第16話

 テガリの町は特別だ。いや、正確にはこの半島が特別だ。

 全ての種族が入り混じって暮らしている異様な場所。

 外の世界に出れば、各種族は争いを続けていた。


 しかし、戦いたくないと思った僅かな人々もいる。

 その人たちが集まったのが、このパーチェ半島だ。


 俺もこれくらいまでは知っていたのだが、ココが続けて話すことは知らないことばかりだった。


 各種族の王たちが戦争を続ける中、そういった人々を秘密裏に移動させた者たちがいる。

 英雄と七姫だ。

 七姫、とは各種族で強い力を持っていた姫。

 鬼姫、猫姫、犬姫、狐姫、人姫、竜姫、霊姫。

 この七人らしい。


 英雄は種族間の争いを無視し、あらゆる人を救おうとしていた。

 だが、うまくはいかない。そもそも争いたいと思っている人のほうが多いからだ。

 反発は大きくなるだけで、英雄は七姫と共謀し、争いを避ける人々をパーチェ半島に逃がしす。そして姿を消した。


「つまり、七姫ってのは偉い人で、レパードはパーチェ半島に戦力を持ち込めば火種となるため、それを避けたかった。ってことでいいのか?」

「そういうことです」

「で、ココが七姫に詳しいのは?」

「……」


 ココが渋い顔を見せる。言いたくないようだ。


「別に話さないでも」

「……知り合いなんだよ」

「えっ!?」


 この発言には驚いた。

 俺は嫌そうな顔のココを見て、息を吐く。


「ココに友人とかいたんだな……。しかも、姫って言うんだから女だろ?」

「お前はオレをなんだと思ってんだ!?」

「ほとんど客が来ない店の店主で、なのに店を休みたがって、金はある感じで、腕が良くて、酒が大好きで、子供に甘い」

「聞くんじゃなかった」


 頭を抱えるココを見て、くすりと笑う。


「でも、七姫ってのはいい人たちなんだな」

「ほう、どうしてそう思ったんですか? ちょいと気になります」


 興味ありげなレパードに対し、俺は答えた。


「ココと友人ってことは、この一見すると逃げ出したくなるような強面の性格をよく知ってるってことだろ? なら、悪い人なはずがないさ」

「「……」」


 二人はなぜか唖然としていたのだが、レパードがニヤニヤと笑う。


「ですってよ、ココさん。あれ? ちょいと耳まで赤くなってますよ?」

「うるせぇ! ぶっとばすぞ!」

「すいません! ちょいと調子にのりました!」


 少し誉められたくらいでなにを照れているのか。もしかして、あまり褒められ慣れてないのか? 新たなココの発見だ。後でルーにも教えてやろう。そして一緒にからかおう。


 ニヤついている間にココは部屋を出て、すぐに頭を布で拭きながら戻って来た。若干まだ赤いが、冷水かなにかで冷ましてきたのだろう。


「さて、大体の話は終わったんですが、もう一つ。ちょいと……かなり気になっていることを聞かせてもらいますよ」

「まだあったのか」


 俺は軽い感じだったのだが、レパードが顔を引き締める。

 大事な話だと想像がつき、俺も背筋を伸ばした。


「妹さんのことです。……あの子、なんなんですか?」


 すぐに立ち上がった。


「ならば語ろう! 我が妹がこの世で一番可愛い理由を!」

「座れ座れ」


 ココに座らされる。

 仕方なく座ったまま語ろうとしたのだが、レパードが言う。


「あぁいえ、その可愛い理由とかそういうことじゃなくてですね?」

「うちの妹が可愛くなってのか!? いくらレパードでも許さないぞ!」

「そんなこと言ってませんからね!?」

「落ち着け落ち着け」


 また立ち上がったのだが、両肩を掴まれ座らされる。

 レパードは苦笑いしながら頬を掻いた。


「順序立てて話します。ですから、ちょいと睨むのはやめてもらえますか? いや、本当にルーちゃん可愛いと思ってますから」

「そうかそうか、可愛いよなぁ……まさかルーを狙ってんのか!? うちの妹はやらんぞ!」

「話が進まないんでちょいと勘弁してくださいよぉ!」


 別にふざけているわけではないのだが、ここまで言われたらしょうがない。

 俺は大人しく話の続きを聞くことにした。

 ようやくといった顔でレパードが話し始める。だが、その目はやはり真剣だった。


「あの子、犬の獣人じゃありませんよね」

「どう見ても犬だろ」

「いえ、違います。確かにちょいと見ただけじゃ分からないかもしれませんが、妹さんはの獣人です」

「……狼?」


 そういえば前も言っていたが、狼の獣人ってなんだ? 狼は知っているが、狼の獣人は知らない。

 首を傾げていると、ココが眉根を寄せて言った。


「落ち着いて聞け、エス。……もういねぇんだよ」

「なにが?」

「狼の獣人ってのは、もうこの世界に存在しねぇんだ」

「――は?」


 なに言ってんだ? とココを見る。頷いていた。

 レパードを見る。同じく頷いていた。


 もうこの世界に存在しない? だから両親が見つからなかった?

 いや、そうじゃない。ルーが居るんだから、産んだ人がいる。つまり、狼の獣人は存在している、ってことだ。


「なにを考えてるのかは分かる。でも、いねぇんだ。どこかに隠れ住んでるわけでもなんでもねぇ。本当に、もうどこにも」

「そんなわけ」

「あるんですよ。狼の獣人ってのは犬とは違って闘争本能が強く、一番最初に滅ぼされた・・・・・種族なんです。信じたくないのは分かりますが、ちょいと断言させてもらいます。狼の獣人は、この世に存在しない」

「……」


 言葉が出て来ない。なら、ルーは一体どこから?

 分からない……分からない。

 混乱が収まっていないのに、二人は話を続ける。


「森の中で見つけた、って言ってたよな。なにか持ってたか? もしくは人影を見てねぇか?」

「なにも、ない。どこでも手に入るような、普通の布に包まれてた。人影も無かった」

「もうそこからおかしいんですよね。どうして赤ん坊が一人で森に放置されていたのか。どうして無事だったのか。ちょいと理解ができない」


 息ができない。胸が苦しい。下唇を強く噛む。

 ルーはこの世に一人だけの狼の獣人。父さんが家族を探しても見つからなかったのは当然のことだ。

 もういないのだから。


 ――違う。

 脳裏に今までの日々が浮かび、落ち着きを取り戻す。

 一つ息を吐き、告げた。


「うん、大した問題じゃない」

「ん?」


 心配そうな顔をしていたココが目を瞬かせる。


「だってそうだろ? 父さんは父さんで、母さんは母さんだ。俺もずっとルーの兄だし、家族であることは変わらない。あいつは世界に一人じゃない。俺たちがいる。なにも問題はない。ルーは大切な妹だ」

「ですが」

「やめろ、レパード」


 レパードがなにか言おうとしたのを止め、俺の頭を撫でてくしゃくしゃにする。ココは嬉しそうに笑っていた。


「ま、それでいいよな」

「あぁ、それでいいよ」


 色々知りたいことはあるが、それはルーが望んだらでいい。

 なにも変わらないさと笑みを浮かべる。俺は完全に落ち着きを取り戻していた。


「ただいまー!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 一瞬で我を失い、椅子から転げ落ちる。

 そのまま四本足で動き、ココの足にしがみ付く。

 俺の姿を見て、ルーがオロオロとし出した。


「も、もしかしてまだお話し中だった?」

「ぜぜぜぜぜぜぜぜぜんぜんだいじょうぶぶぶぶぶ」

「なら、もうちょっと落ち着いて話せよ」


 何度も深呼吸をし、立ち上がる。

 うん、俺は冷静だ。大丈夫、全然平気。

 自分を騙すように言い聞かせ、ルーを見る。とても不安そうな顔をしていた。


 ――今、言わなければ二度と言えないかもしれない。


 なぜかそんなことを考えてしまう。

 俺はもう一度息を整え、目線を合わせるように屈んだ。


「あのな、ルー」

「うん?」

「……実は、ルーは狼の獣人なんだ」

「おいエス!」


 止めようとしたココへ手を翳す。悪いが、これは家族の問題だ。

 それにどこかで知ってしまうくらいなら、俺が話した方がいい。きっと両親もそう言うだろう。

 キョトンした様子でルーが聞く。


「狼? 犬の獣人とどう違うの?」

「それは分からん。でもな、違うんだよ」

「んー?」

「……実は、狼の獣人は滅んでいるらしい。もう、ルーしかいないんだって」


 声が震えていなかっただろか? 少し不安になる。

 ルーは目をパチクリさせた後、あはっと笑った。


「どうでもいいやー」

「え!?」

「だって、ルーにはお父さんもお母さんもいるし、にいちゃもいるもん」


 周囲はホッした顔を見せていたが、俺には分かっている。

 今、ルーはとても無理をしていた。

 手を握り合わせ、震えを隠し、俺を気遣っている。

 だから、そっと優しく抱きしめた。


「大丈夫。いつか見つけてやるよ。言いたいことがあるからな」

「言いたいこと?」


 少しだけ強く抱きしめ、俺は言う。


「――こんなに可愛い妹をありがとうございます、ってな」


 なにがあっても家族だよ。だから心配するな。俺たちが、俺がずっと守ってやるから。

 そんな思いを籠め、ただ抱きしめる。

 ルーは胸に顔を埋め、小さな声で言った。


「うん、ありがとう」


 他の人たちが静かに部屋を出て行く。

 声を押し殺し、ルーは涙を流していた。


 泣いている妹を抱きしめながら、ただ願う。


 くだらない種族間の争いが無くなり、この世界唯一の狼の獣人である妹が、幸せに生きられる世界になってくれることを。


 顔が見えていないのをいいことにボロボロ泣きながらも、俺は妹の幸せを願った。

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