第26話 まだそこにあった脅威

 カタリナの返事を聞くと、鬼はヘッドセットからあのバイザー付きのファイスガードが展開し、自分の素顔を覆い隠してしまった。いや、今、その過程を見てみるとフェイスガードが展開して素顔を覆ったと言うよりも、むしろ静の素顔がそのままあのフェイスガードを付けた様なロボット風の顔に変化したと言う方が正しい様にカタリナには思えた。


「カタリナ姫様、静様、ご無事ですか!」


 カタリナが様相だにしない展開にまだ半分放心状態が抜けないで居ると聞き慣れた声が耳に届いてた。


 カタリナが声の方を振り返ると鉄のドアが無くなってしまった屋上入り口からちょうどクローディアがこちらに走ってくるところだった。クローディの後ろにはあのマックスが続いていた。


 一旦はそう叫んだクローディアであったが、カタリナの脇に立つのが鬼である事に気が付くとすぐに立ち止まり叫んだ。


「動くな! すぐにカタリナ姫様から離れなさい!」


「下手な真似をすれば撃つ!」


 立ち止まったクローディアがすかさず両脛のホルスターから拳銃を抜き構えると、マックスも上着の下から大型拳銃を引き抜き構えた。


 それを見たカタリナは無意識に鬼の姿をした静の前に両手を広げて立ちふさがると叫んでいた。


「二人とも銃を下ろしなさい!

 この人は静姉さんです! 撃ってはなりません」


 カタリナの叫びに、クローディアとマックスは拳銃を持ったまま当惑の表情を浮かべてお互い顔を見合わせた。


 ところが当の静は、その光景をカタリナの後ろで見て声を上げて笑い始めた。その声はまた、あの静の声に戻っていた。


「いやはや、お前が体を張って私を庇おうとするとは驚いたよ。

 でも、お前、この短時間で、すごく、頼もしくなったな。

 でも、大丈夫だ」


 静はそう言ってカタリナの肩をぽんっと叩くと、自らカタリナの前に歩み出た。


「マックス、クローディア、芝居はもう良い。

 カタリナには、この姿でも私だ、とすでに明かしてある」


 静がそう二人に声を掛けると、マックスとクローディアは手に持った銃をそれぞれホルスターに収めた。


「何だ、もうネタバラししちゃったですね、静の姐御」


 マックスはそう言って笑いながらゆっくりとカタリナの方へ歩いて来た。


 一方、クローディアは拳銃を仕舞うと、すぐにカタリナの元へ駆け寄って来た。そして、その体をまるで我が子の様にしっかりと抱き締めて涙声になって言った。


「お一人にして申し訳ございませんでした。

 さぞや怖い想いをされた事でしょう。

 お怪我はありませんか?

 いかがわしい事などされませんでしたか?

 事と場合によっては私、いますぐ、静様のお言いつけに逆らってでも、

 あの者たちに命を持ってその罪を償わせてまいります」


 最後にそう言ってカタリナの眼をしっかり見たクローディアの眼は真剣そのものだった。もし、あの連中がその言葉通り、既にカタリナに狼藉を働き、それをカタリナが認めたなら、クローディはいますぐ連中を殺しに行きそうな勢いだった。


「まったく、クローディアはカタリナに甘いな。

 大丈夫だ、一応、リーダー格の男は根っからの軍人らしく、

 その辺りのけじめはちゃんとしていたようだからな」


 そんなクローディアを見てどう答えて良いものか戸惑っていたカタリナに代わって、静がくすくす含み笑いしながら言った。表情のまったく見えないフェイスガードをした鬼の姿で、静の声で、また静からしい言葉を聞くとなんだかすごく不思議な感じがしたカタリナだった。


「なら良いのですが……」


 静にそう言われたクローディアは少し恥ずかしそうにうつむき加減にそう答えた。


「つうか、それ言ったら、

 姐御はそいつらにもっと酷い目に会されたんじゃなかったけ?

 しかも今回で二度目だよ」


「黙りなさい、マックス!

 男のあなたには分からないでしょうが、

 女には殺されるより辛い事があるのです!」


 少し遅れてその場にやって来たマックスがそんなクローディアを見てにやにや笑いながらそう言うと、クローディアがそのマックスをキッと睨んで叫んだ。


 こんないくら事態が収拾したと言ってもこれだけ切迫した事態の中、そんな軽口を叩き合える二人を見てカタリナは自分の知っているいつもの二人とは全く違う一面を垣間見た見た気がした。しかも、静の言葉通りなら下のパーティー会場を居残っていた多数のテロリストから解放したのはこの二人なのだ。


「さて、ではそろそろ我々は退散するか。

 警察の連中が到着する頃だからな」


 クローディアとマックスのまるで夫婦漫才の様なやり取りを聞いていた静が笑いながら言った。いや正確にはあのフェイスガードの様な顔には表情などまるでないが、その静らしい声は明らかに笑っていた。


「さて、私もこの姿じゃ何だから元の姿に戻るか……」


 そして静がそう言った直後だった。


 静の動きが一瞬完全に停止した。それはまるでロボットが機能不全を起こし緊急停止した様に動作の途中で静止してしまったのだ。


「静様?」


「姐御?」


 最初、カタリナはこれが静にとって、この姿からいつものあの見慣れた姿に移行する定例のルーティーンかと思った。しかし、マックスとクローディアがその静を見て怪訝な顔で静の顔を覗き込むようにしてそう尋ねたのを見て、何か良からぬ事態が起こっているのではないかと思い直した。もし、静の身に何か異変でも起きているのではと思い、カタリナは不安になった。



「これは……間違いない……少々マズイ事になった」


 一呼吸の後、再び動き出した静はそう声を上げた。その姿に何の変化もなかったところを見ると変身を解く事は中止された様だった。


「どうしたのですか、静様」


「まさかまだ隠れている残党が居るとでも?」


 クローディアとマックスが不安げに尋ねると、静は歩を進めながら答えた。


「ある意味、もっと最悪な事態かもしれん。急ぐぞ……」


「静様、その姿では……既に警察の連中が……」


 鬼の姿のままでホテル内に向かう入り口に歩き出した静を見てクローディアが声を掛けた。


「この姿でないとこの事態には対処出来そうもないからな」


 静の答えを聞いてマックスとクローディアは、その表情をこわばらせた。静が自分自身を救出した時に見せた人間離れした能力は、この鬼の姿でないと思う様に発揮できないのではないかとカタリナはその時瞬時に思った。ならば、静が第三者に見られるリスクを冒してでも、この鬼の姿で居る事を選んだと言う事はこの事態はかなり切迫した危険性がある事であると言う事なのだとカタリナは悟った。

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