第12話
北東の森。その前で現在は待機している。
先行した斥候が得意なギルドが戻ってくるのを待つためだ。
準備運動をしている者。作戦を確認している者。気合を入れている者。瞑想をしている者。待ち時間の使い方は人それぞれで、俺たち三人も集まっている。
「もう少しあっちに行こう」
二人の背を押して移動をする。チラチラとこちらを見ているフィリコスさんの目から逃れるためだ。
《アーク・パニッシャー》のメンバーが壁になってくれているのに、隙間を縫うようにこちらを窺っている。誤魔化せたと思ったが、いまだ疑われているようだ。
少し距離をとり、腰を下ろす。
「……驚いたな」
「女の人だったね」
「うぅぅ、ちょっと憧れてたのにショックにゃ……」
俺とルーはちょっと驚いただけだが、マオは肩を落としている。憧れていた、というのは本当のようだ。
まぁ元気を出してやるのもマスターの務め。彼女の肩に手を乗せた。
「元気出せよ。マオには俺というギルドマスターがいるじゃないか!」
この後、何を言われるかは想像に難くない。
なーに言ってるにゃ? マスターは自分がイケメンだと思ってるの? いい人だとは思うけど、それは無理があるにゃー。って感じだ。
ギルドメンバーのためなら道化だって演じてみせる。これでこそギルドマスターだ。
偉そうにしていたのだが、マオは目を瞬かせる。
「マスターとフィリコスさんじゃ比べられないにゃ」
「そこまで言うかな!?」
自分が美男子だとは思っていないが、さすがにここまで貶められるとは思っていなかった。並くらいの顔はしている自信があったのに……。
項垂れていると、ルーが背を撫でてくれる。
「ルーの一番はにいちゃだよ!」
「おぉ、ルー……ありがとう……」
世界中の女性に嫌われても、ルーが味方でいてくれれば大丈夫だ。
力が湧き上がって来ていたのだが、マオは笑いながら手を振った。
「逆にゃ逆。マスターよりいい男は早々いないにゃ」
「えっ」
まさか、誉められている?
むず痒いものを感じていると、ルーが抱き着いてきた。
「にいちゃはルーのだからー!」
「心配しないでもそういうんじゃないにゃー」
なぜか少しホッとする。恋愛感情を持たれても、今後がやりにくくなるだけだ。
「あたしがしたことは強盗にゃ。なのにマスターは困っているのなら、と力を貸してくれた。ありえないほどのお人好しで、そんなところを尊敬しているにゃ」
「やめて! それ以上誉めないで!」
顔が熱い。真っ赤になっているだろうと鏡が無くても分かる。
両手で顔を隠していると、ルーが強く抱きしめてきた。
「にいちゃにはルーがいるでしょー! マオにデレデレしないの!」
「そうだねー、ルーがいるもんねー」
「あぁ、妹が好き過ぎるから恋愛感情が芽生えないのかもしれないにゃ」
「兄が――」
妹を大好きなのは当然だろ! と言おうとしたところで声がかかる。
「全員集まってくれ!」
どうやら斥候が戻って来たらしい。
他愛も無い話はここまでにし、俺たちは移動した。
全員が集まったのを確認し、顔を曇らせていたフィリコスが口を開く。
「毒沼の数が増えています。つまり、ポイズンリザードの数も増え続けているということです。しかも少し進めば森の中には霧が立ち込めており視界も悪い。……ハッキリ言います。状況は最悪です」
良い話を聞けると思っていたわけではないが、悪い話ばかり聞けば辟易としてしまう。それは他の人たちも同じようで、誰もが口を重く閉ざしていた。
その後も簡単に状況が説明され、森の中へ進入することになる。
斥候をしていた人を先頭にし、いくつかの隊に別れて進んだ。一隊の数が予定より多いのは、霧を警戒してのことだった。
しかし、足が止まる。
「……こっち、だよな? くそっ、霧で目印が分からない」
緑色のバンダナを頭に巻いた、斥候をしていた人が狼狽えている。
だが仕方ない。
普段は霧なんて出ないのに、思ってい以上に霧が深い。全く見えないわけではないが、普段とは違う場所を歩いているようだ。見失ったとはいえ、文句は言えない。
「うーん、ルーの鼻でも分からないよぉ。そこら中からそれっぽい臭いがする」
「あたしも同じにゃ。一度撤退するのも……マスターなにしてるにゃ?」
屈んでいた俺に気付いたようで、マオが声をかけてくる。
俺は立ち上がり、なるほどと頷いた。
「あっちだな」
「「え?」」
二人が目を瞬かせ、聞こえていた人たちも眉根を寄せる。
「いや、《フェンリル》のマスターさんよ。なんの根拠が合って言ってるんだ?」
あれ? みんな気付いていないのか。
なら教えたほうがいいだろうと、俺は周囲に告げた。
「見てくれ、ここに薬草がある」
「ん、確かにあるにゃ」
「あっちが嫌だなって顔をしてるな」
「んんん? にいちゃなに言ってるの?」
「よく見てくれ。普段と違って、薬草が嫌そうにしてるじゃないか。そっちに毒沼があるから嫌がってるんだ」
一目瞭然なのだが、俺以外の全員が首を傾げている。
「……薬草が少し折れている、か?」
「そうじゃない。いつもと明らかに違い、嫌がっているだろ」
「……え、っと? 葉の向き?」
「違う」
何度も説明したのだが伝わらない。
結局どうすることもできず、とりあえず行ってみようか? うん、そうしてみる? みたいな流れになった。おかしいなぁ。
俺の指示通りに数分進み、そして止まる。
「おい、毒沼があったぞ。ポイズンリザードもいる」
「本当にあったの? 《フェンリル》のマスターが言う通りじゃない」
「ところで俺の名前はエス――」
「よし、全員配置につけ。囲んで一気に始末しちまおう!」
最後まで言わせてもらうことはできず、冒険者たちは動き始めた。
ルーの同級生、村の人にはルーのにいちゃと呼ばれ、冒険者たちには《フェンリル》のマスターと言われる。俺の名前には意味があるのだろうか。
多少気落ちしたまま、二人と一緒に移動を開始した。
全員が配置につき、遠距離攻撃が可能なギフトを合図に戦闘が開始される。
ポイズンリザードは紫色の皮膚に黒の斑という、毒ありますよー! って感じの姿だ。
全長は恐らく2mほど。実際目にすると想像以上にデカく感じる。
しかし、劣勢にはならない。
数で勝っているだけでなく、こちらにはルーがいた。
「ガアアアアアアアアアアアア!」
一振りで一匹を仕留める。場合によっては二匹以上を打ち倒す。
そんなルーを止められるはずもなく、あっという間にポイズンリザードたちが討伐された。
毒を受けた者が解毒薬を使用し、次に向けての準備を整える中、満面の笑みでルーが駆け寄って来る。
「にいちゃー!」
「おぉ、大活躍だったな。でも怪我してないか? 見せてごらん?」
「大丈夫だよー」
「……あっ! ここにカスリ傷がある! いいいい今回復薬を」
「マスター。無駄遣いは良くないにゃ。後、ビシッとしてほしいにゃ」
「うぐっ」
実際、ルーの傷はギフト【狂獣】のお陰でたちまち塞がっていく。毒なども受けていないので治療の必要は無い。
だがそれはそれ、これはこれ。
兄は妹のことが心配でしょうがない。できれば戦闘に参加してほしくないのをグッと耐えているのだ。
マオに言われたので背筋を伸ばし立ち上がると、緑バンダナが近づいて来る。
「《フェンリル》のマスター。あんたの勘は合っていたようだ」
「日々行っていた薬草採取のお陰だ」
なぜか緑バンダナが苦笑いを浮かべる。薬草採取舐めんなよ。
「ハハッ、まぁそうだな。それで考えたんだが、おれっちの代わりに案内を頼みたい。で、必要数を残して次の毒沼に移動しよう。全員でやっていたら時間ばかりかかっちまう」
「それだと終わった者たちが手持無沙汰にならないか?」
「なに、それは問題無い。おれっちはあんたについて行くから、箇所箇所で分かりやすい目印を残すさ」
「ふむ、分かった」
特に断る理由もないため、彼の言う通りにして動くこととする。
俺たちの初討伐クエストは概ね順調だった。
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