第3話監禁された少女

とあるアパート。築20年のも相まって、家賃が安いこのアパートに数年住んでいる。

 雑草や蔦などが生い茂っており、一切の手が加わってない。そのため、全体的に薄暗く感じる。まるで、コンクリートと緑の怪物だ。

 外から見れば、寂れた廃墟かもしれないが部屋の中は以外と暖かい。

 防音がないのが難点だが、些細な問題だ。このアパートはぼく以外に借りていないので、気ままに住んでいる。

 両親が残したお金があるので、あと数年はここに住む予定だ。


 まあ、それよりも今は喜びを噛みしめることにする。

 ぼくは不敵に笑う。これはもう笑うしかない。抑えきれずに口元が緩む。


 ぼくの背中には少女が眠っている。

 おもちゃ専門店に居た少女。

 昨晩は計画を練るに練った結果、その努力が結びついて少女を手に入れたのである。

 案外、費用もかかったがそれこそ気にしない。こんなにいとも簡単に目的である少女が手に入ったのだ。これ以上の文句は何も言うまい。

 あの通学路に人がいなかったことも幸いして、誰にも気づけずに実行できた。

 実のところ、ぼくは天才なんじゃないか。

 そう自分を過大評価できるほどに上手くいってしまった。


 ぼくは鍵を取り出し、少女とともに家へと帰宅する。

 少女が起きないように靴を脱がせて、靴箱に入れた。

 靴箱には靴が二つ。ぼくの靴と、少女の靴。それをじっくりと眺める。ぼくは自分でもわかるぐらい良い笑顔をしていると思う。


 ぼくが、最初にやるべきことは彼女の拘束だ。逃げられたら堪ったものではない。できるだけ玄関から遠く、かつ広い場所が有効といえる。

 それだったら、リビングを彼女の部屋として使うのが賢明だろう。


 リビングの電気を点ける。点かない。あとで電球を買ってこよう。

 今の時間帯は夕暮れ時ではある。それでも、全く見えないというわけでもない。

 少女が起きてしまうのが一番まずい。このまま準備をしていくのが得策といえる。


 少女を赤子として扱うようにゆっくりとおろす。

 ぼくは鎖で繋がれた拘束器具を彼女の両手、両足に取り付ける。刑事ドラマとかでよくある手錠タイプのものだ。きっちりと手錠をかけて、念のため外れないように確認を行う。手錠はしっかりと彼女を拘束している。問題はないようだ。手錠に鍵をかけて、ズボンのポケットにしまう。


 最後に少女の首元に首輪をつける。チェーン付きの首輪のため、天井にチェーンを引っ掛ける。チェーンは特注品でかなり長めにしていた。こうすることで、無理矢理暴れると首が締まる仕組みだ。あらかじめ天井に用意していた金具とチェーンが外れないかも確認しとく。引っ張っても外れる様子がない。これも問題ないだろう。


 一応、起きて叫ばれても困るので、口を覆うようガムテープをつけておく。

 これで拘束は完了だ。


 ぼくは彼女の様子を見てみる。

 少女は自分が何をされているのかもしらずに、静かに寝息を立てていた。気持ちよさそうに眠っている。 艶のある黒い髪が清楚さを引き立たせ、整った顔立ちがより美しさを表していた。相変わらず、芸術品のような少女だ。そして、動かずにじっとしている。

 この少女を一言で例えるならば、観賞用の人形といったところか。


 さて、どうしよう。

 やることがなくなってしまった。

 少女を監禁する計画は綿密に立てたが、それ以上のことは何も考えていない。


 起こそうかと思ったが、何を話せばいいかわからない。

 いや、待てよ。

 ふと、ぼくは昔のことを思い出した。

 かつての記憶の断片。

 母親はぼくをひたすら殴り激昂していた。なぜ怒っていたのかはわからない。しかし、従わなければ殺されてしまうという危機感があったことは覚えている。

 母親の気に触れれば、ぼくの身体のどこかを殴り、躾を行った。それが母親がぼくに与えてくれた愛の表現であり、教育だ。少なくとも、ぼくはそう思っている。

 そう、あれは支配だ。恐怖という感情はヒトを従わすために必要な条件。母親から学んだ唯一の教えである。


 早速、俺は彼女を起こす前に台所で包丁を持ち出す。包丁などの凶器で脅せば、支配できる。

 これで本当に準備万全のはずだ。

 ぼくは少女の肩を揺らす。


「んっ……」


 少女はかすかに息を漏らす。眉をひそめ、覚醒には至らない。

 ぼくはすぐに起きないことに対して苛立ちを感じる。怒りをグッと堪えた。

 こういう時こそ母親の教えが活きるときだ。


「起きろっ!! おらっ!」


「んんっ!? ンぐッ!! ッん!?」


 ぼくは勢いよく足を蹴り上げ、少女の下腹部に痛みを与える。一度では起きないので何度も何度も蹴り上げた。少女は抵抗をみせたが、手足の拘束具が動きを許してくれない。

 この包丁は使わない。あくまでこれは見せるだけだ。趣旨を間違えてはいけない。あくまでぼくの目的は殺しではなく、退屈の日々を終わらせることにある。

 少女は徐々に覚醒していき、何が何だか分からない様子で僕を見る。


「気がついたか。ようこそ、僕の拠点に!」


「んんん~~~!!! んんんんん~~~~~~!!!」


 少女の口はガムテープにより塞がれているため何を言っているかわからない。同時に拘束具についている金属音が虚しくも鳴り響く。


 なるほど。

 ぼくは頷く。ぼくが気になったのは少女の瞳だった。

 少女の瞳のそれは、決して恐怖を感じているものではなく、動揺を隠せない瞳。


 こういう状況に陥ると最初は動揺するものだと知る。

 友人も家族もいない、周りに人がいないぼくにとって知れない感情だ。覚えておいて損はない。興味がないから、覚えている自身はないが。


「んんんんんんんっ~~~~~~!!!」


「ちっ、うるせーな。黙っとけ。殺すぞ」


 少女に包丁を向ける。すると、少女の表情が強張った。

 ようやく、状況を把握し始めているみたいだった。ここではぼくが上、お前が下ということを自覚させなければならない。

 ぼくの中に殺意は全くなかったが、大分効果はあるようだ。


「いいか。お前は僕の慈愛で生かされている。ここでは僕がご主人様で、お前は奴隷だ。お前に選択権はない。抵抗があるならすぐにでも処分する。分かったら首を縦に振れ。こうだ? わかったな?」


 少女は目に涙を溜めながら首を縦に振る。

 嫌々というのは目に見て理解できた。だが、今はそれでいい。少しずつ、従順になってくれたらいい。ぼくは母親みたいにはならない。ぼくは寛大なのだ。


「よし。じゃあ、ガムテープを外すぞ。これじゃあ会話もまともにできんしな。いいか。変な真似だけはするなよ」


 ぼくは少女の口を塞いでいたガムテープを剥がす。

 少女の口は自由になったにもかかわらず、何も話そうとしない。


「おい、なんか話せよ。ぼくが許可する」


「……あなたは何者なんですか?」


 少女は恐る恐ると口を開く。少女の声はぼくが思っていた通り、清純そうな透き通る声だった。

 声色には恐怖感よりも怒りが含まれているような感じがした。

 少女の場合は動揺、恐怖、怒りの順番で感情が変化するらしい。


「ぼくは、お前のご主人様といったばかりだが?」


「……意味がよくわかりません」


 は?

 ぼくは眉間にシワを寄せる。さきほど、ぼくが言ったことを少女は頷いた。奴隷であることを了承をした。首を縦に振ったことをもう忘れているのだろうか。非常に遺憾である。

 これは罰が必要だ。


「おいおい、もう忘れたのかよ……おらっ!」


「……ッ!!」


「お前はさっき首を縦に振った時点でぼくのモノになったんだよ。そんなことも忘れちまったのか。ああん?」


 ぼくは少女の髪を掴み、拳を何発か顔に喰らわせる。

 少女は逃げようにも手錠と足枷に加えて、首輪のチェーンが身体を逃さない。ぼくの教育を少女が諦めて従うしかなかった。

 これも一つの教育だ。間違えたら、痛みを与える。少女の選択肢は許しを請うしかない。


「ひぐっ!! あがっあ! や、やめてくだ……っが!」


「はははははははははは! ほらほらほらっ! 早く謝らないと大事な顔が痣だらけになるぞ!」


 何度も何度も休むことなく、少女の腹部に、肩部に、背部に、教育の鉄槌をくらわす。

 少女は苦しさから顔を歪ませる。構いやしない。

 拳が暴れているようだ。右から左へ、また左から右へ。一方的な肉体的苦痛を与えていく。自らの拳は少女の身体にめり込ませた。


「へぐううううううっ! ぐッがゥぅぅぅぅぅ!!!! すみません。ゆ、許し……ッが!! ゆ、ゆるじでぐだざい……」 


 一度、ぼくは拳を止める。

 これ以上はいけない。咄嗟に身体が反応した。

 少女は咳きこんで、呼吸を整える。少女の口からは唾液なのか、胃液なのかはわからないが何か流れ出ていた。

 とりあえずそれは血ではない。それだけはわかった。


「立場を理解できたか? おい」


 少女は首を縦に振り、肯定の仕草。ぼくは暴力から解放してやる。

 少女の様子から察するに今は怒りの方が強いのだろう。ぼくに下唇を噛みしめて睨んでいる。その姿はブレない心の強さを感じさせた。

 今は素直に従うが、隙あらば寝首を掻く。そう思っているに違いない。


「そうだな。お前の話でも聞かせてくれよ。言いたいように言ってくれ」


「? 私の話ですか?」


「ああ。どこからでも、なんでもいいぜ。そうだな、お前の家庭はどんな感じなんだ?」


 少女が怪訝な表情を見せてから、ぼくに話し始める。

 特に深い意味はない。他の家庭がどういうものなのか、ぼくは興味を持っただけである。それ以外に意味はない。


「……どんな感じといわれても普通です。親が居て、私が居て、ごく平凡な毎日を送っています」


「へー、平凡な毎日ね。つまらないと思わないの? ただただいつも通りで、何も変わらず過ごしていく日々は。退屈って嫌じゃない?」


「いえ、私にとって平凡な日々は退屈ではありません」


「ふーん。何でそう思うの?」


「私の親はおじいさまとおばあさましかおりません。それでも私を本当の家族として、本当の娘として愛してくれます。血筋としての繋がりはありませんが、私は幸せでした」


「でした? 今は幸せではないの?」


「この状況は幸せではありませんから」


「くっくっく、言うねえ~。で? 愛するってどんな感じなのさ。ぼくも親は愛してはいるけれど、他の家庭はどういう風に愛を育んでいるのか興味がある」


「……そう、ですね。いつも頭を撫でてくれたり、いつも挨拶してくれたりでしょうか。あと洋服とか新しく作ってくれたり……」


 どことなく照れ臭そうだ。

 こいつの感情はどうなっていやがる。自分の状況を確認してみろよ。お前は監禁されてるんだぞ。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。

 なんでお前はそんなに幸せそうなんだよ。

 お前には、母親はいないんだろう? だが、ぼくには母親が居たんだ。ぼくの方が断然に恵まれているはずなんだ。


 ぼくは何故だか苛立ちを隠せないでいた。

 この苛立ちの理由はわからない。でも言えることが少女の照れ臭さそうにしていることに関連している。言葉が喉に引っかかってうまく言えない。


 ぼくはハッと我に返る。

 少女は僕をただじっと見ていた。


「あなたは……」


 少女が呟く。

 まるで何かを見通したかのように。


「あなたは、愛を知らないだけだったんですね……」


「はあ? 黙れ。殺すぞ」


「……」


 少女は何かを察したのか口を閉ざす。

 愛を知らない。どういう意味だ?

 その言葉が胸に突き刺さる。とても否定したくなってきた。


「ぼくは愛を知っているぞ。とてもよく知っている。両親からそれはそれは溺愛されていたものだ」


「……」


 少女は何も答えない。構わず、話を続ける。


「良い教育を受け、良い教訓を学んだ。それが愛だ。痛み、苦しみを覚えさせることもまた愛。愛はヒトを狂気に変えてしまう。まさに! まさにぼくの周りは愛で溢れていた!」


 一つ間違えれば、殴られ。

 二つ間違えれば、外に追い出され。

 三つ間違えれば、命の危険に及んだ。

 それが母親の教育方針であり、絶対の愛。


『お前なんか生まれてこなければ良かったのに』


 母親が僕に言った言葉。これもまた愛の形。歪んだ愛の結晶。

 ぼくは耳にタコができるほどに罵声を浴びせた。死ぬと思える暴力も何度もある。

 それでもぼくは生きている。それはつまり母親はぼくを殺す気はなかった。

 殺す気がなかったということは、ぼくを愛していた。ぼくの為に厳しくしてくれていたのだ。


「お前はぼくを知らない。知らないくせに愛を語るなよ。ほら、不快にさせたぼくに謝罪しろ!」


「……すみません」


 少女は謝る。ぼくは寛大なので、許してあげることにした。


「さっきまでは話してた割にだんまりだな。お前、情緒不安定なのか?」


「……」


 少女は答えない。さっき黙れと言ったことを覚えているのだろうか。

 愉快で笑う。基本的に従順なのは嫌いじゃない。

 さて、少し声を張り上げたからかお腹が減ってきた。


「飯にする」


 ぼくは彼女にそう告げて、台所に向かう。

 台所の戸棚を見てみる。食べられそうなのはトマト缶にパスタ。ちなみに冷蔵庫の中身は玉ねぎに人参、合い挽き肉とケチャップが入っている。

 簡単なものではあるが、今夜の献立はミートソースのスパゲッティに決めた。

 彼女の分も含めて多めに作っておく。一人分が二人分になったところで労力に大差ない。


 一人暮らしになったから料理ができるわけではない。自炊ができるのは両親が作らなかったからだ。両親は料理を作るのがめんどくさかったらしく、僕に作らせていた。

 飯を食べさせてやる代わりに料理を作れと僕と両親との暗黙のルールがあった。

 そのおかげでその辺の学生よりかは料理が上手い自信がある。


 さて、スパゲッティができてしまった。

 もう手慣れたものだ。

 しかし、少し焦がしてしまった。ぼくとあろうものが珍しい。


「できたぞ。食え」


 お皿も二人分用意して、テーブルの上に置く。僕はユカリと向かい合うように座る。


「私は、食べれません」


 少女は言う。ぼくは意味がわからなかった。

 折角、用意したというのになんという言い草なのだろう。


 ……いや、待て。

 そういうことか。

 少女の手首は満足に動ける状態ではない。そういう意味で食べれないということか。

 ぼくは一人納得する。何度だって言うが、ぼくは寛大なのである。そういう配慮や、思いやりの心を持っているつもりだ。


「食事のときぐらいは拘束具を取ってやる。感謝するんだな」


「いえ、そういうことではなく……」


「?」


「……私は食べません」


「ほう」


 つまり、他人の料理を食べる気が起こらないということか。

 毒が入っていることでも警戒しているのだろう。あるいは自分のプライドが許さないと考えているのだろう。


「なら好きにしろ。拘束具は外してやる。食べたいときに食べればいいさ」


 結局、少女は僕の作ったスパゲッティを一口も食べていなかった。

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