第2話終わる退屈な日々2
ぼくは天井を見つめている。
数分間、ずっと同じものを見ている。特にすることがなく、見ていた。
しかし、ここはどこだろう。
見慣れぬ天井を見つめ、考えてみる。家に帰ってきていたと思っていたが、気がついたら身に覚えがない場所で横になっていた。
どうやら、ぼくは、木材の建築物の中にいるようだ。懐かしい匂い、どこか郷愁を感じる。しかし、覚えていない。知り合いの家かと脳内で検索をかけてみるが、思い出せない。
まるで、自らの記憶が一部分切り取られたような感覚だった。
思い出そうとすればするほど、またなにかを忘れていくんじゃないだろうか。そんな恐怖に駆られた。
ぼくは頷く。
ここで考えていても仕方がない。とにかくここから出よう。
自分の中でそう結論付ける。もしかしたら、なにかの拍子で想いだすかもしれない。なにか、なにかの引っかりがあればいい。なにかだ。なにか。
立ち上が……れない。
動かない。身体が思った通りに動く様子はない。力を入れてみる。無理だ。
身体全体に、鉄球の重りがついてしまったようだった。
「こんにちは」
誰かがぼくに挨拶する。挨拶されても、ぼくの視界には映らない。声がする方向に振り向いても誰もいない。ぼくの身体は首以外の自由は奪われている。視界を動かす以外に確かめる方法がわからない。
どこからか声が漏れていて、勝手に聞こえてきている。声質はとても無機質で、感情がこもっていない。ロボットのようでいて、作り物めいている印象だった。
こいつがぼくをここに閉じ込めたのか。
いや、こいつが閉じ込めたに違いない。
根拠はない。だが、はっきりと感じる。
「お前が、閉じ込めたんだな。早くここから出してくれ」
「ふふ。まあ、待ってくださいよ。話をしましょう」
「ふざけんな! 殺すぞ。さっさと、僕を解放しろ!」
「殺す……ね。本当はそんなつもりはないくせに」
間違いない。こいつが犯人だ。
こいつが、ぼくを監禁をした。
こいつが、ぼくを拉致をした。
こいつが、ぼくの自由と時間を奪っているんだ。否定をしないというのが、なによりの証拠だ。
苛立ちが湧き出ていた。止められない憤怒の感情が、ぼくの脳内をコントロールしている。
こいつの言葉は一切入ってこない。
「もたもたすんな! ぼくをここから出せ! ぼくは、この退屈な日々を終わらせにいくんだ!!!!」
退屈な日々を終わらせる。つまらない日々を終わらせ、新しい日々へと向かう。向かわなければならない。新しい日々へと。
「ぼくは、退屈な日々を終わらせる。終わらせるために、ここから出る。終わらせるのが、退屈の日々で。この今、一秒一秒が日々を終わらせられない無駄な一秒なんだ」
終わらせる。終わらせる。終わらせる。
退屈な日々を、終わらせる。
「繰り返し言う必要はないですよ。わたしは、きちんと聞いてます。それとも、わざと繰り返しているんですか?」
「何……?」
「繰り返し言い続けることで、自分を自分であろうとしている……。いや、それとも言い聞かせることで記憶を保とうとしている、と言った方が正しいですかね。忘れっぽいんですね。まるで、繰り返し言わないと全部が消えてしまうかのように」
「黙れ! 話を聞いてるのか、おいっ!!」
「あなたは、とても哀れです。普通の人間ならば、自らの目的を果たすため声を張り上げて主張する。都合が悪いとムキになる。圧をかけて、反応を見る。でもあなたは違う。正直いって、滑稽です」
「……ああ?」
「あなたには意思がない。貫き通せる意義がない。なにも考えず、なにも思わない。行動を起こそうとしているだけ。起こさなければならない募る不安、焦り、恐怖。そこに負けているんですよ、あなたは」
心を見透かされたような話し方。自分と対話をしているような違和感。
ぼくは黙るしかなかった。
意思ならある。
声に出そうとしたが、行動することができない。
「目的はあるみたいですが、それだけですよね。目的があるから、意思があると思い込んでいる。いずれ、あなたは自身の全てを消して、忘れて、なくなっていく」
「うるさい。お前は……誰なんだ」
上から目線で発言しやがって。
今すぐにでも襲いかかってやろうかと思った。
「私は、あなたですよ。あなたもあなたです」
無機質な声が淡々と言い放つ。その声質には冗談の欠片さえなければ、それ以上のことを言うつもりはないらしい。言われたことを答えるだけの作業。さっきから声の主の感情が理解できない。
汗が噴き出してくる。叫んで、興奮して分泌された汗ではない。
これは恐怖からきていた。その恐怖が、ぼくに冷静さを取り戻している。
「なにが目的だ? 事の次第によってはただじゃ済まねえぞ」
「目的はありませんよ。あなたが私に問いかけた。だから、答え続けている。そういうことですよ」
「話にならん」
ぼくは吐き捨てる。
こいつに何をいったところで無駄だ。
「勘違いしてもらっては困るんですが、私はあなたに何もしてませんよ」
「何だと」
気がつくと、ぼくは自由に動けるようになっていた。
身体は重いが、手足は問題なく機能している。他の身体の至るところを見ても、何かされた痕はない。
「何の魔法を使った?」
「だから何もしてませんよ。あなたがただ単に動かなかっただけですよ。それよりもいいんですか。あなたにはやるべきことがあるんでしょう?」
そうだった。ぼくは、退屈の日々を終わらせるために。少女を監禁しなければならなかった。
ぼくは立ち上がる。ふらふらと足取りがふらつく。一時的に老人になっているような感覚だ。
「家に帰らせてもらうぞ。ぼくには、ぼくの目的があるからな。ぼくは、寛大だ。今日のことは許しておいてやる」
この部屋から一秒でも早く出ようと歩き出す。
玄関はすぐ目の前にあった。小走りになりながらも、ぼくは出口に向かう。鍵を開き、外に出る。
「ふう……ん。寛大、ね。心のどこかに忘れてはいけないっていう防衛本能でもあるのかな」
背後で無機質な声が聞こえたが、ぼくの耳には届かなかった。
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