第10話

 まず真っ直ぐにココの店へ向かう。


「今日はヒゲを剃るときに失敗したから――」

「ココ、回復薬と解毒薬を大量に頼む。北東の森にいるポイズンリザードを倒す。心配するな、金ならある」

「……あぁん?」


 俺の言葉を聞き、ココは目をパチクリとさせた。


 用意をしてくれている中、事情を手早く話す。


「ほーん」

「いや、分かってる。新参ギルドが偉そうなこと言いやがって。初の討伐クエストだろ、ばーか! って思ってるんだろ? 分かってる、分かってるんだ。でもやらなくちゃいけないときだって」

「そんなこと思ってねぇよ。お前らしくていいと思うぜ」


 自分らしい、と言われてなぜか嬉しくなる。いや、ココに認めてもらえたような気持ちになったからかもしれない。

 少しだけ恥ずかしさも感じ、頭を掻く。


 ……っと、喜んでいる場合じゃなかった。

 もう一つの要件を思い出し、ココに言う。


「実は頼みがある」

「ま、内容によるな」

「ポイズンリザード討伐へ行く冒険者が来たら、無料で薬を売ってくれ。金は全部俺が払う」


 少しでも他の人を助けるために考えたことだ。

 我ながら悪くないと思っていたのだが、ココは両腕で×を作った。


「はい駄目ー! お前は本当そういうとこが駄目だな。自分が損をしてでも、って考えやがる。大馬鹿野郎だ。何様だ?」

「えぇ!?」


 良い提案だと思っていただけに、返事に戸惑う。

 ココは肩を竦め、俺に言った。


「格安で売ってやる。差額はお前と冒険者協会、テガリの町、近隣の村に払わせる。それが妥当なところだ。いいか? 一人でやれることには限界がある。それを忘れるな」

「……むぅ、そういうもんか?」

「そういうもんだ。素直にココ様の言うことを聞きやがれ。……ほら、やることは他にもあるんだろ? さっさと行きやがれ」


 しっしっと手を振られてしまう。

 俺は一度深く頭を下げ、店を出るため歩き出す。


「――青臭いな。でもそれでいいさ」


 ココがなんか言っていた気もしたが、それは聞こえなかった。



 次に向かったのは工房だ。ルーの装備を受け取らなければならない。


「親方! 装備はできてるか!」

「なんじゃなんじゃ。そりゃできてるが、焦らんでも逃げんぞ」

「いや、実は」


 事情を話す。親方は嬉しそうに笑った。


「おぉ、その話なら聞いとる。なるほど、なるほどな。よし分かった。すぐに調整をしよう! ちっこい嬢ちゃんはこっちに来い!」

「おー!」


 ルーが装備を着けている間、手持無沙汰になる。だが考えることはたくさんあるので、暇なわけではない。

 ボンヤリ天井を眺めつつ考えていると、マオが前屈みに顔を覗き込んでいた。


「マスター。これあげるにゃ」

「ん?」


 少し恥ずかしがりながら差し出されたのは青い布。広げるとマントで、全身を覆えるものだった。

 特に目を引いたのは、狼を象った銀色の刺繍だろう。ヤバい、カッコいい。


「え? もらっていいの?」

「《フェンリル》のメンバーだって分かりやすくなるシンボルにゃ。ほら、あたしの分もあるにゃ」


 マオは魔法の鞄からマントを取り出して羽織る。俺のよりも丈が短く、お尻くらいまでの長さだ。マオがクルリと回る。

 おぉ……可愛い。

 ルーに劣らぬ美少女なだけあり、その動きだけでとても可愛らしかった。

 脳内でマオの動きを思い出し、ひたすら繰り返させながら礼を言う。


「ありがとう! 大切にするよ!」

「そ、そこまで喜ばれると照れるにゃ」


 俺はプレゼントされたマントを魔法の鞄に――。


「いやいやいやいや!? 着てくれないと意味がないにゃ!? 常日頃から身に着けないと、《フェンリル》だって印象を植え付けられないにゃ!」

「お、おう」


 確かにそうかと思い直し、マントを羽織る。地面に届くほどではないが、かなりの長さ。それがまたいい。

 少し歩いてみたり、片手で靡かせてみる。……ヤバい、超カッコいい。

 さっきから語彙力を失いつつあるが、それくらい気に入っているということだ。頬が緩んでしょうがない。


「にいちゃー! どうどう!?」

「お、ルー! 見て……こほん。ちゃんと装備できたか?」


 思わずマントを自慢しそうになったが、まずは妹を誉めてからだ。順番を間違えてはいけない。

 ということで、ルーを上から下まで見ることにした。


 髪で隠れているが額当てがついている。ブレードリザードの鱗から作った軽鎧。両手両足にも防具があり、とても強そう。

 そして、肩に担いでいる長方形をした剣。ルーよりも大きく、不釣り合いに思えるほどだ。

 しかし、ルーにはギフトがある。軽々と動かしていたので、全然問題は無さそうだ。


 確認が終わり、頷く。


「うん、可愛いぞ!」

「ほんとー!?」

「か、可愛いとは思わないにゃ」

「いやいや、ルーは美人さんだからな。なにを着ても似合う。可愛くてしょうがない。今は天使だが、将来は女神だな!」

「うふふー、にいちゃ誉め過ぎだよー」


 ルーがくねくねと体を動かす。照れている素振りも可愛かった。

 っと、そうだ。今度は自分の自慢をしようとマントを靡かせる。

 マイエンジェルが目を見開いた。


「おぉぉ……! にいちゃそれどうしたの!?」

「カッコいいだろ!?」

「うん! すごーくいいよ!」

「ふふー、ルーは誉め過ぎだぞー」

「兄妹揃って同じ反応をしてるにゃ……」


 いいじゃん! 家族なんだから! と俺たちは抗議する。

 しかし、マオを見た瞬間、ルーが口をへの字にした。


「それ」

「あ、マオにもらったんだ。ギルドのシンボルみたいな?」

「ふーん」


 もしかしたら仲間はずれにされた気分なのかもしれない。

 少し困っていると、マオがマントを差し出した。


「あの、ルーの分もあるにゃ。良かったら、その、着てくれると……」

「……」

「そんな風に言わなくてもルーは喜んで着るって! いやぁ良かったな! お揃いだ!」

「う」

「ルーは似合うだろうなー、俺よりも百倍似合うはずだ! 先に見たって父さんに自慢してやろ。悔しがる顔が想像できるぜ」

「ん」


 おずおずとルーはマントを受け取って羽織る。マオと同じで丈は短い。もしかしたら、女の子のは短いほうが可愛いってことかもしれない。男は長いほうがカッコいい。


 俺は素早く動き、あらゆる角度からルーを見て脳内に焼き付ける。


「可愛い! 最高!」

「……マオ……がと」

「ん? なんて言ったんだ?」

「マスターは空気読むにゃ! どういたしまして」


 なぜか怒られた。さっぱり理由は分からないのだが不満は無い。

 目の前でルーが恥ずかしがりながら笑い、マオがコロコロと笑う。その光景を見ているだけで、俺の心は澄み渡っていくようだった。


「やっぱり二人が仲良しだと嬉しいな」


 自然とそんな言葉が口から出る。ギルドメンバーってのは仲良しであってほしい。そんな願望があった。

 まだ少し壁を感じるが、それでも悪くない。これからもっともっと仲良くなる。

 確信をもちニヤついていると、親方が手招きしていることに気付いた。


「おい、あんちゃん。ちょっとこっちに来い」

「はい?」


 素直に従うと、腰になにかを着けられる。

 それは……剣だった。

 首を傾げつつも抜く。白い刀身が露わになった。


「ブレードリザードの骨から作った。ほれ、嬢ちゃん用の予備の剣ってやつだ。鞘も剣も白くていいじゃろ?」

「あぁ、なるほど。でもルーに着けたほうがいいんじゃ?」

「……邪魔じゃ、と言われてな」

「あはは、言いそうですね。分かりました。俺が身に着けておき、いざというときはルーに渡しますよ」

「うむ」


 ちらりと親方がルーを見る。目が合ったルーが頷く。以心伝心という感じだった。

 え? 待って? もしかしてルーは年上が好きなのか? しかもかなり上というか爺さんが? 動悸がヤバい。


「そ、その、別にいいけど、まだ早いというか、うん、にいちゃはルーの味方だけど……」

「?」


 ルーは首を傾げている。意味が分からないのだろう。

 オロオロしていると、マオが溜息を吐く。


「うちのマスターは、決めるときはカッコいいけど、普段はカッコ悪いにゃ……。人前ではもっとビシッとしてほしいにゃ! あたしたちの代表だって忘れないで!」

「ビシッ」

「口で言っても意味がないにゃ!」

「はい、すみません……」


 あれ? なんかルーに叱られているときのようだ。

 もしかしてもしかしてだが、俺ってギルドマスターなのにギルド内で一番立場が弱い?

 恐る恐る顔を上げると、二人とも腰に手を当て胸を張っている。俺はもう一度俯いた。

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