第8話

 マオがギルドメンバーとなってから数日が経つ。

 討伐クエストについては本気で前向きに考えているのだが、中々いいものが見つかっていない。

 そのことはルーも分かってくれているため、「しょうがないよねー」と納得している。

 だから普段通りに薬草採取を行っているわけなのだが……。


「ルーは薬草採取がうまいにゃ! なにかコツがあるのにゃ?」

「……」


 ルーとマオのどちらが薬草採取がうまいか。俺くらいになれば一見するだけで分かる。明らかにマオのほうがうまい。

 だが、ルーと仲良くする切っ掛けにしようとしているのだろう。マオは必死にルーへ話しかけていた。


「あそこにもたくさん薬草があるにゃ! い、一緒に採りに行くのはどうかにゃ?」

「……」


 一切返事をしない。これは俺が思うに、あれだろう。


 ――人見知り、ってやつだ。


 大人相手にそんな素振りを見せたことはなかったが、歳が近いと委縮してしまうのかもしれない。学校では大丈夫なのかな? いつも笑顔で帰ってくるから心配していなかったけど、お兄ちゃんちょっと心配になってきた。


 しかし、人見知りにしたってこの状況が続くのは良くない。

 ここはギルドマスターの出番であり、兄の仕事だろうと立ち上がった。


「あー、ルー?」

「なぁに、にいちゃ?」


 眩いばかりの笑顔が返ってくる。いつも通りのルーだ。

 これならば大丈夫だろうと、安心して言う。


「ちょっぴり恥ずかしいのは分かるが、勇気を出して話すのも大事だぞ? マオはルーと」

「うん、分かった!」


 素晴らしい。言い切る前にルーは全てを理解してしまったようだ。天才かもしれない。

 やったぜ、とマオに対して親指を立てる。彼女はなぜか困った顔で笑っていた。


 そして一時間。

 静かな森の中にはマオの声だけが響いている。

 いまだ、ルーはマオに返事をしていなかった。


「今日のお昼はあたしが用意したけど、どうだったかにゃ?」

「……」

「い、いつもはルーが用意してるにゃ? 良かったら得意料理を教えてほしいにゃ」

「……」


 会話はうまくいかず、マオが肩を落とす。その消沈ぶりに兄として申し訳なさを覚える。

 俺は言うことを少し考えた後に彼女へ近づき、肩に手を乗せた。


「ごめんな、直に慣れると思うからさ」

「いやぁ、かなり難しいと思うにゃ。だってほら今も……ね?」


 マオの視線の先を見る。せっせと薬草採取を続けるルーの姿があった。


「え、っと?」


 首を傾げる。マオが呻き声を上げた。


「うぅん、マスターが鈍いのも悪いけれど、ルーもうまいことやってるにゃ。マスターが悪いけど」

「二度言った!?」


 仲間になったばかりのマオでも分かるほどの、俺の悪い点というやつについて考える。

 ルーへのことだろう。それは間違いない。


 では俺がルーにやっている良くないこととはなんだ?

 母曰く過保護だ、ってやつか。確かに目に入れても痛くない程に可愛がっている。だから怪我だってしてほしくないし、望みはなんだって叶えてやりたい。


 だが、そのことでルーの自立を妨げてしまっているとしたら? 一生面倒を見てやり、鳥籠の中で成長させるのか?

 ――うん、それもいいんじゃないかな。


「ということで、俺にはルーの面倒を一生みる覚悟がある」

「一体どうしてそういう結論に至ったにゃ!?」

「一生……一生……」


 別に隠す気もなかったので当然だが聞こえており、ルーは嬉しそうに尻尾を振っている。耳もぴょこぴょこ動いてて可愛い。

 マオは頭を抱えているが、俺は深く頷いた。


「兄ってのはな、妹を無条件に甘やかしていいことになっている。国の法律で決まってるんだ」

「そんな法律は無いにゃ!?」

「あるんだよ。たぶん、きっと。だからこれでいい。……けど、まぁギルドマスターとしては別だ」


 そう、俺はすでに自分と妹のことだけを考えていればいいわけじゃない。え? 家族? 父さんはともかく、母さんは俺より長生きするから大丈夫だ。

 一つ頷き、マオに言う。


「ギルドメンバーのことも面倒をみる。困っていたら相談に乗り、泣いていたら寄り添う。俺はマオのことだってちゃんと考えているぞ!」


 拳を握り熱く語った。どうよ、お兄ちゃんもギルドマスターとしてのことを考えているんだよ? カッコいいか? とルーへ目を向ける。……すげぇ顔をしていた。

 目を細め、頬を引きつらせ、カッコ悪いと言わんばかりの表情だ。


「……今、いいこと言ったよね?」

「あたしはマスターはとことんお人好しで心配になるけど、いい人だと思っているにゃ。でもいつか女性問題で大変なことを起こすと思うにゃ」

「女性問題……?」


 縁の無い言葉が出て驚きを隠せない。こういってはなんですが、人生でそういったことを経験したことがない。

 隣に住んでいた初恋のお姉さんだって、同じ年の可愛い女の子だって、必ずこう言った。


『エスパルダくんはいい人だよね。これからもずっといい友達でいてね』


 思い出すだけで心が荒んでいく。十五歳の男だ。女の子にモテたいし、イチャイチャだってしたい。


 しかし、そういう相手は見つかっていない。というか、一生見つかる気がしない。いいんだ、俺にはルーがいるから。妹を可愛がって生きていくから……。

 少しへこんでいると、ルーが袖を引いた。


「にいちゃにはルーがいるから大丈夫だよ?」


 世界中に見せてやりたい笑顔だ。そう、俺にはルーがいるからいい。

 ドンドン成長していくだろう。ギルドを続けているかもしれない。違ってもいい仕事を見つけ、人気者になっているだろう。男も寄って来るはずだが、いくつも試練を与えよう。俺が認められるやつじゃなければ、絶対に認めない。

 だがその全てを乗り越える男が現れたら、ルーには美しい純白のドレスを着せてやり――


「お前なんかにうちの妹をやれるかぁ!」

「突然なにを言ってるにゃ!?」


 おっと、妄想が行き過ぎた。ルーはまだ十歳。先のことを考えるには早すぎる。

 ……いや、でも最近の子は違うとも聞く。特に女の子は、男よりも精神的に成熟するのが早いらしい。ということは、ルーにも気になる相手がいたり、する、のか?

 鈍い動きで顔を動かし、ルーに聞く。


「ル、ルーは好きな人とかいるのかな?」

「にいちゃ! ルーはにいちゃと結婚するー!」

「かーわーいーいー!」


 俺は躊躇わずマイエンジェルを抱きしめた。もう数年くらいしたら、「そいつと一緒に洗濯しないで欲しいんだけど……」とか言い出すかもしれないが、今はまだお兄ちゃんと結婚したいと口にする可愛い子供だ。

 ずっとこのままでいてくれよ? お兄ちゃん大好きな妹で! などと思いながら頭を撫でる。ルーは満面の笑みで頬を擦りよせてきた。


「あの、マスター? ルーが言ったことの意味、ちゃんと……分かってるはずがないにゃ。うん、分かってたにゃ」


 マオの言葉など聞こえるはずもなく、ルーを可愛がりまくった後、俺は手をパンッと鳴らした。


「よし、薬草採取を続けよう。輝かしい未来のために!」

「おー! 討伐クエストのために頑張るよー!」


 二人で勢いよく片手を上げていたのだが、控えめに上げていたマオが眉根を寄せている。


「どうした?」

「……お金もあるし、薬草採取をする必要はないんじゃないかにゃ?」

「あっはっはっはっ! マオは本当に面白いなぁ。薬草採取は仕事でありながら趣味の一環だろ? 薬草採取で金を稼ぎ、薬草採取で疲れを癒す。基本じゃないか」

「うんうん!」

「うちのマスターは薬草採取狂いにゃ」


 ひどい言い方をした後、マオはガックリと肩を落とした。

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