第11話

 ――明朝。

 準備が万全とは言えない。だが時間も待ってくれない。

 出来る限りの準備を終え、俺たちは北門に集まっていた。


 テガリの町は円の形をした町で、高い外壁に覆われている。

 門は東西南北に一つずつ。北東の森に向かうので、北門に集まったわけだ。

 ちなみに俺たちの村は南東。近いとは言えないが、遠いとも言えない。少し心配でもあるが、たぶん大丈夫だろう。


「なにボケッとしてんだ!」


 バンッと背中を叩かれる。

 目を向けるとデカい斧を背負ったヒゲ面の男、ガンルバの姿があった。冒険者協会で揉めたやつだ。

 ちょっとドキドキしたり不安になったりしていたが、ボケッとしていたわけじゃねぇよ。……昨日までならそんな風に返していた。


 しかし、今日は違う。

 ルーやマオに、ギルドマスターらしくビシッとするように言われたばかりだ。背筋を伸ばし、腕を組む。


「瞑想していただけだ」


 なんて便利な言葉だろうか。これからは度々使っていこうと思う。

 ただ心配なのは、こんな偉そうにしていたら相手が怒らないだろうか? ってことに尽きる。

 ガンルバは短気だしなぁ、とドギマギしていたのだが、彼は髭を撫でながら笑った。


「いい面構えじゃねぇか。緊張してんのかと思ったが、余計な気遣いだったな。今日は頼むぜ、《フェンリル》のマスター」


 そうなんですー! めちゃくちゃ緊張してます! 心臓が口から飛び出そうです! 心配してくれてありがとうございます!

 と言うわけにはいかず、憮然としたまま答える。


「あぁ、こちらこそよろしく頼む。歴戦の冒険者であるガンルバたちを頼りにさせてもらうつもりだ」

「……へっ、嬉しいこと言ってくれるな。こっちも気合が入ったぜ。じゃ、終わったら酒でも飲もうぜ」


 ガンルバが立ち去って行く。

 お、怒らなくて良かった……!

 胸に手を当て、気付かれないように深呼吸をする。

 キラキラした目で見上げているルーがいた。


「にいちゃカッコいい。ビシッとしてた」

「そ、そうか? ちょっと吐きそうだったけど頑張ったよ!」

「最後までカッコつけてほしいにゃー」

「あ、はい」


 マオに駄目だしされる。まだまだ駄目らしい。

 でも、メンバーの前では気を抜いてもいいと思うんだ。ギルドマスターだって人間だからね? などと思いながらも背筋を伸ばした。


 そんなことをしている間に人が集まり、指揮をとるギルド《アーク・パニッシャー》のマスターが岩の上に乗った。


 テガリの町で有名なギルドは五つある。その中で最強と言われているのが《アーク・パニッシャー》。他の町までその勇名は轟いているらしく、テガリ以外でも仕事をしているとかなんとか。


 だが、初めて見る最強ギルドのギルドマスターを見て、思わず目を見開く。

 少しウェーブのかかった金色の髪。上から下まで白い鎧。赤いマント。超イケメンだ。

 女性だけでなく男性も魅了しそうな美丈夫が、ニッコリと笑う。

 いや、というかあの人……。


「《アーク・パニッシャー》のギルドマスター、フィリコスです。若輩者ながら、本日は指揮をとらせていただきます」


 凛とした声。女性が黄色い声を上げ、男性が頷く。批判がないところから、かなりの人格者なのだろう。


「すでに知っている方も多いと思いますが、作戦について話させていただきます」


 ゆっくりと、だが聞きやすい速度でフィリコスが話す。


 森の中に入る人と、外で待ち構える人に別れる。いきなり連携をとることは難しい。よって、基本的にはギルド内でパーティーを組み、小さなパーティーが集まって一隊となる。人数が多いギルドは、複数のパーティーを作り、別れるということだ。


 斥候を引き受けたギルドは、すでに森の中へ入っている。森の前に移動して情報を聞き、各々がポイズンリザード討伐のために動く。

 毒沼の処理は後回し。まずは毒沼を作り出すポイズンリザードを全て倒す、と予定だった。


 説明に集中していたのだが、マオがほうっと息を吐く。


「イケメンにゃー」

「いや、でもあの人は」

「カッコいいねー!」

「!?」


 想定外な言葉がルーから飛び出す。

 いつも、「にいちゃは世界で一番カッコいいよ! 二番がお母さんで三番がお父さん!」って言っていた。

 なのに、どういうことだ。俺のテンションが物凄い勢いで落ちていく。作戦前に死にそうだった。


「――という感じですね。では森へ移動をする前に士気の一つでも上げたいところなのですが、その必要がないくらいすでに高いようです。困りました、僕ではこれ以上士気を上げられそうにない。……あっ」


 なぜかイケメンと目が合う。少しドキッとしたのが悔しい。

 そして後ろを見る。知らない人がいた。少し頭を下げる。前に顔を戻す。フィリコスが笑顔で手招きをしている。もう一度後ろを見た。


「ちょっとちょっと。笑いをとろうとしているわけじゃないんで、前に出て来てくださいよ」


 周囲から笑いが出る。とりあえず合わせて笑っておいた。


 ……なんだろう。俺に視線が集まっている。いや、ルーを見ているのか? めちゃくちゃ可愛いからしょうがない。もしくはマオだ。かなり可愛いからしょうがない。

 そんなことを考えていると、かなり可愛いほうが指先で突いてきた。


「マスター、前に出るよう言われてるにゃ」

「ん?」

「にいちゃ、早く行ったほうがいいよ?」

「え?」


 ハハハッ、なにそれ笑える。フィリコスのほうを見て、俺じゃないよね? と自分を指差す。苦笑いで頷いていた。

 ……どうやらマジでご指名のようだ。

 気付けば前も開かれており、道が出来ている。俺は襟元を正し、その中を進んだ。


 岩の上、フィリコスの隣に立つ。


「ははっ、やっと出て来てくれましたね。では、今回の発起人である《フェンリル》のギルドマスター、エスパルダくんに一言お願いしましょうか」

「……」


 見ろ! 俺はお前たちより上にいるぞ! ふーっはっはっはっ! 跪け! と言いたくなるような光景が広がっている。


 だが実際のところは違う。狼狽して言葉が出て来なかった。

 なにを言えばいいのか。頭が真っ白になっている。

 俺の言葉を待っているらしく、冒険者たちは静かだ。


「あ、っと」


 気付いたのだろう。フィリコスが俺の顔を見て慌てている。

 駄目だ、勇気が足りない。

 その気遣いをありがたく受け取ろうとしたのだが、真っ直ぐに俺を見ている視線と目が合った。


 青い髪をした少女と、赤い髪をした少女。

 その目には心配しているような色は一切ない。

 二人のギルドメンバーは、ギルドマスターである俺を、心の底から信じていた。


「僕が」

「……」


 フィリコスへ首を振り、胸の前に出した手を一度見つめ、強く握った。


「――守ろう。俺たちの手で」


 短い言葉に全てを籠める。これ以上話せば吐きそうだった。

 しかし、それは伝わってくれたようだ。

 割れんばかりの喝采が鳴り響いた。



 《アーク・パニッシャー》の面々を先頭にし、その他の冒険者が続く。

 本来ならば、俺たちも後方に混じっているはずだろう。

 だがなぜか俺たち《フェンリル》は、フィリコスの近くを歩いていた。


「良かったですよ」

「……あぁ」

「とても短かったのに、決意が伝わりました」

「……あぁ」

「僕も見習いたいのですが、なにかコツとかあります?」

「……あぁ」


 正直、会話の内容が頭に入って来ない。あれから頭は真っ白なままだ。

 フィリコスはくすりと笑い、話を続ける。


「無名の新参ギルドが《双刃尾》を倒した。そのことは僕たちの耳にも入っています。……まさか、三人とは思いませんでしたけどね。どうやったんですか?」


 あぁ駄目だ、なにも考えられない。でも話しかけられているのに無視をするのも失礼。

 頭の中がグルグルとしたまま、思ったことを口にする。


「フィリコスは女だよな?」


 いい匂いがするし、見るからに女だ。気になっていたし、つい口が滑った。

 普段ならばこんな迂闊なことは言わない。なにか事情があるんだろうなぁ、と気付けただろう。

 しかし、今の俺は普通じゃなかった。


 フィリコスは口をパクパクとさせた後、俺の口を手で塞いだ。

 そして周囲を見た後、安心した顔になった。


 ここで自分がなにを言ったかに気付く。

 初対面の、格上の相手に対し、いきなりなに言ってんだ!?

 冷静になって謝罪をしようとしたら、フィリコスが顔を寄せた。


「ご、ごめん。俺なにを――」

「どこでそれを知ったんですか!?」


 小声で言われたことを理解出来ずに固まる。

 ……もしかして、俺以外気付いているやつがいないってこと!?


 周囲へ目を向ける。誰もこっちを見ていない。

 聞こえていたのは俺だけのようであり、《アーク・パニッシャー》のメンバーは前を向いている。


 フィリコスは目を泳がせ捲った後、自分で言っちゃった癖に否定するようなことを口にした。


「コ、コホン! エスパルダくんは勘違いしていますね。ハハッ、ここはギルドメンバーに証言してもらったほうがいいでしょう。……サブマスター! 僕の性別を彼に教えてくれますか?」

「はっ! マスターの性別はおにょにょこです! 自分が保証します!」

「……」

「ほらね? 全く、変なことは言わないでくださいよ。他の人にも聞いてみましょう。ちょっと僕の性別を言ってくれますか?」

「マスターはおにょにょこでしょ? みんな知ってるわよ」

「ほら、どうですか!?」

「……」


 無言のまま、証言をした二人に目を向ける。……言葉を交わさずとも分かり合えていた。目だけで通じ合う、とはこういうことを言うのだろう。

 全てを理解した俺は、ニッコリと笑う。


「えぇ、すみません。大規模なクエストですし、少々緊張していたようです。どうかお許しを」

「いえ、気にしないでください。分かってもらえればそれでいいです」


 フィリコスの背にいるメンバーが、俺だけに見えるよう片手を上げて親指を立てた。

 彼女……じゃなくて彼が前を向くのと同時に、後方に目を向ける。やはり同じことが起きていた。


 ――そういうことらしい。


 聞き耳を立てていたのか、神妙な顔をしているルーとマオ。二人とともに、俺たちも片手を上げて親指を立てる。

 今、俺たちとギルド《アーク・パニッシャー》は一つだった。

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