第14話 決別と巣立ちの時

僕(桜井 隆之介)は,高校三年夏休み明けの始業式の日に謎の未来人 広瀬 光太郎と彼が使うタイムマシンに出会った。僕はタイムマシンを使って親友の坂本 宏樹の命を救ったのだが,その後大学教授の四宮 香先生と塾講師の高梨 誠先生にそのことを気づかれてしまった。

後にタイムマシンを作る彼らの研究のことを秘密にする口止め料として,僕は想いを寄せる同級生の広瀬 舞とともに,彼らの塾で勉強を教わることになり,先生たちの指導の結果,僕たちは無事に志望する大学に合格したのだ。


そして卒業式の数日後,先生たちは春休みの僕を過去への旅行に誘った。僕はそれを受けて,先生たちのさらに先生に会うために38年前の夏までやって来たのだ。


「ここだな。あと数分ってところか。」


小さな町工場の前に着いた高梨先生は,後ろを歩いていた僕たちに言った。


「そうだね。じゃあ隠れよう。」


「え?何でですか?」


四宮先生が発した提案に疑問を持った僕は,先生に尋ねた。


「驚かすために決まってるじゃないの!早く早く!」


先生は当たり前のように僕に手招きをしながら答えた。

そして僕たちは曲がり角のところで数分間待った。しばらくすると誰もいなかったはずの町工場から,見たことないおじさんが出て来たのだ。


「東郷先生!」


四宮先生がその男性に声をかけた。先生たちは彼の方へ歩き始め,僕もそれに続いた。


「ん?」


東郷先生と呼ばれた男性は,初めは彼に近づく先生たちを怪訝な目で見ていたが,手が触れられるくらいのところまで近づくと、何かに気づいたように目を丸くして言った。


「まさか,お前ら。」


しかし彼が気づいたことを言い終える前に,四宮先生が嬉しそうにその答えを口に出した。


「そのまさかですよ!私たち,先生がいた時間から16年後,つまりこの時代から38年後の未来から来たんです!先生に会うためにタイムマシンを完成させて!」


「やっぱりそうか。」


東郷さんは優しい笑顔を浮かべて相槌を打った。


「はい!高梨くんと協力して頑張ったんですよ!」


「立派になったんだな。悪かったな,急にいなくなって。あれから大変だったろう?」


東郷さんは四宮先生と高梨先生の二人の顔を見ながら,彼らに尋ねた。


「あぁ,正直大変だった。先生がいなくなった時の四宮はかなり落ち込んで,慰めるのが大変だったのなんの。」


高梨先生は懐かしそうにそんな思い出話を語っていたが,その途中で顔を赤くした四宮先生が焦ったように口を挟んだ。


「ちょっと!それは言わない約束でしょ?」


「そんな約束してない。」


高梨先生が冷静にそう答えると,目を細めてその様子を見ていた東郷さんが彼らにさらなる質問をした。


「未来では何してるんだ?」


「俺は先生と同じ塾の講師をしてる。」


「ほー,なるほどな。」


東郷さんは高梨先生の答えを聞いて,頷きながら呟いた。その反応が不満だったのか,四宮先生は高梨先生の現在の情報をさらに詳しく東郷さんに伝えた。


「高梨くん,すごいんですよ。結構厳しく指導して,ほとんどの人が良い結果出してて,結構尊敬されてるんですよ。ね?桜井くん。」


四宮先生が同意を求めたので,僕が頷いてそれを肯定すると,東郷さんは感心したような声で高梨先生に言ったのだ。


「それはすごいな。厳しくするってのは優しくするよりもずっと難しいもんだ。自分の子供でもそうなんだから,他人の子供ならなおさらな。それができるってことが,お前が立派な大人になった証拠だよ。」


「ハハ,ありがとう。」


褒められた高梨先生は頭をかきながら答えた。


「四宮はどうなんだ?16年後では何してるんだ?」


「私は大学教授をしてます。」


「やっぱりそうか。」


東郷さんは予測していたようにそう返した。すると今度は高梨先生が,四宮先生の情報を付け足して東郷さんに報告した。


「東郷先生が教授をやっていた大学と同じところだぞ。」


「本当か?あそこはこの国でも一番の大学だろ。その若さで教授になったのか?」


東郷さんは驚いて四宮先生に尋ねた。


「そうですよ。私は天才ですからね。」


四宮先生は自慢げに答えた。東郷さんは優しく笑って答え,四宮先生と懐かしそうに思い出話を始めた。


「ハハ,懐かしいな。お前と初めて会ってその言葉を聞いたのは,俺にとってはたった一ヶ月前だが,こうして成長してるお前らを見てると変な気分だ。」


「私たちも同じですよ。あれから16年も経ったのに今目の前にいる先生は,夏休みを過ごしたあの時のままですもの。」


「16年か。長いな。いろいろ苦労もしたんだろうな。」


「はい。色々ありました。でも振り返ってみると概ね楽しくて,あっという間の16年でした。」


彼らはしばらくその16年の様子について語り,その話の流れで僕のことも東郷さんに紹介してもらった。いつもはとても大人っぽく見える先生たちも,東郷さんと話している間はなんだか,少し子供っぽく見えた気がした。

そしてその話が僕にとってはつい三日前の出来事に差し掛かった時,四宮先生が東郷さんに言ったのだ。


「そう言えば先生,ビッグニュースがあるんですよ!」


「俺にとってはお前らに会ってからビッグニュースだらけなんだが,まだあるのか?」


東郷さんが興味深そうに聞くと,四宮先生は嬉しそうにそれを彼に話した。


「はい!実は私たち結婚するんです。」


「へー。」


笑顔で伝えた四宮先生とは対照的に,東郷さんは平坦な調子で返事をした。彼らに同じことを聞かされた僕と同じような反応であった。


「もっと驚いてくださいよ。」


四宮先生がそう文句を言ったが,東郷さんは平然と答えた。


「悪いな。そんなには驚かない。16年も仲良く二人で過ごしてて,お前らはもう30歳ぐらいなんだろ?すでに結婚してると思うのが普通だ。」


「やっぱりそうなんですか。」


少し残念そうに四宮先生が相槌を打つと,東郷さんは急に話を変えて四宮先生に質問した。


「それならお前ら,結婚するのに名字で呼び合ってるんだな。36年後は夫婦別姓なのか?」


四宮先生は首を横に振って答えた。


「いいえ。今まで名字で呼んでいたので,その習慣が残っているだけです。高梨くんも二人きりの時は私のことを『香(かおり)』って呼んでくれるんですよ。」


からかうような笑顔で話した四宮先生に,高梨先生がちょっと恥ずかしそうに慌てて注意した。


「おい!それは言わない約束だろ!」


「そんな約束してません。」


四宮先生がさっきの仕返しかのように,冷たく言い放った。


「そんなことを報告しにわざわざ来てくれたのか?」


楽しそうに話す彼らを見た東郷さんが尋ねた。


「いいえ。私は先生にお礼を言いに来たんです。」


「お礼?」


四宮先生の言葉を聞いて彼はさらに聞いた。先生は微笑みを浮かべて,東郷さんにその思いを告げた。


「はい。先生がいたおかげで,私はこの16年間とっても楽しい時間を過ごせました。もしあの夏休みを先生と過ごさなければ,こうして高梨くんと結婚することも無かったし,きっとタイムマシンを完成させることもできなかったと思います。あれから何年経っても,東郷先生は私の恩人です。ありがとうございます。」


そんな先生の言葉に対し,東郷さんも優しい笑顔を浮かべて答えた。


「それはお互い様だ。こっちこそありがとう。四宮がいなければタイムマシンが完成することはなかった。それにお前たちと過ごした夏は,俺にとっても楽しい時間だったよ。」


「エヘヘ。どういたしまして。」


四宮先生ははにかみながら言った。

すると,四宮先生の話が一段落したところを見計らって,今度は高梨先生が東郷さんに話しかけた。


「次は俺の話をしてもいいか?俺からも言いたいことがあるんだ。」


「あぁ。どうぞ。」


東郷さんが促すと,先生は真面目な顔で語り始めた。


「俺が四宮とタイムマシンを作ろうと思ったきっかけは,実は先生をこの運命から救うためだったんだ。だからついこの前までは,タイムマシンが完成したらこの時代に来て,亡くなった先生の家族を助けようかと思ってた。だけどいざそれが完成した時,俺は自分が思っていた以上に四宮のことを大事に考えてることに気づいた。四宮と過ごした時間を失くしたくないと思ってたんだ。」


そこまで言い終えると,彼は腹をくくるように少し間を開けてから,申し訳なさそうに話を続けた。


「東郷先生。四宮との16年間は俺の中で大きくなりすぎた。今の俺には先生の昔の時間よりも,四宮との時間が大切になったんだ。本当にごめん。」


「フフ。そんなに謝るってことは,お前は俺がそれを聞いて怒ると思ってたのか?心外だな。」


真面目に話す高梨先生の言葉を聞いた東郷さんは笑みをこぼしてそう答え,高梨先生のことをまっすぐに見ながら彼への言葉を続けた。


「むしろ嬉しいよ。お前が過去の何よりも大切なものを,未来で見つけたことが。」


そして,今度は遠い目をしてさらに彼らに語り続けた。


「俺にも今のお前みたいに,大切に思うものを持ってた時期が何度かあったんだ。一度は守りきれずに失くしてしまったが,二度目はうまく守れたみたいだ。立派に成長したお前らを見れただけで俺は十分に嬉しいよ。ありがとな。」


「先生,本当にごめん。」


「いいって言ってるだろ。」


高梨先生は再び申し訳なさそうに謝ったが,東郷さんは少しも気にしていないようだった。許してもらえた高梨先生はその後話を切り替えて,東郷さんに言った。


「それならあともう一つだけいいか?先生に提案があるんだ。」


「何だ?」


東郷さんが聞くと,高梨先生はずっと考えていたであろうその内容を東郷さんに告げた。


「俺たちと一緒に未来で暮らさないか?この時代にいても先生は一人だろ?38年後に一緒に帰ろう。」


「待って!高梨くん。ごめんね,私はその意見には反対。」


覚悟を決めて言ったと思われる高梨先生の言葉だったが,東郷さんの答えを待たず四宮先生が口を挟んだ。


「え?何でだよ。お前はこれでいいと思ってるのか?先生は俺たちのために一人でこの時代に取り残されるんだぞ。お前はこの状況のままでいいと思うのか?」


高梨先生は納得いかない様子で四宮先生に問い詰めた。四宮先生は戸惑っているように,言葉に詰まりながら答えた。


「うん,高梨くんの気持ちは分かるよ。私だって,これが完璧だとは思ってない。だけど…。うーん,でもね…。」


僕は四宮先生がそこまで歯切れの悪い返答をするのを初めて見た。少しでも困っている先生の力になろうと思い,僕は彼女に考える時間を与えるため高梨先生に話しかけ,自分の考えを述べた。


「高梨先生,僕も四宮先生と同じです。先生たちの昔のことはよく分からないですけど,僕も高梨先生の言うことは間違ってると思います。」


「何でだ?どうせお前の意見は四宮と同じだろう。言ってみろ。」


高梨先生ははっきりと口にしない四宮先生の代わりに,僕の意見を求めた。僕は彼らの背景を詳しく知るために質問をした。


「東郷さんは僕たちのいる現在から見て,16年前に亡くなったことになっているんですよね?」


「あぁ。俺が高校生の頃に未完成のタイムマシンを使ってな。もちろんこの時代に来てるから死体は見つかっていないが,行方不明って事で処理された後,しばらくして死亡とみなされた。」


高梨先生のその言葉を聞いて,僕が思っていた考えはさらに固まった。不快な想いをさせるかもしれないと思いながらも,僕は高梨先生にそれを正直に告げた。


「それじゃあ,失礼かもしれませんけど言わせてもらいます。僕たちがいる未来に東郷さんの居場所は多分ないと思います。」


先生はすぐにそれを否定した。


「そんな事ないさ。俺たちがいる。戸籍だって生きてることが証明できれば、元に戻してもらえるんだぞ。」


優しい高梨先生なら絶対にそう言うだろうと思っていた。しかし,僕はそんな思いやりに溢れた高梨先生に対して,自分の非情な意見を言い続けた。


「そんな問題ではないです。考えてみてください。もし自分がいきなり16年後の世界に飛ばされたとしたら,高梨先生はその世界で上手く生きていけると思いますか?その間に起きたことや,その間に生まれたものを何も知らないんですよ?僕はそんな状態ではまともにやっていけないと思います。」


「俺がゆっくり教えていけばいいんだ。先生は元から頭がいいからな。すぐに馴染むだろう。」


高梨先生は意地になっているように,僕の意見を再び否定した。

先生の状況を考えれば冷静に見れないのも当然だが,その状態の先生にどうやって自分の意見を伝えるべきか考えていたところで,四宮先生が僕たちのその会話に割って入って来た。


「高梨くん。この16年の間に起こったことや,生まれたものの全てを先生に教えていくつもりなの?そんなの教える側から見ても,教わる側から見ても,並大抵のことじゃない。若いならともかく,50過ぎのおじさんには16年のギャップを埋めるのは難しいと思うよ。」


四宮先生は僕が言った意見を補足するような言葉を高梨先生に言った。

四宮先生はいつものように優しく話していたが,それに対する高梨先生は,それまでの僕への言葉よりもさらに強い口調で反論した。


「四宮。だからって,お前はこのまま先生をここに残していいと思ってるのか?この時代で先生は一人で生きていかないといけないんだぞ。」


四宮先生は渋い顔をしながら,高梨先生を諭すように話を続けた。


「うん,高梨くんの気持ちも分かるよ。私もこれが完璧の方法だとは思ってないって言ったでしょ?でもね,先生は一度この時代に生きてるのよ。私たちにとっては何も分からない時代だけど,先生にとってはそうじゃないの。」


四宮先生の話はまだ終わっていなかったようだが,その途中で高梨先生はそれに割り込み,声を荒げながら意見した。


「つまりお前は,俺たちと一緒に未来で暮らすよりも,一人でこの時代で暮らす方が先生にとっては幸せだって言いたいのか?ここにはタイムマシンを知る人間は誰もいない。先生とのあの思い出を共有できる人間は誰もいないんだぞ!」


高梨先生のその厳しい口調は,四宮先生に分かって欲しいという気持ちの表れだったのだろうと思う。共に東郷さんとの時間を過ごした相手だからこそ,理解されないことが悔しいのかもしれない。

そして高梨先生の気持ちに対抗するように,四宮先生も声を荒げて彼に反論し始めた。


「私たちだって先生と全く同じ思い出を共有できてるわけじゃないじゃない!16年の間が空けば嫌でも記憶は薄れていくし,いくら変わらないでいようと思っていても,私たちはあの頃とは違ってる!昔と同じように接しようとしても,16年の時間を過ごした私たちではどうやってもそれは無理なのよ!私だって,できれば昔と同じように先生と過ごしたいと思ってる!でもそれは無理なの!私たちの勝手なわがままなのよ。どうすれば先生のためになるのかを考えてみてよ。お願いだから。」


「だけど!」


四宮先生の頼み込むような言葉を受けても,高梨先生はさらにその言い争いを続けようとしていた。僕はそれまでのやり取りの中で何度か彼らを止めようと思っていたが,それはできなかった。ただただ見ていることしかできなかった。

彼らが争っていることの根源である,東郷さんと過ごした時間というものを僕は知らないからだ。その僕が何か言ったところで火に油を注ぐだけ。この言い争いを止められる人物は,おそらく一人しかいないだろうと思っていたのだ。

僕は先生たちの喧嘩を止めてくれるのを期待して,その人物の顔を見た時,偶然にも彼と目が合った。何思ったかは知らないが,彼は僕に向かって少し微笑みを浮かべた後で,口喧嘩をし続けていた先生たちの間に入ってそれを止めたのだ。


「お前ら,久し振りに俺に会ったっていうのに,喧嘩するなよ。」


強い口調で争っていた二人は一旦をその声を止め,二人揃って東郷さんの方を見た。それを確認して東郷さんは二人に向かって呆れたように話した。


「何より,俺がこれからどうするかなんてお前らが決めることじゃない。俺が自分で決めることだ。」


「そうですね。取り乱してごめんなさい。先生はどうしたいですか?私たちはそれに従います。」


短時間の間にすっかり落ち着いた四宮先生が東郷さんに尋ねた。彼ははっきりと先生たちに自分の考えを告げた。


「この時代に残る。もちろん歴史を大きく変えるつもりもない。」


「どうしてさ?四宮たちが言ったことなら気にしなくていいぞ。」


高梨先生は不満げに質問し直した。


「いいや。四宮とその少年が言ったことは正しい。あれから16年後の世界がどうなってるかなんて想像もできんし,それまでの歴史を全部勉強できる気もしない。寂しいが,16年間未来で過ごしたお前らと俺の間に差ができているのも事実だろう。これ以上無意味に時間の流れを引っ掻き回すわけにもいかないし,何よりお前ら結婚するんだろ?そんな時に俺が邪魔するのも申し訳ない。」


「そんなこと気にしなくていい。俺たちはずっと一緒に住んでるんだから,結婚したって何か変わるわけじゃない。」


高梨先生は東郷さんを説得するように言ったが,それはすぐに一蹴された。


「俺が気にするんだよ。でもお前の言葉は嬉しかったよ。気持ちだけもらっておく。それにそんなに心配しなくても,四宮が言ったように俺にとっては昔生きてた時代だからな。これからの生き方はいくらでも思いつく。」


「そうか。先生がそう言うなら,無理にとは言わない。こっちでも頑張ってくれ。」


高梨先生はまだ諦めきれていないようだったが,しぶしぶそう答えてその場は落ち着いた。


その後,先生たち三人はこれから何をするかについてをしばらく話していた。


長い間彼らは楽しそうに話していたが,話の区切りがついたところで,四宮先生が言った。


「高梨くん。そろそろ未来に戻ろうかと思うんだけど。」


「えー。まだ早いだろ。」


高梨先生は文句を言ったが,東郷さんは四宮先生の言葉に賛成した。


「いや,さっさと帰った方がいい。俺の気持ちが変わるとまた話が面倒だろ?」


「じゃあもっと話さないといけないな。」


「馬鹿言うな。最後にそこの少年とも少し話してもいいか?」


高梨先生の冗談をバッサリ否定してから,東郷さんは僕の方を見てそう言った。


「僕ですか?」


そんな展開になるとは思ってもみなかった僕は,彼に確認の言葉をかけた。


「あぁ,お前の先生たちには秘密の話があるんだ。」


「はい。いいですけど。」


そう答えると,東郷さんは手招きして僕を先生たちから少し離れた場所に誘った。


「え?何?私の悪口とか言うんじゃないですよね?」


「秘密だよ。」


四宮先生にそう言い放って,東郷さんは先生たちに聞こえないように小声で僕に話し始めた。


「なぁ,少年。お前はあいつらに信用されてるみたいだな。」


「そうなんですかね?」


実感のないことを言われた僕は質問で返した。東郷さんはそれに自信を持って答えた。


「絶対そうだ。タイムマシンを使って一緒にここに来てることが何よりの証拠だ。それに四宮と考え方も似てると思うぞ。」


「はい。それは言われます。」


「だろう?そんなお前に頼みがあるんだが,聞いてくれるか?」


「僕にできることであれば。」


そう答えると,東郷さんはその内容を僕の目を見て話した。


「簡単だ。あいつらが困ってる時には,手を貸してやってほしい。お前のできる限りでいい。あいつらの助けになってやってほしいんだ。」


そして,離れた場所で楽しそうに会話をしている先生たちをチラリと見た後,話を続けた。


「お前にとってあいつらは立派な先生かもしれんが,ついさっきまで昔のあいつらを見てた俺にとっては,まだまだ子供で不安なんだ。だが38年前からじゃ何もしてやることはできないからな。俺の代わりとは言わないが,あいつらのこと頼めるか?」


「はい。任せてください。」


彼が先生たちのことを本当に心配していることが分かり,僕は彼の不安を少しでも取り除こうと思って,自信満々に見えるようにそう答えた。


「いい返事だ。今日のところは俺があいつらの喧嘩を止めてやったが,次はお前が止めるんだぞ。」


「頑張ります。」


あの喧嘩を止められるかという具体的な話をされると,一気に自信を無くしてしまいそうになりながらも,僕はなんとか前向きにそう答えた。


その話を終えると,僕と東郷さんは待っていた先生たちのところへと戻った。


「待たせたな。」


「それじゃあ桜井くん,帰ろうか。東郷先生,今までありがとうございました。」


四宮先生が東郷さんにそう言ってお辞儀をした。


「あぁ。」


東郷さんは考え事をしているように,どこか遠くを見ながら相槌を打った。そしてすぐに先生たち二人を見直して語り始めたのだ。


「高梨,四宮。二人とも,俺がいない未来で生きていくことを不安に思っているのかもしれないから,最期に自信が持てるようなことを伝えておく。」


そう前置きして,彼は先生たちへの最期の言葉を告げた。


「お前らは俺が自分だけの意思で,俺の家族を助けずにお前らの未来を選んだと思ってるんだろ?実は違うんだ。お前らに会うまで俺は迷ってた。自分の家族を救って歴史を変えるべきか,お前らとの時間を守るために変えないべきか。だが,今の楽しそうな姿を見て決心がついた。お前らが俺のいない中で頑張った16年間を無駄にするわけにはいかないと,成長したお前らを見て初めて気づいたんだ。」


先生たちと過ごした時間を思い出しているように,東郷さんはどこか遠い目で語った。先生たちは真剣な表情で黙ったままその話を聞き続けた。


「つまり,お前らは俺の気まぐれなんかじゃなく,自分たちの力で自分の未来を切り開いたってことだ。十分すごいことだぞ。今でもお前らは俺の自慢の教え子だよ。自信持って生きていくといい。俺からの言葉は以上。これで最期だ。」


「はい。先生も私たちにとってはずっと一番の先生ですよ。ありがとうございます。」


嬉しそうに四宮先生は答えた。


「こちらこそ,ありがとう。また会おうなんて言わないぞ。これで本当にお別れだ。さようなら。」


東郷さんはそう答えて,僕たちに背を向けて歩き始めた。


「はい。お元気で。ありがとうございました。」


「ありがとうございました。」


四宮先生と高梨先生は震える声で,彼の背中に向かって別れを告げた。


そうしてその後の僕たちは,再び四宮先生のおじいさんが所有していたという倉庫に戻り,タイムマシンを使って38年後の現在に帰って来た。


現代に戻って着替え終えた僕は電車で帰ろうとしていたが,高梨先生に呼び止められ先生の車で家まで送ってもらうことになった。


「今日はありがとう。38年前では四宮の長話の相手もしてもらって悪かったな。お前らが高校卒業して頻繁に会うことが無くなるから,四宮も寂しく思ってるんだと思う。」


先生は運転しながら助手席の僕に話しかけた。


「いいえ,もう慣れたものですよ。それに僕も少し寂しいです。」


「そうか。じゃあ,俺からも一つだけ言っていいか?四宮ほど長くはならない。」


「それならどうぞ。」


いろいろあって疲れている状態なので,四宮先生ほど長くて重い話になるなら断ろうかとも思ったが,先にそれを否定されたため僕はそれを受け入れた。


「四宮は物事の良い面と悪い面を見ろって言ってただろ?俺は人間も同じだと思うんだ。お前のこれからの人生で,もしずっと一緒にいたいって思うような人が現れた時,その判断が正しいかどうか分からないこともあるかもしれない。そんな時の基準として俺が思ってることを教えてやる。」


「はい。」


「自分の悪い面を見てくれている人であれば間違いないぞ。良い面を理解してくれている人も悪くはないが,そういう奴は不意に気づいた相手の悪い面に幻滅してどっかに行っちまうこともある。その点,既に悪いところを見てくれてる人であれば,これから良いところをたくさん見せればいい話だろ?」


「なるほど。」


先生たちの関係を思い浮かべていた僕は,それを聞いて少し納得した。彼らがそうなのだ。お互いの悪いところを知っているからこそ,フォローし合って成長してここまでやって来たのだろう。

その関係が羨ましく思った僕は,次に舞に会ったときには僕の悪いところを聞いてみようと思った。きっとたくさん言ってくれるはずだ。


「俺が今のお前に教えられるのはこれくらいだ。勉強は大学に入ってからの方が大変だからな。これからも頑張れよ。」


「ありがとうございます。」


そしてその話題は終わり,僕たちは家の前に着くまでの時間をほぼ無言で過ごした。


「短い間でしたが,ありがとうございました。」


家の前に着いて,車を降りる前に僕は先生にお礼を言った。


「こっちこそありがとう。君らに勉強を教えられて楽しかったよ。また退屈することがあったらいつでも来るといい。四宮はきっとお前のことを歓迎するよ。」


「ありがとうございます。」


再びそう言って僕は先生の車から降りた。そして走り去る先生の車を見送って,僕の二度目の時間旅行は終わった。



僕は先生たちに向けた東郷さんの最期の言葉を聞いた時,少し前に四宮先生にも同じように言われたことを思い出した。

だがそれだけではなかった。東郷さんから滲み出る優しさや強さ,面倒見の良さや口の悪さまで,ほとんど全てにおいて,僕は先生たちに似ている部分を感じたのだ。僕は先生が東郷さんの教え子であった時期は知らないが,それでも先生たちが東郷さんのことを大事に思っていたという事がはっきりと分かったくらいだ。


四宮先生たちの教え子である僕はそうなれているのだろうか?

おそらくなれていないだろうが,まだ時間はある。高校を卒業したからと言って先生たちと会えなくなるわけではないのだ。東郷さんに任された責任もあるため,僕はこれからもたまに先生たちに会いに行くつもりだ。


とりあえず,僕は今日あった出来事を詳しく思い返しながらこの日を終えた。次に卒業旅行から帰って来た舞に会ったとき,今日のことを自慢してやろうと思ったのだ。



つづく

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