第7話
「今日は荷積みのクエストをします!」
「おー!」
嬉しそうにルーが片手を上げ、ピョンッと飛ぶ。
薬草採取ばかりじゃ飽きてしまうだろうと、ココが気を遣ってくれたのだ。
「おっし、じゃあこの木箱をガンガン積んでくれ。ただし慎重にな? 中身は薬の入った瓶だ。……くっくっくっ、儲かってしょうがねぇぜ」
目の下に少し隈を作りながらも、嬉しそうにココは笑う。最後の台詞が無ければもっと良かっただろう。
そこそこ重い木箱を、リザード族の御者ティルムも交えて積む。
帽子にマント、シャツは着ておらずズボンは履いている。上半身の赤い鱗を見せたがっているような格好だ。
前に一度、シャツを着ないのか? と聞いたことがある。
暑いんですよねぇ、と苦笑いをしていた。暑い地方の産まれらしい。
「よっと……結構重いな」
ガシャガシャと音が鳴る木箱を気を付けて持ち上げ、荷台のティルムに渡す。
量もあるし、慎重にならないといけない。時間のかかる作業だ。
そんな俺の横を、三つの木箱を持ち上げたルーが通った。
「ちょ」
「よいしょっと」
平然と荷台に乗り、下ろす。ギフトによる身体強化だとは分かっていたが、目を瞬かせた。
「次々ー!」
「ルー待ちなさい」
「はーい?」
なぜ止められたのかが不思議なのだろう。ルーは首を傾げている。
だが中身は割れ物だ。一箱ずつ丁寧に運ぶよう教えた。
「はーい!」
「いい子だなー!」
ちゃんと言いつけが守れるマイエンジェルに感動していたら、頭をゴツい手に掴まれた。しかも、じわりじわりと締め付けが強くなっている。
恐る恐る振り向くと、そこにはココの姿があった。
「働け」
「はい」
至極ごもっともな意見をもらい、俺は仕事に集中することにした。
ほぼルーのお陰だが荷積みは手早く終わる。
休むこともなくティルムは御者台に乗り、帽子を少し上げた。
「じゃ、後は任せてください」
「おう、頼んだぞ」
大人同士の信頼が合ってのやり取り。それはどことなく格好いいもので、帽子を買うか悩んでしまう。俺もサッと上げて挨拶をし、立ち去りたい。
どんな帽子がいいだろうか? 他の人の意見も欲しくなり、聞いてみる。
「帽子っていいよな」
「寝癖を隠すの?」
「これは剃ってんだぞ?」
全く参考にならなかった。
――この荷積みの仕事は何度か続き、ココの隈はより濃くなっていく。薬を大量に買い付けた人でもいたのだろう。
支払いがいいため、俺たちも断らずに手伝っている。というか、他の雑用も手伝うようになっていた。
そして、そんな日々を続ければ当然疲れも溜まっていく。
「薬草……薬草が摘みたい……」
薬草採取は心の癒しだ。森に行き、温かな日差しを感じながら、少し涼しい日陰で熱を冷ます。そんな心地よい時間を……。
「薬草じゃなくて荷物を積め。その後は箱に瓶を詰めろ」
「それ"つめ"違いだ」
「つめつめー、あははっ」
なにか面白かったらしく、ルーも自分の爪を見せながら喜んでいる。でもお兄ちゃんは積むでも詰むでも爪でもなく、摘むがしたいんだよ。
しかし、この作業も今日まで。明日からは薬草採取に戻れる。
気合いを入れ直し荷積みを続けた。
「――じゃ、これで終わりですね」
「おう、頼んだぞ」
ティルムはいつものように帽子を少し上げ、馬車を進ませる。それを見送り、息を吐いた。
「はー、やり切った」
「終わり―!」
「助かったぜ。後は片付けるだけだが……その前に一休憩といくか」
「「やったー!」」
俺たち兄妹は大喜びし、店内に戻った。
だらだらと話しながら休憩を楽しんでいると、カラカラと音が鳴る。
目を向けると、二人の人影があった。
一人は黒のテンガロンハット、黒の全身を覆えるマント。黒づくめだ。
もう一人は小柄で茶の全身を覆えるフード付きマント。よくある格好なのだが、どこか見覚えのある出で立ちをしていた。
「お邪魔しますぜ。ちょいと早かったですかね?」
「いや、後片付けが残ってるだけだ。気にせず入ってくれ」
男がテンガロンハットを外す。見えた顔に少しだけ驚いた。
豹の獣人。
それだけならば驚かないのだが、彼はルーたちのようなハーフ獣人ではなく、より獣に近い姿をしている。正に獣人、といった感じだ。
ちらりとこっちを見て、男が嬉しそうに笑う。
「もしかしてそちらの二人が?」
「その通りだ」
「そいつはちょいと都合がいい」
はて、初対面だと思うのだが。どこかで関わったことがあっただろうか?
覚えがなく、ルーを見る。俺と同じように不思議そうな顔をしており、首を横に振っていた。
とりあえずお客様らしいので椅子を出す。
帰ったほうがいいかと思ったのだが、ココに同席するよう言われ、俺たちも腰かけた。
「じゃ、自己紹介からだな。こいつは《フェンリル》のギルドマスター、エスパルダ。こっちのちっこいは、メンバーのルーだ」
「始めまして」
「ルーだよー!」
獣人の男は、なぜか俺たちみたいな子供相手に深々と頭を下げ、口を開く。
「自分の名前はレパード。見ての通り、ちょいと珍しい純血の獣人だ」
どうも『ちょいと』と言うのは彼の口癖なのだろう。
しかし、純血の獣人は初めて見た。
ジロジロ見るのは失礼だと思い気を付けていたのだが、目の合ったレパードが笑う。
「気にせず見てください。ちょいと慣れてますから」
「す、すみません」
「いえいえ」
いい人だなぁ。
ほんわかしていると、レパードが隣の人を肘で小突く。
「ほら、恩人にちょいと挨拶をしろ。名前も教えてないんだろ?」
「う、うぅ……」
呻き声を上げながらも、もう一人がフードを外す。
現れた顔はなんと! 純血の獣人!
なーんてことはなく、赤毛の猫の獣人だった。
髪は肩にかかるくらい。身長はルーよりも少し大きいので、十二、三歳といったところか。
細く美しい尻尾をしており、それはなぜかへにゃっとなり前に出ている。お腹でも減っているのかもしれない。
「マオ、
「あ」
語尾でピンと来た。そして気付かれたことに気付いたのだろう。マオはビクリとした後、フードを被り直した。
「顔を隠すのはちょいと失礼だろ」
「あ、あぁ! レパード! ……うぅぅ」
フードを無理矢理剥がされ、マオが小さくなった。
まぁ理由は察せる。恐らく、金を脅し取ったことについて怒られたのだろう。
となれば、ココが探し出してくれた、ということか。
「ココが探し出したのか?」
「探し出した? なんのことだ?」
あれ、違うのか。……そういえば、金のことは話していない。知っているはずがないか。
だが偶然の再会にしてもおかしいし、恩人というのも分からない。しかもココを見てではなく、俺たちを見て恩人と言った。
悩んでいるとルーが立ち上がり、なぜか膝に乗る。
「寒かったのか?」
「違う」
「ふぅん? まぁいいか」
顔は見えていないが、ルーは真っ直ぐにマオを見ているようだ。
マオは俯き、レパードは頬を掻いている。状況がさっぱり分からない。
「その、お兄ちゃんになにかしようってわけじゃない。狼の嬢ちゃんは、ちょいと落ち着いてくれないか?」
「ルーは落ち着いてる」
「そうかい。なら、まぁ、うん。このままちょいと話をさせてもらうとするか」
レパードは苦笑いを浮かべていたのだが、顔を引き締め立ち上がる。あれ? 今、ルーのことを狼って……?
一瞬聞き間違いかと考えたのだが、すぐに頭から消え去る。
目の前で、レパードが片膝を突いていた。
「この度は同族の里を救っていただき感謝する。猫姫様からも可能な限りの礼をするよう申し付けられております。……ほら、マオ。お前もちょいと頭を下げる」
「あ、ありがとうございますにゃ」
慌ててマオも立ち上がり、両膝を突いて頭を下げる。一見すると土下座に思われかねないため、俺は狼狽した。
ルーのふわふわの尻尾を撫でて気持ちを落ち着かせ、ココを見る。
「ココ?」
「話の通りだ。そこのマオって子に助けを求められて、金を貸してやったんだろ? 事情も聞かない辺り、本当にお人好しだな」
「……どういうこと?」
「「は?」」
ココとレパードの声が重なり、マオがさらに深く頭を下げる。
俺にはまるで状況が理解できなかった。
「ここ数日積ませてた薬の代金だ。猫の獣人だけがかかる病気で、それを治療するための代金をポンッと貸したんだろ? あぁそうか、事情を聞いてなかったか」
「病気? 治療の代金? よく分からんが、みんな助かったのか?」
いまだ混乱しながらも聞くと、レパードが顔をくしゃくしゃにして笑う。
「えぇ、助かりました。ネコカユタイ病が蔓延していたのに、一人の死人も出ませんでした。これはちょいとした奇跡ですよ」
「そうかそうか、そりゃ良かった」
病気を治療する薬が必要で、そのためにお金は使われたらしい。
良いことに使われたのなら言うことはない。嬉しくなり頷いていると、レパードが咳払いをする。
「で、ココさんへの支払いは終わったんですが、恩人への礼が終わっていない。ちょいとそちらを先に済まさせてもらってもいいですかね?」
「あ、結構です。お金はあげたもんですから」
人を救うために使った金を返してもらおうなどとは思わない。というか、俺の中では上げたものだ。返せなんて言うつもりは最初から無かった。
ルーが足をバタつかせ、ちょっと痛いと思う中、顔を上げたマオが目を瞬かせ、レパードが慌てだす。
「そ、そいつはちょいと困ります。お願いしますから受け取ってください」
「いえいえ、どうぞ気にせ――」
「ほれ、手を出せ」
「ココ!?」
ココが腕を掴み、無理矢理に銀板へ乗せる。
速やかに譲渡は終わったが、俺は釈然としなかった。
「俺は受け取らないって言っただろ」
「あのなぁ、正当な報酬を断り続けるほうが失礼なんだよ。聖人じゃねぇんだから、素直に受け取れ。裏があるって思われても嫌だろが」
「……そういうもんか」
「そういうもんだ」
納得し、頷く。だが魔法の鞄内の金額を見て、言葉を失った。
ここ数日で少し稼いだが、それがどうでもよくなるほどの金額。
――二千万ラピという大金が入っていた。
どういうこと? さっぱり分からない。どうして倍以上のお金を渡されてるの? 教えてマイエンジェル。
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ」
「にいちゃ?」
俺の異変に気付いたルーが顔を向ける。
落ち着け、妹の前で醜態を晒すな。自分に言い聞かせ、口を開く。
「貸したのは八百万ちょっと。それがどうして二千万になるんだ?」
「借りた金にちょいと色をつけて一千万。お礼に一千万。当然の報酬ですよ」
「いやいやいやいやいやいや!?」
少額の貯金が一千万になり、全てを失い零となるが、続いて二千万になった。一体なにが起きているのかが分からないレベルだ。
落ち着け、落ち着くんだ俺。深呼吸をし、ニヤニヤしているココを見る。ぶっ飛ばすぞ。
受け取らないのは失礼だと言っていた。しかし、受け取り過ぎなのも事実。なら、返すのではなく別の方法を考えるべきだろう。
鼻から息を吸い、口から吐く。
僅かばかりに冷静さを取り戻し、告げた。
「病気が蔓延していたということは、里は大変なんだろ?」
「まぁそうですね。ちょいと落ち着きは取り戻しつつありますが」
「なら、一千万ラピを寄付させてくれ。支援ということで」
完璧だ。これで受け取り過ぎたお金を正しいことに使える。
自画自賛したい気持ちだったのだが、レパードが目を見開く。
「い、いや、ちょいとそれは」
「なるほど、それは断る理由もねぇよな」
「ココさん!?」
レパードは困っていたが、ココの後押しもあり納得してくれた。
「……猫姫様にちょいと話はしておきますからね」
「えぇ、どうぞどうぞ」
ところで猫姫様って誰だろ? まぁいいか、お礼の手紙が届くとか、特産品を送ってもらえるとかだろう。うちの母親も大喜びに違いない。
これで今回の件は一件落着! とはいかなかった。
ずっと静かだったルーは頃合いを見計らったかのように、マオをビシッと指差す。
「こいつはにいちゃを脅して金を奪った」
「ぶっ」
思わず吹き出し、ルーの口を押さえる。
それは終わったことだ。事情もあったし仕方ない。
などと思ってはもらえなかったのだろう。
レパードは顔を険しくし、マオを睨みつけた。
「本当か?」
「……はい、にゃ」
「そいつはちょいと見過ごせない。マオも分かってるな?」
「分かって――」
「事情があったことですし、ここは穏便に!」
「恩人とはいえ、ちょいと黙っていてください。こいつはこちらの問題です」
ピシャリと言われてしまう。
言い返すこともできず困っていると、マオが泣きそうな顔で笑みを作った。
「お兄さんはいい人にゃ。最初から頼んでいればよかったのに、これはあたしが悪いにゃ。本当にごめんなさい。……だから、どんな罰でも受けます。猫姫様にもそう伝えてくださいにゃ」
「分かった。ちょいと悪いが弁護はできない。覚悟はしておけよ」
「……分かっていますにゃ」
「分かりません」
我慢できず会話に割り込む。
ルーを隣の椅子へ移動させて立ち上がり、レパードを見る。厳しい顔をしていた。
だが、俺は納得できない。だから助ける。そんな至極当然のことをするために頭をフル回転させ、一つの答えを導き出した。
「レパードさんは俺たちに礼がある。猫姫様って偉い人も同じ意見だ。そう言いましたよね?」
「……えぇ、言いました」
「でしたら、俺への礼でマオの罪を打ち消してください。足りないのでしたら、別の形で返します」
レパードは俺を見た後、眉根を寄せる。
そして言っても無駄だと分かったのか、マオを見て、そしてルーを見た。
「その、嬢ちゃんはどうなんだ? 礼は二人に対してものだ。ギルドマスターだけへのものじゃない」
「……」
「ルーなら問題ありません。うちの妹は謝罪が欲しかっただけで、人を困らせたい性格じゃない」
マイエンジェルを見くびるなよ? と胸を張って答える。
ルーは口をこれ以上ないほどに尖らせていたが、呟くように言った。
「……にいちゃが許したなら、ルーもいい」
「ありがとうルー!」
抱きしめて頬ずりをする。ルーは少し困った顔をしていたが、最後には笑ってくれた。
そして俺たちは日常を取り戻す。
今日も今日とて薬草採取。明日は約束通りに冒険者協会に行き、討伐クエストを調べる予定だ。
「うーっす」
「おう、おはよう」
「おはよー!」
とてとてと走っていたルーが、店の中央辺りで、なぜかピタリと止まる。
不思議に思うと、カウンター内で苦笑いを浮かべるココと、その前に立っている赤毛の少女が目に入った。
帰ったんじゃなかったのか? と聞くよりも先に、マオが口を開く。
「本日よりギルド《フェンリル》でお世話になりますマオですにゃ! お礼は体で返しますにゃ!」
「……?」
分かるのだが分からず首を傾げる。
だが可愛い妹は顔を歪め、とても嫌そうに言った。
「帰って」
「そ、そう言わないでほしいにゃ! マスターとルーのお役に立ちますにゃー!」
「にいちゃはルーのにいちゃなの! 帰ってー!」
あらやだ嫉妬とか可愛い。
なんて思っているわけにもいかず、怒り心頭なルーを宥めるのに多大な苦労をしたことは言うまでもないことだろう。
こうして二人目のギルドメンバー、猫の獣人マオが仲間に加わることとなった。
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