第16話 恩讐のテロリスト達

「よう、フロアーマネージャー。

 こりゃ、面白い余興だなぁ、おい」


 やがてカタリナ達のところまでやって来た静がにやにや笑いながらそう言うと、わざとらしく垂らした前髪を掻き上げる仕草をした。


 その瞬間、カタリナ達を拘束している男女と責任者の男の顔がぴくりと反応した。


「『死なずの姫アンデッドプリンセス』……」


 責任者の男が呟いた。


「ふん……やはり中共の残党か……」


 その呟きを聞いて、静も少し憮然とした表情で独り言のようにそう言った。


「なぜ分かった?」


「私の事を『死なずの姫』と言うお前たちぐらいなもんだ。

 普通の人間なら私の事は『狂犬王女マッドドックプリンセス』っていうからな」


 男の言葉に静が答えた。


「ではもう説明するまでもあるまい。

 そう言う事だ。覚悟してもらおうか、姫君」


 今度は男が勝ち誇った様な笑みを浮かべて静に言った。


「私はもう姫じゃないがな」


 静はそう言って自嘲気味に笑った後に言った。


「お前たちは私を殺したいのだろう?

 それならなぶり殺しにでも何でもするが良いさ。

 その代りにその二人は解放しろ。

 前王妃である私の母はすでに惨殺してるんだ。

 その時、やり損ねた私を殺せばもうよかろう。

 それ以上やると隠れた賛同者も引くぞ」


 静は真面目な顔でそう言った。


「お前たちの謀略で国を奪われた俺たちの恨みがそんな事で消えるか。

 あの時、り損ねたお前は当然殺す。

 だがそれだけでは済まさん。

 こっちの姫君は殺さない。

 これから俺たちが味わった屈辱以上の屈辱と生き地獄を味わってもらう。

 そして、同時にあの王にも同じ想いをさせてやる」


 そんな静に男は下賤な笑みをその口元に張り付けて言った。


「ふん、下劣な事を考えやがって。

 思想も時間と共に腐敗すると言うがまったくその通りだな。

 母を殺し、私をこんな姿にした奴らはもっと誇り高かったぞ」


「黙れ! このあばずれ女が!

 お前も殺す前に気が狂うまで嬲りものにしてやる!」


 静が負けずに挑発的な言い方をすると、カタリナに銃を突き付けていた女がたまらず怒鳴った。


「ふっ……こんな挑発に冷静さを失うとは。

 本当に中共の連中も劣化したもんだ。

 あの時の奴らは最後の最後まで恐ろしいまでに冷静だった」


「黙れ! 黙れ! 死にぞこないの化け物の女が!」


 静の言葉に、カタリナに銃を突き付けていた女がたまらずその銃口をカタリナから外し静に向けて怒鳴った。


「落ち着け、ファリン。

 そいつの挑発に乗るんじゃない」


「しかし、大尉……」


 任務のストレスと静の言葉に挑発され冷静さを完全に失い、今にも静に銃口を向けたまま引き金を引きそうな勢いの女を大尉と呼ばれた責任者の男がなだめた。その言葉に何とか銃を下ろした女だったが、まだ納得できない様子だった。


「さて、お二人の姫君。

 ちょっと一緒に来てもらおうか?」


 女が静の挑発に乗ってしまったのを見て、逆に大尉と呼ばれた男は冷静になった様だった。


 そして同時に、女が咄嗟にこの男を大尉と階級で呼んだ事で静はこの男がこの場での指揮官であること事を確信した。



「それから、お前は一緒に来なくて良い」


 大尉と呼ばれた男は、先に歩き出そうとしてからその足を止めて、カタリナを守る様にしっかり抱きかかえたままでいたクローディアに言った。


「そうはいきません。

 姫様達を連れて行くなら私も一緒に行きます」


 クローディアはこめかみに銃口を押し付けられている事にまったくひるまずそうきっぱりと言い切った。


「大尉、このメイド、王宮のメイド長ですよ。

 後で拷問にかければ色々有用な情報も聞き出せますよ。

 それに……その姫君主演の特別ショーの時にも使えそうですしね」


 女はクローディアの言葉に下卑た表情で舌なめずりをしながらそう言った。


「まったくファリンは可愛い顔してドSなんだからな。

 あんたも運が悪かったなぁ……」


 クローディアのこめかみに銃口を押し付けその腕を押さえていた男が、何やら思い出し笑いをしながらクローディアの耳元でそう囁いた。そして、腕を掴んでいた手をずらしてクローディアの胸を白いエプロンドレス越しに弄った。クローディアがその端正な顔を歪める。


「やめろ! ゲス野郎!」


 それを見た静が叫ぶ前に、彼女の後ろに控えていたマックスが先に声を上げた。


「へぇ……お前、この年増女に興味があんのかよ。

 じゃあ、それ以上何もしゃべるな。

 しゃべったらこのメイドの脳みそが床に飛び散るぞ」


 そのマックスの反応を見てクローディアの胸を弄っていた男が声を上げて笑った。その言葉にマックスは思わず悔しげな表情を浮かべて黙った。


「これじゃ夜のダウンタウンにたむろする奴らと変わらんな」


 静が呆れた様な笑みを浮かべてそう呟いた。


「黙れ、余分な事はしゃべるな、グァンミン。

 そのメイドは解放してやれ」


 そんな男をすぐに大尉が諫めた。


「ちっ……後で楽しめると思ったのにな……」


「ふっ、命拾いしたな、メイド長さん。

 まあ、その分、姫君には特別ショーで十二分に楽しませてもらうけどね」


 グァンミンが名残惜し気にクローディアから離れると、ファリンがにやりと笑って言った。


「私を拷問でも凌辱でも好きにすれば良い。

 その代わり姫様は開放してください」


 それでもクローディアはその場を離れず、大尉をじっと見つめてそう言った。


「クローディア、良い。

 こいつらの目的は私とカタリナだ。

 お前では代わりにならん」


 大尉が何か言おうとする前に静がクローディアにそう言った。


「しかし、静様……」


「これは王位継承権こそ失ったが、

 ラマナス海洋王国第一王女『静=ラマナス』の言葉である。

 それでもなお、我が意に反するか、クローディア」


 それでも躊躇するクローディアに静がきっぱりと言った。その静の態度はいつもの年甲斐もなく不良娘をしている彼女でなく、誰よりも威厳に満ちた王女の姿その物だった。その瞬間、その場の空気が一気に張り詰めた。今までへらへらしていたファリンとグァンミンさえ、その瞬間、表情をこわばらせた。


「御意、静様」


 その言葉にクローディアは姿勢を正し深々と頭を下げてそう言った。


「カタリナ姫様。

 申し訳ありませんが、私はここまでです。

 姫様にポセイドンとサイレンのご加護がありますように……」


 そして、そうカタリナに小声で告げるとファリンとグァンミン、それに大尉を一瞥した後、クローディアはゆっくりとカタリナの傍らを離れた。

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