第3話
「こんにちはー」
「はい、こんにちはー」
「こんにちは!」
森の中、幼い兄妹と出会う。背中に籠を背負っているところから、薬草採取に来たのだろう。
歳はルーより少し下くらいだろうか? 妹のほうはお兄ちゃんの後ろに隠れており、目が合うと勢いよく頭を下げ、また隠れた。
「怪我はしないようにね」
「はい、ありがとうございます」
お兄ちゃんのほうはしっかりしているらしく、ハキハキと答える。妹はまた頭を勢いよく下げ、二人はそのまま立ち去った。
「お仕事かな? 偉いね」
「ルーも仕事をしてるから一緒だ。偉い偉い」
「えへへー」
頭を撫でてやり、薬草採取へ戻る。
だがふと気付いたように、ルーが話しかけてきた。
「そういえばギルドもできたし、ギフトが目覚めないかなぁ」
「ギフト、か」
神に授かりし力で、一般的なので言えば、火を出せるものや水を出せるものだろう。
強いギフトであれば、デメリットも大きい。まぁ万能な物は無いってことだ。
ちなみにルーはまだギフトが目覚めていない。俺も同じくだ。
では、どうやったら目覚めるのか? ……それもよく分からない。
産まれたときから使える者もいれば、強い感情の発露で目覚める者。厳しい修行のはてに、強いモンスター倒したことで、ある日突然、などなど。
薬草を採取しつつギフトについて考えていると、ルーが聞いてきた。
「にいちゃはどんなギフトがほしい?」
「そうだなぁ、良品質な薬草を見つけられるギフトかなぁ」
「すごい! ルーもほしい!」
良品質な薬草は五倍の値で引き取ってもらえる。つまり、収入が増えるということだ。薬草採取を生業としている身としては、ぜひともほしいギフト。……まぁあるのかも分からないけど。
とりあえず自分が欲しいギフトのことは置いておき、ルーのことを聞いてみる。
「ルーはどんなギフトがほしいのかな?」
「んーっとね……強くなるやつ!」
「そっかそっか。強くなったら重い物もたくさん持てるね」
「うん!」
身体能力が強化されるギフトもあるため、目覚める可能性はある。しかし、都合よく手に入るかと聞かれれば別だ。いまだ、ギフトについてはよく分かっていないのだから。
できればルーの望むギフトが目覚めればいい。そんなことを思いながら、薬草採取を続けた。
ギルド《フェンリル》の初クエスト、薬草採取は順調だ。というか、普段通りの日常と言える。これも全てココのお陰。頭が上がらない。
心地よい陽気の中、薬草採取を続ける。見つけたら根を少し掘り、引き抜いて背中の籠へ。これを繰り返す作業だ。
何年もやっているため、お互い手馴れている。この辺りには危険もないため、心は緩み切っていた。
「あれ?」
突然ルーが立ち上がる。そして鼻をひくつかせ、周囲を見回した。
「どうした?」
「なんか……なんだろ。嫌な感じ」
「雨かな?」
確かに空は曇っている。
しかし、ルーは首を横に振った。
「ううん、嫌な感じなの」
「……」
もう一度空を見て、それから周囲を見る。
いつもと違う感じはしない。だが、言われれば不安になるというものだ。俺は小心者なのである。
少し悩んだ後、頷く。
「よし、帰ろう。まだあまり採れていないけど、なにかあったら嫌だからね」
「うん、かえろ!」
クエストは失敗、とまではいかないが中途半端になってしまう。
しかし、それでもなにかあるよりはいいだろう。ルーが言うのだから、きっと何かあるに違いない。
俺よりも遥かに鼻が利き、色々なことに敏感……なんてのは建前で、妹の言葉は神託と一緒だ。信じるのは当然なことだろう。
薬草の入った籠をマジックバックに入れ、来た道を戻る。かなり奥まで来てしまっていたため、出るのには少し時間がかかりそうだ。
「ん」
ルーはたまに足を止め、後方へ目を向ける。俺には見えないなにかが見えているようで、ちょっと怖い。
それが不安を掻き立て、歩く速度を上げる。まるでなにかに追われているような気分だった。
だが森にいれば、そんな気分になることはある。今までだって何度もあった。
「大丈夫大丈夫。急ごう」
「う、ん」
少しでも不安を消してやろうと、笑顔を向ける。
――その時だった。
ガサガサガサと大きな音が後方でし、なにかが空へ飛び上がる。
「あ」
「おおおおおおおおおおおおい!?」
ルーを抱き上げ走り出す。
ハッキリ見たわけじゃない。だがとても大きい
空を飛ぶ大きなモンスター? 目撃情報に覚えはない。つまり、ここ最近に森へ来たのだろう。
妙に静かなルー。
目を向けると、呆然としていた。
恐怖のあまり、というやつか。まだ十歳だ。こんなことになればしょうがない。
「心配するな、にいちゃが守ってやる!」
「う、うん」
恐らく短い時間しか飛べないのだろう。剣のような尻尾で木々を薙ぎ倒し、3m以上はありそうなモンスターが追って来る。
確かあいつは……そう、ブレードリザードだ。図鑑で見たことがある。
ドラゴンのように見えるが、厳密にはリザード。どう違うのかと言えば、ドラゴンはブレスを吐ける。リザードは吐けない。そんな感じだ。
遠くから攻撃してくることはない。木々が邪魔をしているせいか、速度も大したことない。大丈夫、町の近くまで逃げれば助けが来る。
しかし、その考えは甘かった。
「あれ……?」
「え……?」
先程出会った兄妹が、こちらを見て固まっている。
俺たちだけならば逃げ切れるが、この二人と一緒では難しい。ルーほどの身体能力を、普通の子供が有しているはずがない。
選択肢は二つ。
無理でも一緒に逃げる。
もしくは――。
ルーを下ろし、背を押した。
「ルー! あの二人を連れて逃げろ! 助けを呼べ!」
「にいちゃ!」
「任せておけ。大丈夫だ」
悩む必要もなく、足を止める。死ぬかもしれないと思いながらも、来た道を戻り出した。
俺は弱い。妹にだだ甘で、強くもない。
……しかし、兄だ。
格好悪い姿だけは見せられない。妹の前で誰かを見殺しにするような選択肢は鼻から無かった。
「こっちだ! こっちに来い!」
手頃な石を拾い上げ、ブレードリザードの顔に投げつける。幸か不幸か、うまいこと目に当たった。一瞬怯んではいたが、大したダメージはないだろう。
しかし、ブレードリザードは怒り心頭といった様子で俺を睨みつけてくる。注意は引けたようだ。
町から離れるよう、横に逸れる。
三人が逃げ切れる時間を稼ぎ、どこかに身を隠す。
それが俺の計画だった。
走って、走って、走って……洞窟が見える。たまに雨宿りで使っていた、この巨体では入れない小ささの洞窟だ。
後少し、もう少しで逃げ込める。最後の力を振り絞り、ただ走った。
距離は保てている。これならば無事逃げ切れる。
――助かった。
安心しきっていたのだが、前になにかが降って来る。その衝撃と砂埃に、顔を手で覆った。
い、一体何が? 恐る恐る目を細めて見る。……そして絶望した。
目の前にいたのは二体目のブレードリザード。
足を止めた間に、後方のも追いついている。洞窟に行きたいが、前も塞がれている。
俺は、完全に追い詰められていた。
「ふぅー……」
大きく息を吐く。
前方にいる敵の一撃を避け、洞窟に逃げ込む。
それ以外に方法は無い。覚悟を決めろ。
刺激をしないように、少しずつ足を進める。ブレードリザードは舌なめずりし、ニタリと笑っていた。
動くな、と祈りつつ進む。
しかし、動かない理由がない。
前方のブレードリザードが勢いよく腕を振った。
――前に出ろ!
自分に言い聞かせ、恐怖を押し殺して飛び込む。
……運が良かった、としか言えない。
背筋に冷たいものを感じながらもギリギリで腕を避け、そのまま走る。
洞窟は目の前。助かった。後は助けを待てばいい。
ドンッと強い衝撃を横から受けた。
視界が目まぐるしく変わり、そして止まる。曇り空が広がっていた。
全身が痛い。地面に寝ている。攻撃された。腕は避けた。なら、なにに?
ボンヤリとしたまま見ると、ブンブン音を立てながら動く尻尾が目に入る。
そうか、あれでやられたのかと納得した。
立てない。だが腕に力を入れ、立とうとした。
地面に血が落ちる。痛む箇所に触れると手が真っ赤に染まった。頭から血が流れているらしい。
だが、歯を食いしばる。
「死ねない、絶対に」
だってそうだろ? 俺が死んだら、きっと悲しむ。
「――妹を泣かせたら、兄貴失格だろうが!」
叫びながら立つ。もう一歩も動けずとも、俺は立ち上がった。
洞窟は近いがとても遠い。しかし、あそこに辿り着けば助かる。這ってでも進まなければならない。
絶体絶命の中、声が聞こえた。
「に、にいちゃ!?」
いないはずの、聞こえてはいけない声が耳に入った。
目を向け、歯軋りをする。
憤怒の表情でルーが走っていた。
気付いたブレードリザードの一体が、新たな目標へ体を向ける。
「に、逃げ――」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
叫び声を上げたルーが、ブレードリザードの攻撃を避け、体を
うん、なにを言っているか分からないと思う。大丈夫、俺にも分からない。
しかし、事実は事実だ。
ルーは恐るべき速度で動き、爪で引き裂き、殴り倒し、蹴り飛ばす。
獣人だ、身体能力も高かった。だが、さすがにここまでじゃない。
竜巻のように暴れるルーは、明らかに異常だった。
こんなことはあり得ない。だが、あり得ないことを可能にするものがある。
――ギフトだ。
もしかしたらルーはギフトが目覚めたのではないだろうか?
「グガアアアアアアアアアアアアアア!」
向かって来る鋭い尾を避け、体を掴んで放り投げる。
マイエンジェルは、小っちゃい怪物となっていた。
「にいちゃになにしたあああアアアアアア!」
ルーはブレードリザードの頭を地面に叩きつけ、潰す。ビクリと跳ね、そのまま動かなくなった。
圧倒的だ。だが、もちろん無傷では済まない。
直撃こそしていないが完全に避けているわけではなく、ルーの体も傷つき血が流れていた。
「痛くなああああああアアアイ!」
しかし、その傷が塞がっていく。
身体強化、自己再生。一体いくつの能力が発動しているのか、もしかしてそれも全て一つのギフトなのか。その異常な強さに身震いする。
ルーは怯んだもう一体のブレードリザードを睨みつけ、その体へ飛び込む。
そしてその腹を、両手で力任せに引き裂いた。
血の雨が降り、ルーの体が真っ赤に染まる。地面にも血の池が出来上がっていた。
……二体のブレードリザードは死んだ。長く感じたが、恐らくはほとんど時間は経っていないだろう。
狂気に満ちた目をしているルーが、息を荒くしながらも俺へ駆け寄って来る。
「に、にいチャ! 大丈夫!?」
俺は真っ赤に染まったルーの体を見て逡巡――せずに抱きしめた。
少し強くなったとはいえ、最愛の妹を怖いなどとは思わない。だが、ルーも死んでいたかもしれないという事実が怖くて、震えが止まらなかった。
「なにやってんだ! 逃げろって言っただろ! ありがとう、助けてくれて! 大馬鹿野郎! 怪我は無いか!」
説教をしたいのか、礼を言いたいのか、心配しているのか。俺はもう訳が分からない状態で、その全てを口にする。
ルーは目に涙を溜め、泣き出した。
「ご、ごめんなさいいいいいいいいい! うああああああああああああああん!」
俺の混乱は一瞬で収まった。
「あ、ごめんね? にいちゃが悪かった。うん、ルーは悪くない。心配して、助けに来てくれたんだもんな。怒ってごめんよ? でもほら、大丈夫! ルーのお陰で元気一杯! ありがとう!」
「おごっでないぃ?」
「怒ってない怒ってない! いやぁ二人とも無事で良かった! よし、帰ろう。ルーの治療をしてもらって、色々報告しないとな!」
「にいちゃの治療がざぎにゃのおおおおおおおおおお、あああああああああああああああん!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。帰ったら治療を受けるから泣かないでください。あ、ブレードリザードの遺体はマジックバックに入れようね。うん、これ本当便利。よし帰ろう、さぁ帰ろう」
とてつもなく体が痛い中、ルーを抱き上げる。
歩くたびに激痛が走ったが、妹を泣かせておいて文句が言えるはずもない。
俺は、無事に逃げ延びた小さな兄妹が呼んでくれた助けと合流するまで頑張り、そのまま気絶した。
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