第28話 ラマナスの魔女サイレン

「わっ! 何だ!」


「これはマズイぞ!」


 ちょうどカタリナとクローディアがパーティー会場のドアを開けて外に出ようとした時だった。まるで目覚まし時計のアラームの様な音が鳴り響き、同時にマックスと静が声を上げた。


「静様、どうされました!」


 それに気が付いたクローディアもその場で二人を振り返りそう叫ぶと二人の許へ駆け出した。


「こいつ、勝手に起動しやがった!

 タイマーが作動してる」


「何ですって!」


 クローディアの声に答えたのは静ではなくマックスだった。その顔はいつものおちゃらけた表情とはうって変わって顔面蒼白になっていた。


「タイマーの残り時間は?」


「後……10分切ってる……」


 そう尋ねたクローディアに静が答えた。


「10分って……それじゃ、避難しても……」


「こいつは小型だが確実にこのエドワード島を壊滅させる威力はある。

 シェルターの大部分がこの島ごとやられる」


 ドア辺りに立ち尽くしていたカタリナが独り言のようにそう呟くと、静はそう答えた。


「姉さん! 何とか爆発を止められないのですか?」


「残念だが、爆発を止める手立てはもうない」


 祈る様な気持ちで静に歩み寄りながら尋ねたカタリナに、静はそうきっぱりと答えた。


「じゃあ、もうこの島は……いえ、ラマナスは……」


 静の答えにカタリナは口を押さえながら、半分、茫然自失と言う感でそう呟き、膝から崩れ落ちた。


 せっかく、姉が生きていて、さらには自分も助かったと言うのに、結局、あのテロリスト達の思い通りにこのラマナス王族全てが消されてしまう事になる。そう思うとカタリナは無性に悔しく、そして深い絶望をに沈んだ。そして、そんな運命をこの国に与えた神を恨んだ。



「爆発は止められないが、ラマナスをそう簡単にやれせはせんよ」


 しかし、静は諦めた風はまったくなくそう言った。


「えっ……」


 絶望に打ちひしがれていたカタリナは思いもよらぬその言葉に驚き顔を上げた。


「要はこいつをどこか遠くへ捨てて来れば良いのさ」


 静はそう言ってにやりと笑うと、いきなり両手で力任せにスーツケース核爆弾を固定されていた指揮台から引き剥がした。


「マックス! クローディア!

 お前たちはカタリナを連れて私から離れろ!」


 静がそう叫ぶと、すぐにマックスとクローディアはカタリナを連れて静から離れパーティー会場のドア付近まで退避した。



 スーツケース核爆弾をしっかりとその両手で抱き抱えた静の顔を再びフェイスガードが覆った。


「見てろよ、サイレンの名は伊達じゃない!」


 静がそう叫ぶと、バイザーに隠された瞳が今までに見た事もない程の輝きを放った。そして、全身に描かれていた淡い青色の光を灯していた刺青の様な幾何学模様が燃える様な深紅の光を放ち始めた。


 同時にまるでジェットエンジンが唸りを上げる様な金属音が響き始め、静の足元辺りの空間が陽炎の様にゆらゆら揺らぎ始めた。


 ふわり……次の瞬間、静の足が床からわずかに浮かび上がった。床との摩擦を失った静の足が宙を漂う様に左右に泳ぐ。静は宙に浮いた状態で核爆弾を持ってバランスを取るのに少し苦労している様にも見えた。


 しかし、次の瞬間、その揺れはぴたりと納まった。同時に核爆弾をその胸に抱えた静の体が床から少し浮いた状態でパーティー会場の片面を占める窓に向かってすさまじい勢いで突進し始めた。


 轟音と共に静の体はそのまま分厚い強化ガラスを突き破って夜空に飛び出して行った。宙に飛び出した静は、ベランダの先の空中にまるで空の上から何かに吊るされる様に静止した。


 それを見たカタリナは、慌てて静が飛び出して行った窓に走った。


 今は赤く輝く幾何学模様の浮き出たフェイスガードに覆われ何の表情も分からないはずの静だが、その時何故かカタリナには宙に浮かぶ静が一瞬、笑った様に見えた。


 すると、静の瞳と全身を走る幾何学模様の刺青が一際、その明るさを増した。


 同時に静の体全体のシルエットがぼやけた様に見えた。


 高層を吹く夜風にたなびいていた白銀に輝く長い髪が、それ自体が生き物の様に静の体を覆った。



 次の瞬間、信じられない事が起こった。


 長い髪に包まれた静の体が、まるで粘土の様にぐにゃりとひしゃげた。


 そして、一瞬でその姿が白銀に輝く丸みを帯びた三角形の物体に変形したのだ。


 その三角形の物体は、今までの静の様に生物的な感じはまったくしなくなっていた。


 丸みを帯びた三角形を平たく押し潰した様な機体に両端と中央に三枚の垂直尾翼、さらにはその三角形の底辺部分にはクラスターノズル複数並んでいた。


 それはまるで小型の大気圏再突入カプセルその物だった。


 ただその機体の全面には、あの静の全身を覆っていたのと同じ赤く輝く幾何学模様が走っていた。


 カタリナの見ている前で、宙に浮かんでいたその機体はクラスターノズルから青白く輝く炎と轟音を轟かせ、すさまじい勢いで夜空へ向かって上昇を開始した。



「あれがサイレン。そして姉さんがサイレンって言う事?」


 目の前で宇宙船の様な物に変形した静が夜空へ消えてゆくのを茫然とした表情で見送りながら、カタリナは、ふと静が最後に口にした言葉が気になりそう呟いていた。


「それは鬼の姿での静様の呼び名です。

 AHASと共にこのラマナスを守る海の魔女『サイレン』」


 そのカタリナに、後を追って来たクローディアがそっと答えた。


「あなたがあの時、私に言った……

 『ポセイドンとサイレンのご加護があります様に』

 ……って言ったのは姉さんの事だったのね」


 この時、やっと、カタリナはクローディがカタリナと別れた時に言い残した言葉の意味を知った。クローディアは、静が必ず守ってくれるとそう伝えたかったのだ。カタリナ言葉にクローディアは何も言わずに優しい微笑みを浮かべた。


「史上最強そして無敵の魔女。

 それがあなたの姉君なのですよ、カタリナ姫様」


 そして、クローディアと共にカタリナの傍にやって来たマックスが、クローディアの代わりにそう答えた。その時のマックスの顔はいつものおちゃらけた不良男の物ではなく、将来を嘱望された若き切れ者検事にして由緒正しい貴族のまぶしい程凛々しい顔であった。


「マックス、あなたAHASのモニター端末持って来てるわよね」


 そのマックスにクローディアが何かを想い出したように尋ねた。


「もちろん、ここに」


 マックスはそう言って手首にはめていた少し大き目の腕時計を指さした。


「監視衛星の画像を出して。

 たぶん静様は核爆弾を電磁パルスも含めて地表に影響の及ばない

 衛星軌道上まで運び上げるおつもりでしょうから、

 今頃はその一つが静様の姿を捉えてるはずです」


 それを見てクリーディアがそう言うと、マックスは腕時計を外し床に置くと何やら操作し始めた。


 すると瞬時に、その腕時計の直上、何もない空間に鮮やかな3D画像が浮かび上がった。

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