ココとの出会い
ルーが熱を出した。
顔は真っ赤で息も荒い。
水で冷たくなった布を額に乗せ、手を握る。
「にい、ちゃ……くるし……よ」
「大丈夫、すぐ治してやる!」
母はルーの世話を俺に任せ、町に薬を買いに行こうとしていた。
だが、俺がいてもできることはない。代わりに薬を買いに行くと強く言う。
少し悩んだ後、母は俺に託してくれた。
「いってくる!」
「待ちなさい! 雨が降って――」
俺は家を飛び出した。
雨に濡れることも気にせず、テガリの町へ赴く。
しかし、どこぞのお偉いさんの子供が熱を出したらしく、医者もいなければ薬屋も閉じられている。かなりおおごとなのだろう。こっちもおおごとだが。
どこかやっている店が、と雨の中を走る。
人通りの少ない辺りで、地面に落ちた荷物を拾う、雨具を着た男を見かけた。
「あぁくそっ、ついてねぇな」
ぶつくさと愚痴り、怒りすら浮かべながら男は拾っている。
俺は足を止めた。
「手伝うよ」
屈んで、落ちている瓶や食べ物を拾う。
「お、悪いな坊主……ってなにやってんだ! ずぶぬれじゃねぇか! さっさと家に帰れ!」
「大丈夫大丈夫」
今さら変わらないさ、と笑って手伝う。
全て拾い終わったのだが、どうやら袋に穴が空いていたらしい。一人で運ぶのは少し難しそうだ。
俺は躊躇わず、家まで荷物を運ぶ手伝いをした。
扉を開くと、カランランと音が鳴る。室内は薄暗く、なにかの店であろうということしか分からない。
男が雨具を脱ぐ。毛の無い頭と、明らかにヤバそうな強面が露わになった。
禿頭をペチリと叩き、男が言う。
「助かったぜ。荷物はカウンターに置いてくれるか? 今、拭くもんと温かいもんでも持って来る」
「いや、ごめん。妹が熱を出してて薬を探さないといけないんだ。じゃあこれで!」
飛び出そうとしたのだが、襟元を掴まれる。ぐぇっと声が出た。
「待て待て。大変みたいだが、助けてもらったんだから恩は返す。話を聞かせてみろ」
「で、でも時間が」
「安心しろ、ここは薬屋だ。坊主が探してた、な」
男がニヤリと笑う。その顔を見て、ルーが助かると救われた気持ちになった。
焦っていたため、纏まりの無い話をする。だが男、ココは最後までしっかり聞いてくれた。
「オレを手伝ってる場合じゃねぇだろ……このお人好しが」
「困ってたから……」
「ったく、しょうがねぇなぁ」
ココは立ち上がり、棚から一つの便を取り出しカウンターに置く。
それは金の装飾が施されており、一目で分かるほどに高価な物だった。
「これ……?」
「エリクサーだ。飲めば妹は必ず治る。欲しいか?」
「欲しい!」
躊躇わず答え、持っているお金を全て出す。念のためにと持ってきた貯金も全部出した。
だがココは首を横に振る。
「これじゃ全然足りねぇ」
「な、なら時間がかかっても払うから! だから、お願いします!」
「それは本当か?」
俺でも分かるほどに、ココの空気が変わる。
そして試すような目で、静かに言う。
「毎日薬草採取をしてもらう。期限は五十年だ」
「え……」
言葉を失う。五十年という膨大な時間。だがルーが必ず治るという薬。
でも治るのならいいか。俺は受け入れることにした。
「なーんて、な」
「分かった、約束するよ。……ん? 今なんか言った?」
「……」
なぜか口を開いたまま固まっているココを後目に、瓶へ手を伸ばす。
ココが瓶を持ち上げ遠ざけた。
「ココ?」
「お前分かってんのか? 五十年だぞ、五十年。爺になっても薬草採取して届けるんだ。人生を投げ出すのと変わらない。いいか? 必ず後悔する。何度も、何度も、何度もだ! 助かるけど助からないんだぞ!」
自分で提案しておきながら、受け入れるな馬鹿野郎とココは怒る。
とてもいい人だ。自然と頬が緩む。
俺は笑いながら、素直に答える。
「でも、妹を助けられなかったらもっと後悔する。なら助けて後悔するほうがいい。心配してくれてありがとう」
一度頭を下げ、瓶へ手を伸ばす。また取り上げられた。
「ちょ、頼むよ」
「駄目だ駄目だ。こんな物はお前にやれん」
ココは高価な薬を棚に戻し、小さな瓶をカウンターに置いた。
「ほれ持ってけ」
「いや、妹を治すために――」
「心配すんな、これで治る。なんたってオレの特製だ」
目を瞬かせ、首を傾げる。
そんな俺を見て、ココがニヤリと笑った。
「あの薬以外じゃ治らない、とは言ってないだろ?」
「他にもあったの!? じゃなくて、これで治るのか! ありがとう、いくら払えばいい?」
「手伝ってくれた礼だ。くれてやるからさっさと行け」
シッシッとココは手を動かす。
俺は深く頭を下げ、店を出た。
……薬は効果覿面で、ルーが元気一杯になったことは言うまでもないだろう。
◇
「いやぁ、あれも今日みたいな雨の日だったよな」
外を眺めつつ、客のいない店内でココに言う。この店はいつも閑古鳥が鳴いていた。
「まさか毎日店に来て、勝手に掃除したりするとは思わなかったけどな。タダでいいって言ったのによ」
「そういうわけにはいかないだろ……」
ルーを助けてもらったのに、金も払わず礼もしないとか、そんなことできるはずがない。
だが手伝いをしたらしたで、オレにだけ分かるよう置いてあるんだ! 片付けるな! と怒り出したんだよなぁ。結局、薬草採取をすることになったわけだ。
そんな五年前の話を懐かしんでいると、外を見ていたルーが飛び上がる。
「にいちゃにいちゃ! 雨あがったよ!」
「お、なら少しでも薬草採りに行くか」
立ち上がり、店を出るべく歩き出す。
俺の背に、ココが声を掛けた。
「――なぁ知ってるか? あれ、エリクサーだったんだぜ?」
「知ってるよ。今さらどうした?」
棚に置かれたままの高そうな瓶に目を向ける。
あれ買う人いるのかなぁ。永遠に置いてありそうな気がする。
ココは意味ありげに笑い、頷いた。
「なんでもねぇよ。暗くなる前に帰って来いよ」
「はーい!」
「あいよ」
カランカランと音が鳴り、扉が閉まる。
俺たちが出て行くまで、ココは優しい顔で見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます