妹に頼まれたので世界最強のギルドを作ることにしました ~最強ギルドの最弱マスター~
黒井へいほ
後の最強ギルドは妹の頼みで結成された
第1話
世界最強のギルド《フェンリル》。
それは五年前に辺境の町で生まれ、瞬く間に名を広めたギルドだ。
王都の中でもなお目立つ青い建物。
その五階にある自室から往来を眺める。
「……」
妹の頼みとはいえ、本気で成し遂げられるとは思っていなかった。
しかし、現実となっている。
今や最強のギルドとなり、大したことがない俺がギルドマスターをやっているのだから、まるで冗談のような話だ。本当に人生なにがあるか分からない。
頬を掻きつつ、本棚に並べられている一冊の本を手に取る。
俺は椅子へ座り、五年間のことを綴った日記帳を開いた。
◇
俺の名前はエスパルダ。名も無き辺境の村で薬草採取を生業としている十五歳の男だ。
特徴の無い黒髪。少し垂れた目。平均的な身長に体つき。
顔も体型も能力も中の中。目立たないことが取り柄といった感じだ。
今日も普段通りに薬草採取を行っていたのだが……マイエンジェルとハグレてしまった。
しかし、慌てたりはしない。これはよくあることだ。
首から下げている犬笛を取り出し、息を吹き込む。若干耳に痛みを覚える甲高い音が、辺りに鳴り響いた。
少し待てば、ガサガサと音が聞こえる。
目を向けると、草の中から一人の少女が姿を見せた。
「にいちゃいたー」
にぱぁと少女が笑う。あまりの可愛さに卒倒しかけた。超絶可愛い。
青いボサボサっとした腰まで届く髪。頭の上にはピョコンと犬に似た耳が二つ。お尻の辺りにはふさふさとした尻尾。十歳にしては少し小柄なところも雰囲気に合っている。
彼女の名前はルー。犬族の獣人にして、俺の妹で、マイエンジェルだ。
どこを走り回ったのか、髪や服に葉や枝がついている。
苦笑いしつつも、それを優しくとってやりながら注意をした。
「離れすぎたら駄目だろ?」
「……ごめんなさい」
シュンッとルーが小さくなった。
子供が色々なことに興味を持つのは不思議なことじゃない。厳しく注意をし過ぎた気がする。……というか、顔を伏せられると俺が悲しくて耐えられないので抱きしめた。
「ごめんよルー! 目を離したにいちゃも悪かった!」
俺はルーに甘い。しかし、それはしょうがない。誰だってそうなるし、俺だってそうなる。兄とは妹に対し、無条件に甘い。当然のことだ。
ルーは顔を上げ、ニッコリと笑う。
「二人ともはんせー」
「反省する! 山より高く海より深く反省する!」
こんな感じに二人で反省し、薬草の入った籠を腰に着けた
お互いの身も軽くなり、町へ移動することにした。
うちは田舎の村だが、一時間も歩けばテガリという名の町がある。
テガリの町はそれなりに大きい町で、薬草を買い取ってくれる馴染みの店があった。
「おじゃましまーす」
カランカランと音を立て扉が開く。
すぐに強面スキンヘッド筋肉隆々の男が姿を見せた。
「おう、ご苦労さん」
彼の名はココ=ドゥリロ。見た目は危ない人だが可愛い名前をしており、職業は薬師というギャップのありすぎる男だ。ちなみに身長は190cm以上ある。
だが毎日のように会っているため動じることもなく、トテトテとルーが駆け寄る。
「ココー! たくさん集めたよー!」
「そうかそうか、ありがとなぁ。じゃ、カウンターに置いてくれ」
言われた通りにカウンターへ、魔法の鞄から出した大きな籠を二つ置く。それから小さな籠も二つ置いた。
「こっちが普通の薬草。これが良品質な薬草。で、いまいちな薬草」
「うん、いつも通りだな。調べるからちょっと待ってくれ」
「頑張ったよー」
「偉いなぁ、ルー!」
ココは顔をぐしゃぐしゃにして笑い、ルーの頭を撫でる。ルーも嬉しそうに尻尾をブンブン振っていた。
検品が終わるの待つため、壁際の椅子に腰かける。隣にちょこんとルーも腰かけた。
俺は人間、ルーは獣人。兄妹のような関係だが、血の繋がりは無い。まぁ些細なことだ。
ルーは俺が五歳のときに見つけた捨て子。
親を探したが見つからず、妹として育てている。
最初、ルーを連れ帰った俺に対し、両親は反対……しなかった。普通は育てるなんて即断即決しないと思うのだが、躊躇わず言ってのけたのを覚えている。
「この子可愛いわね!? うちの子にしましょう!」
「母さん、まずは両親を探してあげよう?」
「なにか事情があったのよ! だからうちで育てましょう! それともあなたは文句があるの!?」
「よぉし! これからお前はうちの子だ! 一応探すけどね!」
こんな感じでルーはうちの子になった。ちなみに俺も反対していない。
小さな手で俺の指を掴んで笑ったのを見た瞬間、絶対に守ってやろうと思ったからだ。
まぁそんなこんなで、ルーは順調に育った。今では一緒に薬草採取ができるのだから時が経つのは早いものだ。
もっと大きくなれよぉ、と頭を撫でる。ルーは不思議そうな顔をした後、にっぱりと笑った。
ココに呼ばれ、カウンターへ。
「普通が170個。良が5個。悪が27個。計19770ラピだな」
普通は100ラピ。
良は500ラピ。
悪が10ラピ。
いつもと変わらぬ金額をココが提示する。
薬草ってのは雑草との見分けも難しく、その仕事が尽きることはない。
買い取った薬師はポーションなどに変え、数倍の儲けを出す。よって、この金額は妥当だった。
「じゃ、それで」
左手を広げて出すと、ココが苦笑いを浮かべた。
「もうちょっと相手を疑え。オレが騙してたらどうすんだ?」
「え、困る」
「困るだけかよ」
俺の言葉に、ココが肩を竦めた。
騙すような人じゃないと分かっているし、心配してくれていることも分かる。だがルーには難しかったらしく、泣きそうな顔をしていた。
「コ、ココはルーたちを騙すの……?」
「騙さん! 絶対に騙さん! よぉしオレが悪かった! 20000ラピで買い取るから許してくれ!」
慌てて金額まで釣り上げる辺り、ココもルーに甘い。
その様子を見て、ルーが安心した顔を見せた。
「お金増やさないでいいよ。ココがいい人でよかったぁ」
俺とココは同時に自分の胸を押さえる。
ルーはこの世に顕現した天使だと再確認するのに十分だった。
銀板に手の平を押し付け、人差し指の指輪が少しだけ光る。これでお金の受け渡しは完了だ。
お金のやり取りは基本的には指輪を通し、魔法の鞄に送られる。もちろん出すこともできるが、わざわざ嵩張る物を持ち歩く理由は無い。
「よし、帰るか。ありがとな、ココ」
「おう、気を付けて帰れよ」
「またな、ココー」
「ルーも気を付けてな。……ん!? 少し大きくなったんじゃないか!? こりゃすぐに背も胸も尻もデカくなるな!」
ガッハッハッとココが笑う。
ルーも嬉しそうにしていたが、俺は真顔でココに近づいた。
「背はともかく、胸と尻は良くないよな? 女の子だぞ?」
「ちょっとした冗だ――」
「良くないよな? 良くないよ? 良くない」
「わ、悪かった! 勘弁してくれ! この過保護兄貴が……」
もしこれ以上成長しなかったとき、ショックを受けるのはルーだ。全くこれだからデリカシーの無いおっさんは……。
ココに呆れながら、ルーがへこんでいないか見る。
自分の胸に触れ、「ぼいーんぼいーん」と言いながら笑っていた。
少々下品な仕草はココの影響に違いないと、再度睨みつける。
「さーて仕事仕事!」
彼は禿頭を撫で、逃げるように店の奥へ走って行く。本当に困ったやつだ。
今日の仕事も終わり、手を繋ぎながら帰路へつく。
空は茜色に染まっているが、暗くなる前に帰れるだろう。
帰宅し、汗を流し、飯を食って、寝る。幸せな一日も終わりが近い。
まだ小さな手の温かさを感じていると、ルーが声をかけて来た。
「ねぇねぇにいちゃ」
「どうしたルー? 疲れたのか? おぶってやるぞ?」
まだ十歳だ。週に三日は学校に通っているし、無い日は仕事をしている。疲れていてもしょうがない。
顔を覗き込んだが、ルーは首を横に振る。どうやら違うらしい。
「あのね、お願いがあるの」
「分かった! なんでも叶えてやるぞ!」
躊躇わず自分の胸を強く叩く。
ルーは滅多にお願いをしない。だからこういったことを言い出したときは、必ず叶えてやると決めていた。兄として当然のことだ。
俺の返事を聞いたルーがパッと笑う。
「本当!? あのねあのね、ルーはギルドを作りたいの!」
「よし作ろう、明日作ろう!」
ギルドというのは志を共にした集まりのことだ。
ちょっとした手続きをし、お金を払えば誰でも作れる。
メリットも特に無いが、デメリットも無い。そういったものが発生するのは、名前が売れて来たギルドにあるものだ。
なんとなく作ってみたくなった、という感じだろう。子供のころはよくあることで、俺も二度か三度、友人と作ったことがあった。もちろんすぐに飽きて無くなった。
しかし、ギルドか。懐かしく思いながらも、ふと一つのことを思い出す。
――ギルドには結成理由が必要だ。
冒険がしたい、同じ商売で手を組みたい、などが一般的。
子供ならば、俺たちは英雄になるんだ! みたいな物も多かった。
うちの可愛い可愛い妹はどうしてギルドを作りたいのかなぁ? と満面の笑みで聞いてみる。
「ルーはどんなギルドにしたいんだ? 薬草採取ギルドとかどうかな?」
「あー、それもいいねー。でもねでもね、もう考えてあるんだよ!」
「そうかそうか」
頭を撫でつつも、このお願いを叶えてやろうと胸に強く誓う。
ルーの喜ぶ顔こそが、俺の人生の全てだからだ。
「んふふー、にいちゃに分かるかな?」
おっと、答えを当てなければならないらしい。ここは偉大な兄の推理力をみせてやろうと、眉間に指を当てた。
本を読むギルドかな? 虫を観察するギルド? 動物を捕まえる方法を考えるギルド?
……うぅん、ルーが選びそうなのは多く、想像がつかない。
教えてくれる? と笑いかける。ルーはにっぱりと笑い、予想の斜め上を飛びぬけて雲を貫き星を撃ち落とすような答えを口にした。
「世界最強のギルドを作りたいの! ルーね、世界で一番強くなりたい!」
無邪気な笑顔だ。しかし、十年以上の付き合いだからこそ分かる。決して冗談などではないようだ。
そして俺はほとんどないルーのお願いを、これまで必ず叶えてきた。裏切ることは絶対にできない。
だから、脳内では頭を抱えて叫び出していようとも、こう答えるのだ。
「よし、にいちゃに任せておけ! 世界最強のギルドを作ろう!」
俺の答えを聞き、ルーが嬉しそうに頷く。
「うん! にいちゃは絶対に約束守ってくれるもんね!」
マイエンジェルの笑顔に、血反吐を吐きそうだった。
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