第4話
今、俺は入院している。現在三日目だ。
ルーは毎日見舞いに来てくれる。嬉しい。
両親は初日に見舞い来た。それきり来ないところが、なんともらしい。
父は俺を見た瞬間、泣きそうな顔をした。
「良かった、本当に良かった」
「よかったよぉ」
それを見て、ルーも泣き出す。もらい泣きってやつだ。
……だが母は違う。
俺の体を上から下まで見た後、頭を勢いよく叩いた。
「いたいっ!?」
「よくルーを守った! 偉い! それでこそ兄貴だ!」
そして機嫌良さそうに帰って行った。さすが我が母親である。
骨が数本折れていたため、当分は入院生活。
仕方ないとはいえ、すでにうんざりしていた。
「はぁー、退院したい」
「めっ! ちゃんと治すの!」
「はい!」
妹に言われたらしょうがないといい返事をする。
まぁ実際どうにもならないしな、と諦めてもいた。
ルーが買って来てくれた多種のリザードが乗っている図鑑に目を通す日々。襲った相手を詳しく知っておきたい。そう思ってのことだが、中々に面白い。
そんな俺の元にある人物が訪れる。
ハゲ頭の男、ココだ。
「邪魔するぞ」
「あれ、ココ? 仕事は?」
「おいおい、エスが入院したのに仕事なんてしてられんだろ?」
「本音は?」
「いい口実ができたな! ハッハッハッ!」
こういうやつである。呆れつつも、普段通りな姿に安心してしまう。
ちなみにエスというのは俺の仇名。エスパルダだからエス。……まぁ知らない人も、ルーのにいちゃ、って呼ぶことのほうが多い。俺の名前を知っている人のほうが少ないんじゃないか? たまに不安になる。
釈然としない気持ちを抱いていると、ココがポンッと手の平を叩く。
「そうだ、これを飲め」
取り出されたのは瓶。中身は緑色の液体。
見た感じからするに、回復薬のようだった。
「いや、薬なら病院で出てる」
「なーに言ってんだ。オレの特製だぞ? 病院なんて目じゃねぇよ」
親切だとは思うが、なにか引っかかる。
「……いくら?」
「飲む前に聞くとは、エスも成長しているじゃねぇか。さて、いくらに――」
「ル、ルーが払うよ! 頑張ってお金貯めてるから大丈夫だもん!」
「よし、タダでいいぞ」
ルーが涙目で言った瞬間これである。この流れからするに、最初から金をとるつもりなどはなかったのだろう。
素直に感謝し、一気に飲み干す。
途端、全身をなにかが巡り、痛みが消えて、力が湧きあが……治った。
「完治したぁ!?」
「うんうん、さすがオレの特製だ。感謝しろよ」
「さすがココ! すごーい!」
人はいいがやる気のない自堕落な男。しかし、腕はめちゃくちゃ良い。
改めて見直したというか、驚いてしまった。
その後、医者の診断も受けたが、答えは完治。即日退院が許された。
普通ならば驚くことだが、医者も「あぁココさんでしたか……。そりゃ、ね。退院でいいですよ」といった感じだ。実は有名なのかもしれない。
退院が決まり、ココが奢ってくれるということで移動をする。
机一杯の食事をルーは大喜びで食べ、ココは酒を飲む。昼から駄目人間だった。
ボチボチ摘まんでいると、ココが咳払いをする。
「じゃ、本題だ」
「まぁ話くらいはあるよな。どうした?」
さすがに店を休むためだけに来たのではないと知り、ホッとする。
……いや、ココの場合は本当にやりかねない。やはり少しだけ不安になりつつ話を聞いた。
「まずはルーのギフトの話だ。過去に類似したギフトがあった」
「ほうほう、どんなの?」
「《狂獣》」
「狂獣」
とてつもなく物騒な名前をしたギフトの説明を受ける。
過去、獣人で最強と言われていた人物が、似たようなギフトを所持していた。
全容はは分かっていないが、身体能力の超強化、異常な自己再生能力、驚異的な闘争本能、などなど。戦闘に特化していたらしい。
フォークに刺した肉を口に入れる。
「……ふーん」
「あまり驚いてないな」
「まぁルーはルーだからね」
大した問題じゃない。ルーがどうなろうと可愛い妹であることに変わりはない。
そもそも最強のギフトを所持しているから、戦う生き方をしなければならないのか? そんなことはない。結局どう使うか、ってことだろう。
それに、むしろルーには天使とか女神が似合う。マイエンジェルだからな。
どうだろう? とココへ聞く。「戦女神だな」と笑っていた。
酔い潰れたココを店へ送り届け、家に帰る。
完治した俺を見て父が泣いた。そしてルーも泣く。
母は、頑丈に産んだのを感謝しなさい! と言う。
ココの薬のお陰だが、俺は曖昧な笑顔で頷いておいた。
そして数日が経ち、俺たちは冒険者協会を訪れる。ブレードリザードを倒した報奨金をもらうためだ。
「《フェンリル》……!? え、二人? 一人は子供?」
物凄く驚かれる。一体なんだというのか。
妙な空気のまま別室に通される。俺たちは首を傾げながら、部屋で待つことになった。
少し経ち、一人の男性と秘書らしき女性が姿を見せる。
男はテガリの冒険者協会で一番偉い人。女性はまんま秘書だった。
「で、ブレードリザード二体の討伐についてです」
「成り行きなんですけどね」
「成り行き、ですか。は、ははっ」
苦笑いだ。なにかがおかしい。
なんとも言えない顔のまま、男が話を続ける。
「まず預かっていた遺体ですが、ドワーフの工房にあります。素材を加工するのでしたら、そのまま引き受けてくれるらしいです」
「はい」
答えつつ、お菓子でベタベタになっているルーの手を拭く。
武器や防具の作成。余った素材は売る。そういったことは工房でやってくれるようだ。
「次に報奨金ですね。《双刃尾》の二つ名つきで、多大な懸賞金が様々な人から賭けられていました。この辺りでは初めて見かけましたが、遠方で暴れていましたからね。……全て合わせ、一千万ラピになります」
「はぁ、ありがとうございます」
すごい化物だった、と言う割には大した金額じゃない。一千ラピかぁ。そりゃ誰も倒さなかったわけだ。
しかし、指輪を通して振り込まれた金額を見て、目を瞬かせた。
一……十……百……千……万……一千万? 一千万!?
「こ、こここここれ金額間違ってますよ!?」
「間違ってますか? 一千万ラピですよね?」
「え、あ、はい。あれ? えっと……合ってます」
「なら良かったです」
俺とルーが薬草採取で一日に二万ラピを稼ぐ。これは五百倍。一年以上遊んで暮らせる金額だ。
息を整え、ルーを見る。にぱぁっと笑っていた。
「すごいねー」
「うん、すごい。でもこれはルーが稼いだお金だ。好きに使いなさい」
「あはは、にいちゃなに言ってるの? これは二人で稼いだんだよ? それにルーが持ってても困るし、にいちゃがお願いね」
「いやいや、俺はただ逃げていただけで――」
「にーいちゃが持つの! そう決めたの!」
「あ、はい」
可愛い妹が頬を膨らませたため、俺が管理することになる。
マジかよ、どうすんだこれ……。
突然小金持ちになってしまった。
浮ついた足取りのまま、教えてもらったドワーフの工房を訪れる。
ルーよりも小さい、白く長い髭のドワーフ。メッティン親方が俺たちを歓待した。
「おいおい! あんちゃんが双刃尾を倒したのか! 一人でか? 大したもんだ!」
「いえ、倒したのは妹のルーで……」
「ぶーい」
「この嬢ちゃんが一人で!? もっと大したもんだ!」
ガハハッと親方が笑う。ルーが誉められているので、俺も少し誇らしい気持ちになった。妹が誉められるってのは最高だな。
親方はコホンと一つ咳払いをし、本題に入る。
「で、素材はどうする? かなりいいもんだぞ?」
「どうするのー?」
二人が俺を見る。
しかし、心配するな。ちゃんと考えてある。
真似をして一つ咳払いをし、案を口にした。
「ルーの武器と防具を。あ、この子は成長期なので後々も使えるように素材は少し残してもらえますか? 女の子ですから、見栄えも少し良くしてください。兜は嫌うので、額当てくらいのほうがいいかな? 鎧も軽く動きやすい感じで。ただ殴ったり蹴ったりもしていたので、格闘も考えてもらえると助かります。拳や足を守らないといけません。女の子だから傷が残ったら困るので。爪でも――」
などを一息に告げる。親方はなぜか若干顔を引き攣らせながら頷いた。
「ふ、ふむ」
「それでいい?」
「うん! にいちゃが考えてくれたなら大丈夫!」
絶対の信頼である。
ニマニマとしながら、武器について聞く。
「ルーはどんな武器がいい?」
「んっと……壊れないやつ!」
この世に壊れない物などはない。だが可愛いので全て許す。
そんな俺たちを親方は苦笑いを浮かべながら見ていたのだが、いくつかの質問をしてきた。
「壊れにくい武器か。鋭さは減るぞ?」
「構いません」
「剣か? 槍か? 壊れないのなら棍棒とかのほうが良いかもな」
「どんなのがいい?」
天使が使う壊れない武器ってなんだろう? キラキラした可愛らしい杖かなぁ。
と思っていたのだが、ルーは全然違うことを言った。
「殴れるおっきな剣!」
全然可愛くない! のだが、ルーが言うのだからしょうがない。
「……殴れるおっきな剣でお願いします」
「んー、ちょっと待ってろ」
親方が紙に剣を描き込んでいく。武骨な手をしているのに、絵はとても綺麗だった。
そして、でっかい長方形の剣が描き上がる。
「刃を少し厚くする。ただし重量は嵩むぞ?」
「全然平気ー!」
「じゃあそれでいいです。でも、軽い剣も用意してもらえますか? 予備はあったほうがいいですし、使い道がありそうなので」
「分かった。じゃあ三百万ラピってとこでどうじゃ?」
「お願いします」
ルーのために使う金だ。それに武器防具をケチるなんて以ての外。これが五百万でも断るつもりはなかった。
しかし、親方が俺を小突く。
「で、あんちゃんはどうする?」
「俺は要りません」
「要らんのか」
「はい、要りません。必要ない分は売ってください」
「そ、そうか。本命はこっちだと思ったんじゃが……。まぁいい! じゃあその分を引いて、二百万ラピでいいぞ」
「ありがとうございます」
こうして金は二百万減り、代わりにルーの装備が揃うことになった。
ご満悦な妹を見て、お兄ちゃんも気分がいい。だが、魔法の鞄内の残高を見ると、胃が痛くなる思いだった。
――お金があり過ぎる。
金は人を狂わす。ルーがそうならないよう、俺がしっかりしないといけない。
強く拳を握り、薬草採取は地道に続けようと誓った。
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