第2話
「にいちゃ起きて! 朝だよ!」
「……おやすみ?」
「おーきーてー!」
上に乗ったマイエンジェルに頭を揺すられ、瞼を擦りながらも起きる。
そうか、もう朝か。なにか昨日は頭が痛くなるようなことがあった気がする。しかし、それもきっと夢だ。今も夢の中にいる。だってそうだろ? 目の前に天使がいるんだから。
「ギルド作りいこ!」
マイエンジェルが屈託のない笑顔で言う。
どうやら夢はまだ終わっていないらしい。
……というか、夢じゃなかった。
すぐにでも家を出たさそうなルーは、もう準備を終えている。
俺も着替えを済ませば背中を押され、足早に部屋を出た。
食卓の椅子に座ると、隣にルーも座る。
「はい、あーん!」
「あーん」
一応言っておくが、普段はこんなことをしない。ただ今日は早く食べてほしいのだろう。ルーは献身的に俺へ食事を与えた。
親鳥に餌を与えられる小鳥のように、次々と咀嚼していく。妹に食べさせてもらう世界で一番うまい食事だ。
前に座る父親は少し羨ましそうな目をし、食器を洗っている母はニヤニヤしていた。
朝食も終わり、コーヒーでも一杯……なんてことは許されない。
手を引かれ、無理矢理立たされる。
「じゃあいってきます!」
「いってきまーす」
「はい、いってらっしゃい」
「心配だしお父さんも――」
「あなたは仕事があるでしょ」
「はい! ごめんなさい!」
うちの家系は女が強く、男が弱いよね……。
いつも通りに叱られている父を後目に、俺はこうならないぞと思いながら家を後にした。
今、俺たちはテガリの町を目指している。ちなみにルーは手を引きながら、猛烈な速さで走っていた。
獣人という種族は身体能力が高い。特にルーは子供なのに大人顔負けですごかった。
「早く! 早く!」
「も、もう少しゆっくり行こう。にいちゃ、ご飯食べたばっかりだから。ね?」
ちょっと横っ腹が痛いので、懇願するように頼む。
それがルーにも分かったのだろう。一度目を伏せ、悲しそうに視線を上げた。
「うぅー……無理?」
「全然大丈夫だ。よし行こう。光よりも速く」
こんな可愛い顔で妹に頼まれ、断れる兄はいない。断言しよう、絶対にいない。
俺は気合を入れ直し、痛みに耐えながら走る速度を上げた。
三十分ほどでテガリの町へ辿り着く。普段の半分の時間。倍速だよ、倍速。ちょっと頑張り過ぎちゃったよ。
だがまぁ普段から山を駆けて薬草採取をしている。体力はそれなりにあるので、倒れるほどに消耗はしていなかった。
「ギルドってどこで作るの!?」
「そう、だな……はぁ……はぁ……、ギルド協会、ってのが、あるん、だ」
しかし、息は上がっている。なのにルーは乱れてすらいない。いい汗掻いたとばかりに、薄っすらと汗を滲ませているだけだ。
だが兄には意地というものがある。二、三度深呼吸をし、背筋を伸ばす。
「こっちだ。あ、町の中で走ったら危ない。歩いて行くんだぞ?」
「はーい!」
これ以上走らないで済む言い訳をし、ギルド協会へ向けて足を進ませた。
二階建ての広い建物。それがギルド協会の建物だ。
ここはあらゆるギルドの統括をしているお役所で、それとは別に冒険者用の冒険者協会。商人用の商人協会などもある。
国営であったり、各国連動の大きなギルドを協会と呼ぶ、って感じだ。
……待てよ?
ここで一つのことを思いつく。
最強というのは、別に戦うことに限られない。
つまり、冒険者としてのギルドにする必要はない、ということじゃないか。
この場に至って閃く自分を誉めていると、ルーが袖を引く。
「にいちゃ、にいちゃ」
「んー?」
「ルーは冒険者になるよ!」
ルーはまん丸な宝石のような目で、見透かしたかのように言う。
少しだけ笑い、頭に手を乗せた。
「もちろんだ。分かってるよ」
うぉあー! と心の中で嘆きながらも、平然と俺は答える。
兄とは格好をつけなければならないのだ。
最早ギルドを作ることは諦めるしかない。だが世界最強を目指せるかは別問題だ。
まずはギルドを作って活動をし、ルーが本気でやりたいようなら全力で取り組む。これしかない。叶えてやる努力は兄の義務だ。だが時間をかけることで気が変われば嬉しい。
そんな打算がありつつも、常備されている紙を手に取り、必要事項を書き込む。これをカウンターへ持って行き、お金を払えば終わりだ。
しかし、一つの欄で手を止める。ギルドマスターを書く場所だ。
「ルー。ここに名前を書いてくれるかい?」
「うん! ……うん? ルーはこっちだね!」
ルーはギルドマスターのところをスルーし、メンバーのところに名前を記載する。ついでにギルドの作成理由に『せかいさいきょう!』と書いていた。可愛い。
しかし……ハッハッハッ、こいつは困った。これじゃあギルドマスター不在なので、ギルド作成ができないじゃないか。
可愛い妹の額を指でちょんっと突く。
「もう、おっちょこちょいさんだな。ルーのギルドなんだから、ギルドマスターにはルーの名前を書かないと駄目だろ?」
「え? にいちゃとルーのギルドだよ? マスターって偉い人でしょ? なら、にいちゃがピッタリだね! ルーはにいちゃを信じてるし!」
キラキラとした目で言われる。
俺はペンを強く握った。
「よぉし任せておけ。にいちゃがギルドマスターになっちゃうぞ!」
「わーい!」
ま、二人だけのギルドだ。
などと思い、軽く名前を書く。
その後、カウンターで書類を提出し、金を払う。
ちなみにギルド名はルーが《フェンリル》と決めた。意味は分からない。だが強そうだからいいだろう。
こうして滞りなく処理を終え、後に世界最強と言われるギルド《フェンリル》が、妹のお願いで結成された。
全ての手続きが終わり、ギルド協会を出る。すぐにルーが顔を寄せてきた。
「これからどうするの!?」
鼻息荒く、ルーが聞いてくる。
冒険者として活動をしたい。そう言っていたが、実はそうしなければならないわけではない。
ギルドというのは自由だ。ある程度の形が定まったら、冒険者としての活動をメインにする。気付けばあのギルドは冒険者ギルドなんだな、と認識される。そういったケースのほうが多い。
つまり俺たちも討伐などを主に受けなければならない。
だが明日とは言わないが数日で飽きる可能性もあるため、ここは大人の力を借りることにした。
「ココのところに行ってクエストを受けよう」
「クエスト!? 受ける受ける!」
冒険者協会に行けば、冒険者用のクエストもある。主に討伐や護衛が多い、と聞いた。
しかし、ココの依頼を受けてもクエストはクエストだ。
なに、きっとうまくやってくれる。そう信じ、足を進ませた。
扉を開けばカランカランと音が鳴る。
「今日は休みたい気分だからやってないぞ」
「なんだそれ。俺たちだよ、ココ」
「ん? おぉ、いらっしゃい。ゆっくりしていってくれ」
不機嫌そうな顔をしていたのに、俺たちを見て機嫌良さそうになる。
――正確にはルーを見て、だが。
顔は怖いが優しいおっさんなのである。
さて、どう話すか。
少し考えていたのだが、ルーはズンズンとカウンターへ進み、手をバシッと叩きつけた。
「ギルド《フェンリル》がクエストを受けにきたー!」
「……な、なんだってー!? お前たちギルドを作ったのか! しかもうちの店でクエストを!?」
「そうだー!」
腰に手を当て、胸を張るルー。ココもノリノリで、さも驚いたような演技をしてくれていた。
しかし、その顔が悪い笑みに変わる。
「だがお前たち新人に、うちの店が出すクエストをクリアできるかな?」
「できるもん! 大丈夫だもん!」
「ほほう、ならまずは腕試しだ。薬草採取をしてきてもらおう! ……おぉっと、薬草採取だからって侮るなよ? 新人の登竜門といえば薬草採取。お前たち新人には難しいかもしれんな」
挑発するように言うココに対し、ルーは眉根を寄せ頬を膨らませる。
「むむぅー! 大丈夫! 任せておけー!」
「よーし、よくいった! なら任せてやろう! 気を付けて、暗くなる前には帰って来るんだぞー」
「おー!」
クエスト受諾である。
しかし、ココは楽しそうな顔で俺に手招きした。
近付けば、耳元で話し始める。
「まぁ当分はうちで適当にクエストを見繕うから安心しろ」
「すまん、助かる」
「気にすんな」
さすがココ。話が分かる男だ。
これで一安心。
俺はルーと一緒に、いつも通りの薬草採取クエストへ出発した。
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