第25話 優男とメイド、もう一つの顔

「マックス!」


「クローディアさん!」


 静まり返ったパーティー会場のダンスフロアー。


 数メートルの間を置いてマックスとクローディアが対峙していた。それまで、休むことなく激しくその身を踊らせ二人の息は荒く、額からは汗が流れ落ちていた。その二人をパーティー出席者は息を潜めてただただ見守っていた。


 しかし、二人はダンスをしていた訳ではないのだ。確かにダンスを舞う様な優雅ささえ感じる動きだった。それでもダンスとは決定的に違っていたのは、その手に持っていた黒光りのする物体だった。


 マックスはやや大ぶりな物をその右手に。クローディアはマックスの物より小ぶりな物をその両手にそれぞれ一丁づつ握っていた。


 そして今、二人は対峙しながらその手に持った物の先端を互いに向けて対峙しているのだ。


 そう、二人が手に持っているのは紛れもなく拳銃だった。


 対峙した二人は、相手の方をじっと見つめながら荒い息を少しづつ収めつつあった。


 二人の口元に微かな笑みが浮かんだその瞬間、お互いがお互いに向けた拳銃が火を噴いた。そして、そのまま、二人は数回引き金を連続して引いた。そこには狙った相手を確実に仕留めると言う強い意志がある様だった。


 しかし、マックスもクローディアもどちらも拳銃を握ったまま倒れる事無くそこに立っていた。


 倒れたのは……彼らの後ろに居たパーティーの参加者男女数人だった。そして、その参加者の手には全員小型の拳銃が握られていた。


 そう、マックスとクローディアはお互いを撃ち合ったのではなく、パーティー参加者に紛れ二人を背後から狙っていたテロリストを始末したのだった。もちろん二人はすでに、パーティー会場を制圧していた従業員に紛れ込んだテロリスト達は全員倒した後だった。


 マックスは上着の下に、クローディアはメイド服の下に、それぞれ拳銃を隠し持ってこのパーティーに参加していたのだ。二人は、静とカタリナが会場から大尉達に連れられて出た後は他の参加者達と同様に大人しく従業員に紛れたテロリスト達に従っていた。しかし、静が惨殺されカタリナが屋上に連れ出されるのと同時に、隠し持っていた拳銃を使い反撃を開始したのだ。


 この国では静一派のアウトローとして有名なマックスはともかく、カタリナ付きメイドと思われていたクローディアはテロリスト達にはまったく警戒されていなかった。彼女がいきなりメイド服の裾を引き上げ、両脛辺りに巻かれたホルスターから二丁の拳銃を両手に持った時の彼らの顔は見物だった。それはまさに『鳩が豆鉄砲を食ったよう』なと言う言葉、そのままだった。何が起こった理解できず固まってしまった数人のテロリストは一瞬にして彼女の二丁拳銃の餌食になっていた。


 とにかく二人の動きは凄まじかった。たった二人で十数人は居たテロリストを圧倒していた。二人の動きは完璧にシンクロして、まるで二人でダンスをするかの様だった。それは良く訓練された対テロリスト特殊部隊の隊員をも超える戦闘力だった。テロリスト達に数が多いと言う油断があったとは言え、会場の支配権を取り戻すのにものの数分しかかからぬほどだったのだ。



「しかし静様の……

 『相手がだれであれ、我々は人殺しはするな』

 ……と言うご達しも困ったもんだね。

 僕は射撃には自信があったけど、

 この『特殊硬質ゴム弾』の扱いに慣れるのは一苦労だったよ」


「静様自身が母君であられる先王妃様を殺された上に、

 自身も殺されかかったと言うか、一度殺されている身ですからね」


 マックスが周りを見回し完全に敵勢力を制圧したことを確認しながら独り言の様に呟くと、すでに銃のセーフティーを掛け両脛のホルスターに仕舞いながらクローディアが答えた。


「普通の人間なら、相手が他ならぬこいつらなら

 実弾使って殺したくなるはずなんだが」


「そこが静様らしい所ですよ。

 だからあなたも普段の汚れ役を静様と一緒に買って出てるんでしょ」


 やっとこの場を完全制圧したことに確信を持ったマックスが銃を上着の下のホルスターに戻すと、クローディアはすでに乱れた衣服や髪を整え始めていた。


「みなさん、お怪我をされた方などいらっしゃいませんか?

 ご気分の悪くなった方などいらっしゃいましたらお申し出くださいませ」


 今しがたまで、まるで鬼神の如き戦闘メイドとなっていたクローディアの恐ろし気な雰囲気が、徐々にあの人畜無害で賢く優し気な王宮メイド長の雰囲気に戻って行く。


「女の子は僕の所においで!

 落ち着く様にハグしてあげるからねぇ~」


 そしてマックスの方も、同じくいつものおちゃらけた彼に戻ってゆく。


 実は、パーティー参加者達のほとんどが、先ほどまでの二人を見て自分たちを助けてくれる者たちとは分かっていても、そのあまりに凄まじい戦闘力に恐怖すら感じていたのだ。しかし今のこの二人の声と様子を見てやっと自分たちが助かったと言う深い安堵感を覚え始めた。




「その声……どうして?」


 カタリナは機械音声ではなく人間の肉声の様になった鬼を見て驚きの声を上げた。


 そう、その声は忘れもしない、つい先ほど自分の目の前で惨殺されたはずの静の声と瓜二つだったのだ。


「お前も、もう17だ。

 王位を継いでこの国の女王となるべき者なら知っておかねばならない歳だな」


 鬼がそう言った直後だった。


 鬼の顔を覆う濃いバイザーの付いたファイスガードが、その過程が目で追えない程の複雑な展開を経てヘッドセットの中に格納されていった。そして格納されたファイスガードの下から見慣れた、そして誰もが一度見たら忘れられない特徴ある顔が現れた。


 額から左の頬にかけて広がる赤黒いケロイド状の火傷の痕。そして目の下から顎まで伸びる縫い傷。しかし、逆の右側はまるで彫刻の様に整った顔立ちと碁石の様な漆黒の瞳を持つ切れ長の眼。


 それは紛れもなく、自身の腹違いの姉である『静』の顔に他ならなかった。


「静姉さん?」


「ああ、そうだ。私は静だよ、カタリナ」


 半分放心状態でそう尋ねたカタリナに鬼は微笑みながら確かにそう答えた。


「でも、姉さん、その姿は……」


「話せば長くなる。とりあえず今は私だと言う事だけ伝えておく。

 それから、この事はとりあえずマックスとクローディア以外には言うな。

 これは海底に沈むAHASと同じくこの国の最高機密に属する事だ」


「は、はい。分かりました、姉さん」


 静の声と顔を持った鬼はカタリナの声にそう答えた。その声が持つ異様な重みにカタリナは事情が分からぬまま思わずそう答えてしまった。

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