第39話 ラマナス王の後妻選び

 それからの静は、表向きは語られているままだった。


 テロ後、瀕死の重傷を負った静は、ラマナスの誇る優秀な医師団の必死に治療で一命を取り留めた。その一年後にはリハビリも終え、国民の前に杖をつきながらも一応五体満足な姿を現した。ただ、美しかったその顔は、左半分が酷いケロイドと縫い傷の残る悲惨な状態になっていた。


 しかし実際には、その時の静にとって、もはや治療やリハビリなどと言う物は全く必要のない物だった。しかし、表向きは怪我の具合が酷い為に王宮内にて治療とリハビリを行うとして、一年間は国民の前から姿を消した。いや国民だけでなく王宮の人間ですら、静と会う事の出来たのは極々限られた人間だけだった。ちなみにこの時、王宮が静の姿をことさらに秘匿する為、静はかなり酷い状態なのだろうと噂され国民はみな落胆する程だった。


 実はこの一年、実際に行われていたのは静の治療とリハビリではなく、ラマナス王フレデリックの後妻の選定だった。復活した静と話し、新たな后を選び、静の代わりとなる後継者をもうける事を了承したフレデリックだったが、実際にはあまりに忍への愛情が深すぎて、色々な理由を付けて新たな后選びを先延ばしにしていた。そんなフレデリックの尻を静が叩き、消極的な父に代わり静が中心になって新たな后選びは進んだ。


 フレデリックが、新たな后を得るつもりだと言う情報が伝わると、適齢期の娘を持つラマナス各方面の有力者たちはこぞって、自らの娘を新たな后候補としてあの手この手で推して来た。静は、自身が選んだ信頼できる極々少数の人間だけを使い、その候補者たちを徹底的にリサーチした。


 この時、静がリサーチの為に組織した少数精鋭の情報収集チームが、今現在、マックスやクローディア達が所属するラマナス戦略情報局『Heaven’s Gate(天国の門)』の基になった。ちなみに現在この『Heaven’s Gate』の事務局は王宮内にはなく、エドワード島ダウンタウンの裏路地にあるバー『Heaven’s Gate』に偽装されて存在する。一般的にはこのバー『Heaven’s Gate』は静が率いるアウトローが入り浸り昼間から酒を飲んでいる怪しげな酒場と思われている。その為、一般人からは近付く事すら倦厭される程だった。もちろん、静自身がその様に仕向けたのは言うまでない。このバー『Heaven’s Gate』にはもう一つ、重要な意味がある。それは海底に眠るAHAS艦内へ通じる唯一の通路であるリニアエレベーターがその地下に繋がっていると言う事だった。



 静は極秘に集めた資料からそれまで正式に后候補に挙がっていた女性達の他に一人、有望な人物を見つけ出していた。それが後にラマナス王妃となる『マリア=ハインミュラー』だった。マリアはラマナスでも有名な商家にしてラマナス家親交があったハインミュラー家の次女だった。マリアは良い意味では控えめ、悪く言えば人見知りが激しい性格だった。その為、その時すでに世間的には『行き遅れ』と噂される年代である三十代の大台に乗ってしまっていた。ただ、その筋では昔からその美貌故にかなりの有名人であった為、非公式にはフレデリックの後妻候補に名前が挙がる事があった。


 静は、他の候補者が家の興隆を掛けて家を上げてあの手この手を使ってどん欲に売り込んでくる中、マリアはその性格もあって自身の名が挙がっている事を知りながら沈黙を守っていた。それはマリア自身だけでなくハインミュラー家としても同じであった。事実上の当主としてハインミュラー家の持つ事業経営を一手に引き受けていた長女の『ヒルデ=ハインミュラー』さえ、『うちのマリアがお后?あの子がそんな大役やれますか!』と一笑に付したほどだった。もちろんこれは引っ込み思案の妹を馬鹿にしている訳ではなく、妹の性格をきちんと知って妹の事を第一に考えての発言だったのは言うまでもない。


 ラマナス王家とは旧知の仲である家柄ながら、他の家々と違って自身の娘を売り込んでくることもなく自身の事業に専念するハインミュラー家に静は好印象を持った。それ以上に、実際には再婚に消極的でいまだ忍の死から完全には立ち直れていない父フレデリックの心を癒すにはマリアの様な女性が相応しいと考えたからだった。そして決定的だったのが、次に上げるこのエピソードを自身の情報収集チームが拾い上げてきた事だった。


 実はマリアとフレデリックは、まだフレデリックが学生時代に接点があった。たまたま家同士も知り合いでマリアの姉のヒルデがフィレデリックの大学時代の同期生だった事もあり、マリアはヒルデに連れられて何度か王宮を訪れていたのだ。そこでまだ幼かったマリアはフレデリックに何度か遊んでもらった事があった。どやらその時、マリアは自分でも気が付かぬうちにフレデリックに初恋をしたらしい。もっと実際には恋と言うにはあまりに幼過ぎる、どちらかと言うと『素敵な王子様』に憧れる少女の心だった。ただ、フレデリックが幾多の障害を乗り越え忍と結婚に至った時、国中が祝福ムードに沸く中、ひとりマリアは自室に籠って一日中泣いていたと言う。さらにはその翌日には、好きだった王子の結婚を心から祝えなかった自身に酷く落ち込んだとも言われる。もちろん、これはハインミュラー家の中でもごく一部の人間しか知らない事だったが、静の情報収集チームはそこまで調べ出していたのだ。


 ここのエピソードから、マリアが真に一人の男性として父フレデリックを愛していた、いや、そして静自身は今もまだ彼女は父を愛していると判断していた。そこでこれほど今の父フレデリックにふさわしい女性は居ないと静は結論付けた。


 静がそう判断を下すと、他の候補者を推す声を押さえて、有無を言わさずマリアを王妃とする方針が決定された。そして、すぐにその事がハインミュラー家に伝えられた。


 しかし、マリアはその申し出を断ったのだ。


 何人も使者が足しげく説得にハインミュラー家を訪れた。最終的にマリア以外の名目上の当主であるハインミュラー夫妻、さらには事実上の当主であったヒルデまでも王家側の熱意にほだされ了解してもなお、マリアはその首を縦には振らなかったのだ。


 そして、しびれを切らした静はついにマリアを王宮に呼び出した。本来なら静自身がハインミュラー邸を訪れるべきなのだが、その時、まだ表向き、静は人前に出られぬ状態でリハビリ中と言う事になっていた為にしかたなくマリアを王宮に呼び出す事になった。

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