……」

「お前くらいの歳じゃまだ分からないか。人はね、できるだけ一人でなんとかしたいと思っている。助けを求めることを情けないとすら思っている。それは英雄と呼ばれた人だって同じだ」


 父さんが一度足を止める。そして俺には目を向けず、静かに言った。


「だからまぁ、エスパルダは行くだろう。いくら止められても、行かなければ分からないと知っている。ルーのためにも、行かなければならないと思っている」

「……ごめん」

「いいさ」


 俺の心中を全て理解し、父さんは許してくれた。

 その気持ちに応えようと、俺は言う。


「強くなるよ」


 必ず守る。そんな思いを籠めていたのだが、父さんは首を横に振った。


「違う、違うよそれは」

「え?」

「今お前が願った強さは、自分だけが強くなるということだ」

「別にそんなつもりは――」

「変わらないでいい。助けて・・・と言える強さを持ちなさい。お前がそういう子だと信じているから、僕たちはルーのことを任せたんだ」

「……」


 父さんは間違っていると言っている。それはココと同じで、一人で強くなるなと言っていた。

 言葉にはできないが正しいと分かる。だから、俺は答えた。


「分かった、強くなる。ルーと、仲間たちと一緒に。色んな人に助けてもらいながら強くなるよ」


 満足そうに父さんが頷く。


「僕は反対し続ける。それが正しいと思っているからだ。……エスパルダも、自分が正しいと思う道を進みなさい。父さんと母さんは、なにがあってもお前たちの味方だ」


 反対されても行け、と言われた。

 父さんはそれ以上話さず、家に向かい歩き出す。

 俺は一人足を止め、空を眺めた。


 まだ明確な答えが出せたわけではない。強くなる方法も分からなければ、ギルドマスターとしての生き方も分かっていない。

 先行きはあやふやだ。たくさんの道があり、そのどれが正解かは誰も知らない。


 しかし、それでも進もう。

 俺には、俺たちには、こんなに強い味方がたくさんいるのだから。

 夜空に浮かぶ星。

 それよりも多くの仲間がいると信じ、真っ直ぐに手を伸ばした。

 いつか掴める。そう信じて。

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