第4話徘徊

 ぼくは、外に出ている。ふと、夜の街に駆け出していた。

 一面に見渡す限りの暗闇。外に出たばかりで目が慣れていない。今、歩いているコンクリートの地面も、家を囲っている塀も、塀から超えている木でさえもぼくの目は明確に映らない。色の識別と、物の判別がつかない状態。唯一の明かりは家から漏れる光と街灯のみだった。

 少しばかりの視覚情報を頼りに、ぼくは夜道を徘徊する。


 はて。ぼくはなぜ外に出たのだろうか。

 気がつけば、外にいる。最後に覚えている記憶は監禁した少女が寝静まった、あたりぐらいだ。

 外に出た目的はあったはず。思い出せない。学校だっけ……か?


「そうだ、電球……」


 ぼくは、口に出して言う。

 思い出した。ぼくは、電球を買いに外に出たのだ。そのためにぼくは、少女が寝静まったのを確認して家から出た。そうに違いない。


 電気屋に向かって歩き出す。この時間帯に電気屋はやっているだろうか。今の時間帯は不明。外に出る前に調べておくべきだった。

 ここから一番近いところだと、通学路で通っている道で電気屋があったはずだ。

 ぼくは、方向転換して通学路の道へと向かう。


 少しずつ目が慣れてきている。

 物の外形ぐらいなら認識できるようになっていた。いつも学校に行く際に通る道。いつもの道路はいつも通りにつまらなく、それでいて退屈だ。

 通学路には、人が一人もいない。通学路だけではない。さっきから人とすれ違わない。明かりはほとんどなく、真っ暗な空間と静寂した雰囲気がただただそこにある。まるで自分以外に人がいなくなってしまったのではないかと錯覚に陥ってしまいそうだ。

 お目当ての電気屋はない。というより、電気屋がなかった。電気屋という存在が、消え失せてしまっている。


「おかしい……このあたりのはずなんだが」


 一つ、一つ見てはいるが、電気屋はない。

 そこかしこに住宅が並び、お店の気配すらない。住宅の明かりはほとんど消えていた。

 おかしいなと首を傾げつつも、ある店でぼくの足は止まる。


 おもちゃ専門店。

 少女と初めて出会った場所。邂逅した場所。運命の場所。

 既にお店は閉店のプレートを掲げていた。ぼくは、中を覗き込んでみる。相変わらず、さまざまなおもちゃが店頭に飾ってある。西洋の人形やアニメのぬいぐるみ、世界的人気を誇るキャラクターのブリキ。そして、その店内には少女の姿はない。改めて、ぼくは少女を手に入れることができたのだと嬉しくなった。

 その店に少女が居ることはない。その事実をまた確認することで、ぼくは優越な気分に浸らせる。欲しい玩具を手に入れたときと同じ気持ち。


 さて、帰ろうか。また何か忘れてる気もするが。

 その気持ちが脳裏によぎったときだった。


「はぁ……はぁ……は……ここに居たのね! よかったー」


 ぼくではない声。女性の声。

 突然、声を掛けられてぼくは萎縮してしまう。

 さらに後ろからいきなり抱きしめられる。女性の荒い息遣いが、ぼくの耳に伝わる。暗闇で正確な顔はわからないが、声だけで人物を察することができた。


「え? ちょっと、橋本はしもとさん!?」


「えっと? ……うん。そうだよ。 ハシモトサンだよ!」


 さらに強い力で抱きしめられる。

 いきなりのことで動揺してしまう。

 同じ高校のクラスメイトの橋本さん。小学生の時から同じ学校で、腐れ縁の絶えない。何かとお節介をかけてくるが、ぼくとしては悪い気がしない。そのことも含めて、愛嬌ある彼女には好感が持てる。

 ぼくの脳内の分類では、好感持てるキャラは日岡さんと並びツートップである。


「ちょっ……ちょっと痛いよ。橋本さん!?」


「あっ、ごめんねー。嬉しくてつい」


 橋本さんは力を緩めて、一歩離れる。

 あははと照れて頭を掻く姿がとても可愛らしく思えた。橋本さんの表情は辺りが暗いのもあってか、わからない。


「それで? どうしたの?」


「ずっと、探してたの」


 探してた? 誰を? 


「えっと、誰を探していたのかな。よければ手伝うけど」


「ううん。もう見つかったから大丈夫。あなたを、探していたから」


「え」


「気がついたら、居ないからビックリしちゃって。周りも大慌てで」


「あ、あー」


 そういえば、今日は学校を早退した気がする。

 少女を監禁するために準備したり、考えてばっかりだったから、自分のことを考えていなかった。

 それでも、周りが大慌てになるようなことか。一人、しかも学校の中心人物ではないぼくが、抜けたところで何も話題にはしないと思う。


「さあ、帰ろう。皆待ってるよ」


「え? どこに?」


 どこに帰るというのだろう。

 帰るべき場所はあるというのに。変えている場所があるというのに。代えがない場所があるというのに。


 突如、時空が歪む。


「〇〇〇〇〇〇」


 橋本さんが何か言っている。

 言っている意味がわからない。彼女の声は、超音波。まるでノイズだ。

 脳が理解しようとしない。認めようとしない。知ろうともしない。

 ぐるぐるぐるぐると頭の中を渦巻いている。ぼくの脳が勝手に振動を与えて、自らの認識を断絶している。

 イメージとしては、理解したいけど理解できない。そんな感じ。

 いや、あるいはもしかしたら。

 ぼくが、ただ単に認めようと思わないだけなのかもしれない。


『まだ、お昼だよ。一緒に家に帰ろう。それとも、まだ〇〇の方に戻る?』


 昼?

 何言ってる。まだ夜だ。暗い夜だ。朝ではない夜だ。

 夜のはず、なんだ。


『どうしたの? 体調が悪い? 〇〇の先生に〇〇〇〇〇~』


 うるさい。もう、黙れ。

 ノイズ音をぼくに聞かせるな。


『〇じいちゃん?』


 う。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 ぼくは、その場から逃げ出す。

 ぼくの頭は真っ白だった。

 なにも考えられない。


『ちょっと、お〇〇〇ゃん! またどこに行くの!?』


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 ぼくは、走った。

 帰らなくては、早く帰らなくてはならない。


 愛すべき退屈のない日常へ。

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