第34話 語られる狂犬王女の真実

「……と軍特殊部隊の手で救出されたカタリナ姫様は、

 気丈夫にも事件直後でありながら私どもインタビューに答えてくださいました」


 その深夜から翌日にかけてのTVNEWSでは一様に、自身が狙われた事件直後にもかかわらず落ち着いた様子でインタビューに答えるカタリナの姿が繰り返し流されていた。そしてどの番組も、あの様な恐ろしい目にあいながら、まだ17歳の高校生である姫君が毅然とした態度でインタビューに答えるその勇気を称えていた。


「尚、姉上であられる静様もその場にいらっしゃった様ですが、

 こちらは、噂のあの男性と共に私どもの前からそそくさと逃走されました」


 と必ずその後にどの番組も静とマックスがこそこそ逃げる様子を捉えた映像をバックにそう加えていたのがご愛敬だった。まあ、これも静を非難すると言うより、『またか』と言うどことなく呆れた感じと対比でカタリナを持ち上げる効果を狙っての報道だった。



「今回も最も功労あるあなたに、

 ああ言う汚れ役をさせてごめんなさいね、静さん」


 カタリナの実の母でラマナス王妃であるマリアがそう言って苦笑した。


「いえ、義母様、これは私が選んだ道ですからお気になさらず」


 静はそう言って微笑みむと軽く頭を下げた。


 カタリナはこんな二人を見るのは初めてだった。


 カタリナが今まで見て来た二人は、マリアが自分の様に面と向かって静を非難する事はなかったが、それでも誰の目から見ても水と油のまったく合わない二人にしか見えなかった。静は、マリアを目の前にすれば、例え第三者の目があってもマリアの事を『父であるラマナス王を寝取った売女』といつも口汚く罵っていた。マリアもマリアでさすがに口には出さなかったが、あからさまに静の事を疎ましく思い、なるべく傍に近寄らない様にしていたのが誰の目にも良く分かった。


 それが今の二人はどうだろ。


 マリアは、静が義理の娘である事と先王妃の忘れ形見である事を十分におもんり、遠慮と労い、そして義理ながら母である愛情すら感じさせる、傍から見ても温かみが伝わる話し方と表情をしている。一方、静の方も義理の母であるマリアに適度な遠慮を見せ、きちんと丁寧に敬語を使いながらも、それがよそよそしさは微塵も感じられず、逆に親密さが伝わって来た。義理の母娘としてはこれ以上の良い関係はないだろうと感じさせるに十分だった。



 あの後、王宮に帰ったカタリナは父であり現ラマナス王であるフレデリックから自室に呼び出されていた。そして、そこには当然ながら母であり王妃であるマリア、一歩先に帰っていた静が居た。そして、四人はカタリナの部屋にあったのと同じ3DTVでNEWS番組を用意された焼き菓子と飲み物を楽しみながら見ていた。その光景はまるで極々普通の家庭での夕食後の団欒となんら変わりのない風景だった。


「私一人だけが今まで本当の事を知らなかったなんて、

 なんだか恥ずかしいやら悔しいやら複雑な心境です」


 今まで見た事もなかった静とマリアの様子を見て、可愛らしく少しその頬を膨らませてカタリナが言った。


「元々、静とマリアは仲がすごく良かったんだよ。

 それでも先ほど話した事情でそれでは対外的に少々不都合でね。

 まあ、それも国民の次期女王としての支持が、

 お前に自然と向かう様にする為なんだから文句を言うな」


 そんなカタリナを見てフレデリックはそう言って笑った。その姿は世界を陰から操る国の王と言うよりは、子煩悩な父親その物だった。


「事情は分かりましたが、

 私としてはそれでも静姉さんに次期女王をやって欲しいわ。

 今回の事件で、私は姉さんの本当の力を目の当たりにしましたし、

 それ以上に姉さんのあんな状況下でも沈着冷静いられる精神は、

 これだけ世界に影響力のある国を治める為に一番必要な資質だと

 私は思います」


 それに引き換え、カタリナだけは政治論争をするかの様な真面目な顔つきで言った。


「今まであんなだったお前にそう言ってもらえると私も嬉しいがな」


 そんなカタリナを見て静は笑いながらそう言ってから、真面目な、そして少し悲し気な表情を浮かべて続けた。


「私はもう人間じゃない。

 子孫を作る事も出来ない。

 いや、その前に生きているのかさえ分からない。

 『静=ラマナス』と言う死人の記憶を持った機械かも知れんのだ。

 そんな化け物がこれだけの力を持つ国の長になる訳にはゆくまい。

 私は人であるお父様やお前の支配下で居るのが一番正しい方法なのだよ」


「違う!

 例えその様なお体になられても姉さんは人間です!

 ちゃんと心を持った人間で間違いありません!」


 静の言葉に、カタリナは我が事の様に異議を叫んだ。




 そう、この少し前、静自らの口から自身の秘密の全てがカタリナに語られていた。


 それは、ラマナス国民、いや全世界の人々がその記憶から決して消す事の出来ない、今はもう二十年近く前に起こった忌まわしきあの『九月の惨劇』直後から始まった。


 あのテロで、静の母である『忍=ラマナス』王妃は即死、しかも遺体がほとんど残らぬほど惨状だった。そして静は重傷ながらかろうじて一命は取り留めていたと世間的には発表されていた。そして、一時は安楽死を検討されるほどの惨状だったのが、世界最高水準のラマナス医療チームが必死の治療と修復整形、一部は義体化によって何とか五体満足の姿に戻る事が出来たとされた。


 しかし、テロ直後の静は伝えられているより遥かに悲惨な状況だった。


 母である忍がその身を挺して守った為に頭部、と言うより脳はかろうじて原形を留めていたがその全身はもはや人の姿をしていなかった。はっきり言えば『肉塊』と言う方が近い感じですらあった。特殊な培養液を満たしたカプセルの中に浮かぶその姿を見た時、大の大人でしかも一国の王である父『フレデリック=ラマナス』は、そのあまりに悲惨な姿に気を失った程だった。


「姫様の為にも、ここは涙を呑んでこのまま『安楽死』を……』


 と涙ながらに進言した医師の言葉に、仮に生き延びても『人としての生涯』はもはや望めない娘の将来を想いフレデリックもそれに同意した。


 担当医療スタッフ全員が意思統一を計り、静を少しでも苦しまず母の許へ送り届ける少しでも良い方法を議論して方法が決定された。そして、ラマナス王にして父親であるフレデリック立ち合いの許、その方法にのっとり静にその処置が施されようとしていたその時だった。


「お待ちください、陛下」


 突然、静の体を収めたカプセルがある特別室処置室に一人の男が入って来た。

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