第9話

 ココの店でまったりした後に冒険者協会に行く。そんな普段通りの行動をしていたのだが、ついに言われてしまった。


「慎重に吟味しすぎだ。いい加減スパッと決めてクエストを受けろ」

「うっ。いや、でもな?」

「ルーのため、って言いながら、ルーのためになっていない。そんなことは分かってんだろ」

「……はい」


 いつもなら粘って言い訳をするところだったが、自分が慎重になり過ぎていることは分かっていた。

 ルーが口を尖らせる回数だって増えている。言い出さないのは、俺に気を遣ってのことだろう。


 決断の時かもしれない。息を吐いた。


「分かった。今日はよっぽどのことが無い限り討伐クエストを受ける。マオがいるし、初心者向けのを見つけるのも難しくないだろう」

「本当!?」

「任せてほしいにゃー」


 ルーが喜び、マオが力こぶを作って見せる。親方の工房に頼んでいた装備も明日には完成するし、踏ん切りをつけるいい機会だった。


 若干重い足取りで冒険者協会に入る。ピューッと音が聞こえそうな勢いで、ルーがクエストボードに向かった。

 後を追うべく、少し早足で進む。

 ――その時だった。


「緊急クエスト発令! 緊急クエスト発令!」


 丸められた大きな紙を抱えた職員の一人が、大声を上げながらクエストボードへ。

 ただごとじゃないと分かったのだろう。冒険者たちも素直に道を開けていた。


 たちまち外からも冒険者たちが集まり、一階のロビー内が人だらけになる。

 俺は見失ったルーを目で探しながら、隣のマオに聞いた。


「緊急クエストってなんだ? 緊急ってくらいだから大変なことだろ?」

「緊急クエストっていうのは、最優先で行わなければならないクエストにゃ。すでにおおごとになっているか、今すぐ対処しなければマズい案件ってことにゃ」

「ふむふむ」

「報酬も通常のクエストよりも高いため、非常においしい。……ただし、危険度はとびきり高いにゃ」

「ほーう」


 つまり、俺たちにはあまり関係が無い話のようだ。

 案山子のように突っ立っていても邪魔になるだけなので、壁際に移動する。話だけは聞いておくつもりだった。


 クエストボード近くにルーの姿を見つけて手を上げたが、どうやら気付いていないらしい。近付こうにも人混みがひどく、中々に難しい。

 こっちを見てくれないかなぁ? と思っていたら、クエストボードに大きな紙を貼った職員が声を張った。


「静かに! これより緊急クエストについて述べます!」


 ざわついていた人々が静かになる。

 周囲を見回した後、職員は頷き、話し始めた。


「薬草採取でよく使われている北東の森。そこでポイズンリザードが発見されました」

「にゃにゃ!? これは予想外におおごとにゃ」


 尻尾をピーンと立てて驚くマオの耳元に口を寄せ、他の邪魔にならない声量で聞く。


「ポイズンリザードってのは?」

「その名の通り毒を持ったリザードにゃ。群れで毒沼を作るから、放置しておくと周囲一帯が駄目になるにゃ」

「おぉう、そいつはヤバいな」

「でも心配することはないにゃ。昨日まで発見されていなかったわけだから、いいところ毒沼が一つか二つ。ポイズンリザードも多くてニ十匹強。これだけの冒険者がいれば、一日で片付くにゃ」


 放置しておいたら大変なことになるため、緊急クエストとして扱われた、ってことか。

 職員が話す内容を聞きつつ、分からないことをマオに聞く。もちろんルーのことも見ながらだ。

 しかし、急に職員が顔を曇らせる。俯いた後、息を整え顔を上げた。


「発見された毒沼の数は三十! 恐らく未発見の沼も多いでしょう。ポイズンリザードの予測数は三百以上! これは、テガリの町の今後を左右する危険な事態です!」


 三百? 想定外の数に驚いていたのは俺だけじゃなかったらしく、小声で話していた冒険者たちも声が大きくなる。


「どうしてそんな数が発見されなかったんだ!」

「不明です」

「数が多すぎる! どうやって対処する!」

「地道に倒し、沼を潰すしか……」


 職員がしどろもどろに質問へ答える中、隣のマオが呟く。


「あ、あり得ないにゃ」

「そうだな。でも、どうにかしないといけない」

「三百匹のポイズンリザードが今日まで発見されていなかったなんて、異常事態にも程があるにゃ。綿密な調査も必要だし、テガリの町だけで対応できる案件じゃないにゃ」


 マオは動揺しながらも、あたふたと説明をしてくれる。とてもどうにかできる話じゃない、と。

 口元に手を当て考えていると、濃い髭をした体格の良い冒険者が前に出た。


「無理に決まってんだろ! 数が違い過ぎる! 死ぬのが分かってて戦う気はねぇ!」


 男の言葉に同意する者も多いようで、違う町へ逃げる話をし出す者が増える。

 まだマシな人でも、町の防備を固めて助けを求めるべきだ、と口にしていた。


 そんな中、まるで違う意見を口にする者がいた。

 青い髪をした小柄で世界一可愛い少女。ルーだ。


「みんなで力を合わせて何とかしないと駄目だよ!」

「は? ガキは黙ってろ! 《フェンリル》だかなんだか知らねぇが、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 二人の言い争いが始まった。

 それはすぐに広がり、ルーとその他の言い争いとなる。後は傍観者となっていた。

 しかし、俺は傍観者ではいられない。無理に道を開き、ルーの元に向かう。マオもすぐ後に続いた。


「勝てない戦いに挑むのは勇気じゃなくて蛮勇って言うんだ。ガキには分かんねぇだろうなぁ」

「難しいことは分からなくても、やらないといけないことは分かるもん!」

「ガキが偉そうに言いやがって!」


 男がルーの胸倉を掴もうとした瞬間。ギリギリ間に合った俺は、ルーの前に立った。

 怒りで顔を歪める男と対峙する。今すぐ俺を殴りかねない様子だった。

 だが退く気などあるはずもなく、ルーを庇いながら言う。


「そこまでにしてくれるか?」

「てめぇが保護者か! 今すぐ謝罪しろ! そうしたら勘弁してやらぁ!」

「……そうだな。あんたの言ってたことは遠巻きに聞いてたが、間違っていたとは思わない。逃げたほうがいいことだってある」

「に、にいちゃ!?」


 男が厭らしい笑みを浮かべた。子供相手に勝ち誇っているのだろう。ちょっと大人げない。

 俺はショックを受けているであろうルーの頭に手を乗せ、男に言った。


「――でも、妹が言ったことも間違っていない」


 逃げてはいけないこともある、とハッキリ告げる。

 冒険者、というのは外から来ている者が多い。だからこそ自分の身が一番大切なのは当然だ。


 ……俺たちは違う。

 産まれたときからここに住んでいる。これからも生きていく人たちがいる。逃げることなどは絶対にできない理由だってある。

 周囲を一度見回し、俺は告げた。


「ギルド《フェンリル》は、今回の事態を収拾するために戦う。テガリの町を、周囲の村を救うために!」


 新参ギルドだ。多少の功績はあれど、まだまだ実績は足りない。

 だがそれでも、と。

 冒険者協会が静まり返った中、最初に口を開いたのはマオだった。


「だ、駄目にゃマスター! あたしたちは三人しかいない。森の中に入ってポイズンリザードと戦うのは無茶にゃ!」


 数が違い過ぎる、とマオは言う。だが俺は首を横に振った。


「なにもせず諦めるのか? 嫌だ、諦めたくない。俺はこの町を守りたいんだ。自分の産まれ育った村を守りたい。そんなのは当たり前だろ?」

「で、でも」

「だからまずは自分が動く。ただ諦めて縮こまっているのなんて、誰かが泣くかもしれない未来を待つだけなんて……俺にはとても堪えられない! 絶対に嫌だ!」


 ただの我儘を、息を荒げながら言い切る。

 別に同意が欲しいわけじゃない。味方を増やそうとしたわけでもない。

 これは、自分の気持ちに嘘をつかないための誓いだった。


 辺りが静まる中、もうやることはないと歩き出す。


「二人とも行くぞ。時間が無い」

「うん! 行こう!」

「……ふふっ、それでこそマスターにゃ!」


 頭の中で対策を考えながらも足を進ませる。

 だがすぐに肩を強く掴まれた。

 顔を向けると、そこには先ほどの男。まだ言いたいことがあるのかと睨みつけた。

 しかし、だ。

 男がニヤリと笑う。


「冒険者になったころを思い出した気分だ。いいぜ、やってやろうじゃねぇか。オレも手を貸してや……なんだ?」

「そこはオレ・・じゃなくてオレたち・・・・、だろ」


 男の仲間も賛同する。そしてそれは広がっていき、次々に冒険者たちは声を上げ出した。


「ガキだけにやらせてられっか!」

「悪いが稼がせてもらいますよ」

「うおー! 熱くなってきたぜー!」


 全員がやると決めたわけじゃないだろう。しかし、多くの人の心を動かせた。それがただ純粋に嬉しい。

 息を整え、拳を高く掲げる。同じように、たくさんの人が手を上げた。


「俺たちの町を守るぞ!」

「「「おおおおおおおおおおおお!」」」


 緊急クエスト発令。

 北東の森、ポイズンリザードの討伐と毒沼の処理。


 初の討伐クエストは予想外の形で始まった。

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