第33話 戦乙女は再び狂犬王女へ

「姉さん!」


「静様!」


「姐御!」


 三人はそれぞれそう叫んで、目の前に降り立った静に駆け寄った。


 その中でもカタリナは真っ先に静に駆け寄り、その胸に飛び込む様にして抱きついた。


「良かった……姉さん。

 無事で本当に良かった……」


 カタリナはそう言って静の少し冷たく、そして固いその胸で泣きじゃくっていた。カタリナ自身、自分がなぜこんなに子供の様に泣きじゃくるのか分からなかった。


 そのカタリナを見下ろす静の顔を覆っていたファイスガードがすぅっとヘッドセットへと収納されて素顔が現れた。


 ちなみに何度もこう言う表現をしているがそれは第三者から見てそう見えるだけで、正確に言うなら、フェイスガードがそこに存在していた訳ではない。ファイスガードその物が静のその時点での顔なのだ。フェイスガード収納する様に見せているだけで、実際は素体であるこの鬼の鼻や口のないのっぺりした顔から自身の顔に変化させてるだけなのだ。もし第三者にこの変化が見られた場合でも、これが強化スーツの一種である様に錯覚さる為に、静はこの様な変形をあえて演じていた。



「何泣いてるんだ、お前は。

 いつもの様に私を口汚く罵ったらどうだ?」


 その声に見上げたカタリナの目に見慣れた顔半分に火傷のケロイドと縫い傷の残る顔が見えた。言葉はいつもの彼女らしい棘を持った物だったが、言葉とは裏腹にそこには優しい微笑みを湛えた顔があった。


 その時の姉の顔は、例えその半分にケロイドと縫い傷が刻み付けられていようと、とても美しいとカタリナは心から思った。もともとあのテロでこうなる前の姉はとても美しい少女だったとカタリナは聞いていた。実際、残されている画像や動画で見るテロに会う前の姉は本当に美しかった。やや黄色がかった温かみのある肌色。艶やかな漆黒の髪と瞳。すらりと伸びたモデルばりの長身。色々わだかまりがあったにも関わらずカタリナはテロに会う前の静を凛と咲く『黒百合』の様だと思ったものだ。しかし、今の静は二度と消す事の出来ない酷い刻印をその顔に刻まれていても、その刻印も含めて神々しいばかりに美しいとカタリナは感じていた。それは思わずその醜いケロイドに口づけをしたいくらいだった。


「もう、姉さんの意地悪……分かってるくせに。

 今の私には以前の様に姉さんを口汚く罵る事なんて出来ない。

 いえ、もし出来るなら昨日までのそんな私をぶん殴ってやりたいくらい」


「それはまた極端な事だな」


 そう言ってカタリナは静を見上げて笑うと静はそう一言言って笑った。


 しばし、カタリナは静とまるで仲が良い姉妹の様に抱擁し合ったままで二言三言言葉を交わした。


「待って、姉さん!

 今の姉さんってさっきみたいに姿を自由に変えられるのよね」


 しかし、突然、何かに気が付いた様にカタリナが声を上げた。


「まあ、そうだが……」


「じゃあ、無理にそんな顔にしなくたって、

 昔の様に美しい顔で居れば良かったじゃない。

 凄腕の外科医に整形してもらったとでも言えば、

 ほとんどの人が納得したでしょうに……」


 きょとんとした表情で聞き返した静にカタリナがそう尋ねた。


「その辺りの事も含めて、王宮に帰ったから、

 父上やお前の母上も一緒にお前にゆっくり話そう。

 積もる話もたくさんある」


 静はそう言ってまた優しい笑みを浮かべた。その時、カタリナは父であるラマナス王と義理に母でありカタリナの実母でもある王妃を静が『父上』『母上』と呼んだのを初めて聞いた気がした。普段は『糞親父』『売女』と口汚い言葉でしか呼んでいなかったのだ。やはり、少なくとも自分や第三者の目のある所では口汚く罵る様にしていたのも、何かの意図があって静はそう演じていたのだろうとカタリナは思った。


「さて、マスコミ連中がそろそろ駆けつけてる頃だな。

 私もいつもの姿に戻っておくか。

 カタリナ、お前はクローディアと口裏をきちんと合わせておけよ。

 私はいつもの様にマスコミにわざと見つかる様にして、

 マックスと二人で逃走するからな」


 静が胸に居たカタリナをそっと離しながらそう言った。


「はい、わかりました、静姉様」


 静の胸を離れたカタリナは静の目をしっかり見てそう答えた。そして、静から数歩後ろへ離れた。


 すると静は目を閉じて何かをじっと念ずる様な表情になった。すると全身に刻まれていた淡く青白い光を放っていた全身を走る幾何学模様の刺青がまたその色を赤色に変え染め輝きを増した。同時に、鬼の姿のシルエットがぐにゃりと歪む様に見えた。やがて、刺青の赤い光が収まり、そしてシルエットの歪みが再び元に戻って行く。


 ゆっくりと目を開いた静の姿は、すでに鬼の姿ではなく、夕刻、王宮で無理やりカタリナの車に乗り込んで来た黒いドレスを着たあの姿に戻ってた。もちろん、カタリナの目の前で惨殺された時の血痕など微塵も残っていなかった。



 その後、静とカタリナはマックス、クローディアと共に一階ロビーへと向かった。あの巨大なラウンジエレベーターは使わず、ホテル支配人の手配でスイートルーム専用エレベーターを使ってだ。これはもちろん、すでにホテル玄関やロビーに集まって来ているマスコミの目から逃れる為である。


 スイートルーム専用エレベーターを出た四人は、そのまま従業員通路と通ってリムジンを待たせてある地下駐車場へ向かおうとした。


「カタリナ姫君! ご無事でしたか!

 是非一言コメントを!」


 エレベータを出てそっとそのまま従業員通路への通路のドアをクローディアが開けたその時だった。マイクを片手に持った女性リポーターを先頭に数人のTVクルーがカタリナ達の姿を目ざとく見つけて駆け寄って来た。その声を聞きつけた他のTVクルー達もわらわらと彼らの後から集まって来た。


 それでもTVクルー達を遮りカタリナを従業員通路へとクローディアが逃がそうとするのをカタリナ自身が遮った。


「クローディア、大丈夫です。

 皆さん、ご苦労様です。私は御覧の様に無事です。

 私どもを救出していただいた軍特殊部隊の方々に深く感謝の意を表します」


 そう言って頭を下げた後、カタリナはTVクルー達を見て言った。


「数分でよろしければなら皆さんのインタビューにお答えしましょう」


「姫様、ここは一刻も早く王宮の陛下にご報告を……」


「いえ、良いのですクローディア」


 それでも何とかその場を切り抜けようとするクローディアにカタリナはきっぱりと言った。


 その脇をまるで自分たちが犯人の一味の様に身をかがめて静とマックスがすり抜けて従業員通路に消えて行く。


「あっ! 静様が!

 しかも噂のあの方と一緒に!」


 それを目ざとく見つけたTVの一部がその後を追おうしたのをカタリナが遮って言った。


「私が説明しますので、

 どうかかの人達には構わないでいただきたい」


 そう言ってカタリナがそう言って頭を下げるとTVクルー達も従わざるを得なかった。



 もちろん、これはすべて予定通りの事で、最初にカタリナを見つけたTVクルーにはわざとあの場所にカタリナが現れる事をリークしてあったのだ。

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