第27話 スーツケース核弾頭

「これだ……」


 のっぺりとした仮面の様なファイスガードからでは、鬼の姿になっている静の表情を読む事は出来ない。しかし、あの抑揚のない機械音声になってるとは言え、そこにある物がかなり厄介の物である事はその声の調子からカタリナにも分かった。



 カタリナは、静、それにマックスとクローディアと共にパーティー会場に戻っていた。すでに、軍の特殊部隊の連中がそこに入って来ていて、パーティーの参加者や特殊ゴム弾によって行動不能に陥っていたテロリストたち達は、そこから連れ出されていた。


 ダンスフロアー脇の楽団席、その指揮台の土台の部分がこじ開けられていた。それを鬼の姿をした静、マックス、それにクローディア、さらにはここに駆けつけて来た軍特殊部隊の指揮官が覗き込んでいた。その一歩後ろでカタリナが不安げな表情で彼らを見守っている。


 特殊部隊の指揮官が、鬼の姿の静を見ても平然としている所を見ると、少なくともこの鬼に関してはこのレベルの人間には公然の秘密なのだろうとカタリナは思った。


「マジこれが……」


「話には聞いていたが、実物を見るのは私も初めてだ」


「こんな骨とう品、どこから……」


 マックス、特殊部隊指揮官、クローディアがそれぞれ難しい顔をして独り言のように呟く。


「通称スーツケース核爆弾。

 東西冷戦時代にソ連軍が開発した物でソ連崩壊後に、

 そのいくつかが行方不明になって物だ。

 まさかこんな物が今になって、さらにはこのラマナスに現れるとはな」


 その最後に静がそう説明する。


「姐御、こんな物騒なもん、さっさと片付けちゃいましょうよ」


 マックスがこの場に似つかわしくない程、おちゃらけた感じで言った。


「まったく、あなたと言う人は……。

 骨とう品ですが一歩間違えばエドワード島一つ簡単に吹き飛びますよ。

 まあ、あなたの場合、それは演じてる性格とは分かってるんですけどね」


 クローディアがそんなマックスをじろりと睨んで諫める様に言う。ただ、最後の部分だけはあきらめ顔で少し笑ったていた。


「骨とう品だから余計に厄介だな。

 これは基本、私のデータベースにはない。

 後から制御系を素人仕事で色々足してる感じでこれがやっかいだ。

 現在構造を解析、対処法をスキャン中だが……」


 そう言いながら静はスーツケース核爆弾をじっと見つめていた。濃いバイザー越しに赤く光る瞳が輝きを増した。周りの者には見えなかったが、その時、バイザーに隠された静の瞳はその中にあるメカニカルな機構がせわしなく細かく動いていた。


 しばらくしてから静は特殊部隊の指揮官に静かに告げた。


「不測の事態に備えてただち島民に地下シェルターへの避難を勧告。

 ここは私がやる。

 お前たち軍、および警察は避難誘導に全力を注げ」


「了解しました! ただちに避難誘導開始します」


 静の言葉を聞いて指揮官は、静に敬礼をするとその場を離れて行った。


 そして、後ろに控えて居た軍特殊部隊の隊員に何事か指示を出すと、その場に居た特殊部隊の隊員は直ちにパーティー会場から退出して行った。


「それから、カタリナ、お前も避難しろ」


 静がスーツケース核爆弾を見詰め解析したままでカタリナに声を掛けた。その時の声は先ほどまでの機械音声ではなく、静の肉声に戻っていた。


「私はここに居ます。

 ラマナス王家の人間としてこの事態は見守る義務があります」


 静に言葉にカタリナはきっぱりと言い切った。


「仕方のない奴だな。クローディア、頼む……」


 カタリナの声に、静は少し呆れた様な口調で依然、スーツケース核爆弾の解析を続けたままそう口にした。


「姫様にもしもの事があればラマナス王家存続の危機になります。

 ここは、静様のお言葉に従って避難を……」


 すぐに、傍に居たクローディアがカタリナの肩を抱き、そのままその場を離れる様に促した。しかし、カタリナはそのクローディアに逆らい、いやいやをする様に体と顔を左右に揺らしながら声を上げた。


「嫌です! 静姉さん。

 姉さんがこんな危険な事をしてるのに私だけ安全な所に行くなんて。

 あの時、姉さんが嬲り殺しされるのを私は何も出来ず、

 ただ怯えて見てるだけだった。

 今度は自分の意思で姉さんの傍に居させて。

 最後の最後まで姉さんと一緒に居たいの」


 カタリナは涙声になって叫んでいた。


 静は大きく一つため息を付くと、顔を覆っていたフェイスガードを格納して素顔でカタリナを振り返って言った。


「あの時は、お前にはああするより他なかっただろう。

 それに、見ての通り私は生きている……」


 静はそこまで言って、一旦何故か言葉を切った。そして俯いて少し寂し気な表情を浮かべると独り言のように一言小さく呟いた。


「本当にそうか?」


 そしてまたカタリナを見て真剣な顔つきでカタリナをじっと見つめて続けた。


「生きているだろう。だから気にするな。

 ここは素直に避難しろ。

 王族として王家の血を絶やさぬことを第一に考えろ」


「でも、姉さん……」


「これはお前の姉、王位継承権は失ったが、

 ラマナス第一王女としての勅命だ」


 それでも不服そうなカタリナに、静は威厳を持った言葉で言い切った。さすがに、こう言われてはカタリナも従わざるを得なかった。


 今までこの姉の事は、同じ王族、まして自分の上に位置する第一王女などとは絶対に認めはしなかった。しかし、今のカタリナにとって静は王位継承権の事など関係ない、自分が尊敬し従うべき姉姫に他ならなかったのだ。この短時間で、カタリナにとってこの静はそこまで大きくその存在意味を変えていた。


「分かりました。姉上。

 お言葉に従います。

 どうか、ご武運を……」


 カタリナは今一度、姿勢をピンと正し、ドレスのドレープを美しく広げ膝を曲げ、正式な礼を尽くしながらそう静かに言うと、くるりと後ろを向いて歩き出した。すかさずクローディアがその後ろに従った。


「カタリナ。また後でな」


 再び、スーツケース核爆弾に視線を戻しながら静が言うと、カタリナも一旦立ち止まって言った。


「後で必ず詳しい事情をお聞かせくださいね、姉さん」


「ああ、約束する」


 そしてカタリナはパーティー会場の出口へとクローディアを従えてまた歩き出した。


「しかし、また複雑怪奇な事をしてくれたものだな。

 本体自体が骨董品なのに、

 それにまた電子制御ではなくアナログな制御をしてやがる。

 電子制御なら私のインターセプター能力ですぐにどうとでも出来るんだがな」


「それに物が物ですから、

 最悪、僕達がいるホテルが吹っ飛ぶだけだから一か八かの勝負、

 って訳にもゆきませんしね」


 カタリナの背後では静とマックスがスーツケース核爆弾相手に格闘を続けていた。

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