第6話夢

 これは、夢だ。

 夢の世界にぼくはいる。

 明らかな、夢の舞台。

 ぼくは、夢であることを自覚していると思う。

 いろいろとあやふやだ。

 ぼくは知ってる。あやふやなのが、夢だ。

 そして、過去の夢ということはわかる。

 その映像がぼくの頭に流れ込んでくる。

 故意的に思い出す感覚ではなく、フラッシュバックのような感覚。

 一瞬の、感覚。


『よかった。本当によかった!!』


 誰かがぼくを抱きしめている。若い女性のようだった。女性の顔はまるで黒い霧がかけられており、誰か判断できない。

 ぼくは、ぼくを見ていた。ぼくが見ている舞台は、夢の舞台の途中からであった。


『まだ息してる。生きていて、くれてる……』


 女性が泣いているのがわかる。

 女性は涙を流し、頬をつたっていく。頬をつたって、涙はぼくの顔へとポツポツと滴る。

 ぼくの身体は動かない。かろうじて、呼吸をしている状態。今にも命の灯が消えていってもおかしくない。


『私は、また独りぼっちになるところだったよ……。本当によかった……!』


 嗚咽を漏らしながら、女性の涙は止まることをしらない。

 ぼくは、薄目を開けてはいるものの、ほとんど意識はなかった。薄れていく意識の中、なにやらドタバタと聞こえる。

 うるさい。


『救急隊です! 急いで彼を運びます!』


『はい! どうか、どうか……よろしくお願いします!』


『わかりました。お任せください!』


 そこで、一旦映像が途切れる。

 夢はもう終わりだろうか。

 いや、これはあくまで幕間。

 一幕が終わっただけ。

 一幕が終わると、新たな舞台の幕が上がる。

 舞台はまだ続く。

 明晰な、夢は終わらない。

 一幕は、永遠に閉ざし、二幕が始まる。

 二幕も終わると、二幕も永遠に閉ざされる。


『じょ、状態のほうはどうでしょうか!?』


『かなり酷い状態です。私たちも最善を尽くしてはいますが』


『そう、ですか』


 断片的な夢。

 知られざる夢。

 記憶の片隅にある夢。

 夢?

 これは夢なのか。

 夢とはなにか。

 残らないもの。

 消えてしまうもの。

 忘れていくもの。

 夢から覚めて、数時間したらどうなるのか。

 気がつけばなにもかも抜け落ちている記憶。


『この人形、綺麗ですね。これ全部手作りですか』


『ええ。頭から足先まで全部、丹精込めてつくりました』


『美しいですね。あまり人形の良さとかはわからないんですけど、なんていうか……こう愛情を感じます』


『ありがとう。服とかもお手製でね。わたしもお爺さんも、娘のように思っていますよ。ホホホ』


『そういえば、お爺さんとお婆さんのお二人でお店を開いているんですか?』


『ええ。なんだかんだで30年も続けていけてるよ』


『お身体が大変だとは思いますが、これからも続けていってくださいね。応援しますので』


『ええ。ありがとう』


 さらに新たな映像が流れてくる。

 知らない人が何か言っている。


『可哀そうに……。彼、この年まで虐待をうけていたそうよ』


『お気の毒に。虐待した母親はどうなの?』


『亡くなったって。なんでも異物を飲み込んで窒息死だって』


『ええー。こういう状況ってなんていうのだっけ。〇〇介護?』


『母親が認〇〇だから、〇〇介護じゃない?』


 プツンと映像が途切れる。


 これは、明晰夢だ。

 ただの夢ではない。

 正夢ではない。

 予知夢ではない。

 自覚ある、夢の景色。

 そして、ぼくはまた忘れる。


 これは、夢だから。

 覚めたら、忘れていく。

 覚えてはいられない。

 脳の容量は既に限界だ。

 新たな情報が入ることはない。


「ぼくは、寛大だ。全てを忘れてもぼくは、寛大さ」


 ぼくは、自分に言い聞かせる。

 自分で問い、自分で答える。

 夢の中で、永遠に。


 これは、おそらく……あったかもしれない夢。

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