第11話 本当のことを教えて。

俺(高梨 誠)は15年前の夏に自称天才中学生の四宮 香と出会ってから,彼女と共にタイムマシンを作り続けている個人経営の塾講師だ。当時高校二年生だった俺も今となっては32歳になり,中学三年生だった四宮は30歳の若さで有名大学の教授をしている。

ある高校の夏休み明けの始業式の日,俺たちはそこに現れた未来人とともに,タイムマシンを使って過去に戻った高校生を発見した。桜井 隆之介という彼の協力により俺と四宮のタイムマシン開発は大きく進み,そのお礼と研究に関する口止めを兼ねて,俺たちは高校三年生の彼と彼の想い人である広瀬 舞という女の子の受験勉強を手伝う約束をしたのだった。


桜井くんたちに会ってからおよそ半年が経った。

桜井くんと広瀬さんの大学受験は無事に終わり,二人は同じ大学の法学部と教育学部に進学することにしたらしい。


今日は三月一日。彼らの高校の卒業式が行われる日であり,俺にとっては人生を左右する分岐点かもしれない日だ。


俺は桜井くんの高校の前に車を停めて,卒業式を終えた彼が出てくるのを待っていた。しばらくすると,卒業証書などの荷物を持った彼が門から出て来て,俺の車に気づいた途端に真っ直ぐにこっちに向かって歩いて来た。俺が車内から合図すると,彼は助手席のドアを開けて中に入った。


「お待たせしました。」


「構わんよ。卒業おめでとう。」


「ありがとうございます。」


彼はそれほど嬉しがる様子も見せずに,淡々と答えた。きっと彼の意識は,すでにこれから始める計画の方に向いているのだろう。

俺は彼とその計画を実行するために,こうして迎えに来ていたのだ。その内容を詳しく説明するには,半年ほど時間を遡る必要がある。俺は車を走らせながらそのことについて思い起こした。



それは去年の夏,彼らが夏休み明けの始業式の日に学校中を巻き込む騒動を起こした四日後のことだった。俺と四宮は,当時まだ製作中だったタイムマシンが本物であることを桜井くんに証明するために,ある実験を行った。その実験は,未来の自分たちから彼が発言する内容のノートを送ってもらい,彼が話すと同時に俺たちもノートを見て同じ内容を話して彼を驚かす,というものだった。

それは四宮のいたずら心から生まれた簡単な実験のはずだったのだが,それを見た桜井くんの疑問によってその目的は大きく変わってしまった。彼を驚かすことに成功した後,四宮が新しいノートに彼の発言を書いてさらに過去の俺たちにノートを送ろうとした時,桜井くんがこんな疑問を放ったのだ。


『そのノートを送らなかったらどうなるんですか?』


もちろん俺たちがノートを送らなければ,過去の俺たちがその実験をできなくなってしまい,過去と未来の行動に矛盾が生まれる。こんなことは普通ならあり得ない筈だが,タイムマシンを作った今ならあり得てしまう状態なのだ。

そしてその疑問についての四宮と桜井くんの考えはまるっきり正反対だった。四宮の意見は,過去が改変されるとそれに合わせて世界が再構成されるという推測であったのに対して,桜井くんの意見は,過去を変えようとしても人間は自然に時間の流れ通りの行動をしてしまう,という時間移動の経験から得た考えであった。つまり,四宮の過去を変えることができる説と,桜井くんの過去は変えられないという説,ざっくり言うとその二つに分かれたわけである。

その時点ではどちらの説が正しいか確かめることはできなかったため,実際にノートが送られてきた日に送らないという選択ができるか試してみよう,という結論になった。


そのノートを送った日というのが三月一日。つまり今日である。ノートの実験をした時点の俺はどちらかといえば四宮の説を支持していたため,ノートは送らないつもりでいたのだが,今日の俺はこうして桜井くんと共に行動している。今を大事に思う彼の言葉を聞いたり,四宮のことを考えて気が変わったのだ。

ノートを送ることで四宮による過去改変を阻止し,今の時間を守る。それが桜井くんと俺が今日行おうとしている作戦である。



「それで,今あのノートはどこにあるんですか?」


俺が今日の計画について思い出しながら運転していると,隣の桜井くんが尋ねた。


「昨日の段階で研究所の机にあったのは確認してる。タイムマシンも動かせる状態だ。四宮も今日は大学に行くって言ってた。」


俺はそう報告し,続けて彼に最後の意思確認の言葉をかけた。


「確認だが,ノートが去年の8月に送られれば,過去は一切変わらないってことだよな?」


「はい。僕たちが過去に経験したことと同じことをやるわけですから。でも今日の実験で守れる時間はあくまでも8月から今までのことだけです。今後同じような時間改変の実験が行われないためには,時間の改変が不可能だという事を四宮先生に納得させないといけません。もちろん高梨先生にも。」


彼はすぐにそう答えてくれたが,その言葉には少し不安があるように感じた。おそらく俺が心変わりをして,四宮の味方をしないかが心配なのだろうと思い,俺は今の自分の考えを彼に告げた。


「俺は大丈夫。今ではお前の説に賛成だよ。一時期は過去を変えたいと思ってたが,今では全く逆だ。これまでの時間をなかった事にさせるわけにはいかないと思ってる。」


「そうですか,良かったです。四宮先生もそう思ってくれるといいんですけどね。」


安心したように彼はそう答えた。だが自分で言った言葉に対して,違和感を覚えた俺は桜井くんに尋ねた。


「でも桜井くんの説が正しいなら,俺たちと同じように四宮も今の時間を保ちたいって思ってるんじゃないのか?」


俺のその質問に,彼は少しだけ黙った後で答えた。


「希望的観測をすればそうですね。でも僕の説が本当に正しい証拠もないですよ。僕と高梨先生の二人だけでは,証拠としてのデータが少なすぎます。」


「なるほど。四宮の説が正しい場合,俺たちはたまたま過去を変えたくないという考えに至っただけ。だから四宮が過去を変える考えを持ち続けている可能性は十分にあるわけか。」


彼の答えを聞いた俺は口に出しながらその考えを整理して,理解したことを桜井くんに伝えた。そして彼はまたすぐに答えた。


「そうです。この際,僕の説が正しいかどうかとか,真実がどちらかなんてどうだっていいんです。四宮先生に時間の改変が不可能,もしくはするべきではないことだと思わせる事。それだけが重要だと思います。」


「だから俺に協力を求めたってことか?」


これから四宮と対立するかもしれないというのに,やけに堂々と話す彼の様子を見て,俺は徐々に彼の魂胆が見えてきたためそう聞いた。すると桜井くんは,申し訳なさそうに謝って答えた。


「すいません,そうです。僕が言うより高梨先生が言うことの方が四宮先生は信じるんじゃないかと思ったので。嫌ですか?」


俺を利用するような手段を使うことを後ろめたく思ったんだろうが,俺は別に怒ってはいなかった。むしろ賢明な判断だと思った。俺が彼の立場でも多分そうするだろうし,俺が彼の歳ならば考えもしなかったかもしれないと感心したぐらいだ。俺が思いもよらない方法を思いつくのを見ると,彼は俺の教え子であると同時に四宮の教え子でもあることを実感させられた。

そんな彼が俺を信じてくれているのだ。期待に応えないわけにはいくまい。俺は桜井くんの不安を払拭するために彼の言葉に答えた。


「いや構わない。あいつのことは俺に任せろ。」


「お願いします。」


彼は暗い表情を明るく変えてそう言った。


そしてしばらく車で移動して,俺たちはタイムマシンがある研究所,もとい倉庫にやって来た。

しかし俺はその目の前に来て初めて,俺が四宮を説得する段取りを詳しく決めていなかったことに気づいた。そのため,俺は駐車しながらそれを考えていそうな桜井くんに質問した。


「それじゃあ,これからタイムマシンで未来予知ノートを去年の8月に送った後,四宮に会いに行くって流れか?」


すると彼はすんなりと答えた。


「はい。でも僕の予想が正しければ,わざわざ四宮先生に会いに行く必要は無いと思います。」


「ん?どういうことだ?」


意味深な答え方をされたので俺は桜井くんに聞き返した。すると彼は,俺たちが研究所と呼ぶ目の前の倉庫を指差して言った。


「多分四宮先生はこの中にいます。」


彼の言い回しに『名探偵かお前は。』と俺は心の中で突っ込んだ。しかしその推理は見事に当たっていたことがすぐに分かる。


車を降りた俺はまず,その倉庫の入り口の鍵を開けて入ろうとしたのだが,中に誰もいないはずなのにそのドアに鍵はかかっていなかった。

怪しみながら中に入るとその中は電灯が付いておらず,光源は窓から差し込む日光のみで薄暗かった。しかしそんな中でも,巨大なタイムマシンの前の椅子に座っていた人物は,俺を待っていたかのように入口の方を見ていたため,すぐに目が合った。


「やっぱり来たんだね。二人とも。」


その声の主はやはり四宮だった。彼女は俺が中に入った直後にそう言った。しかし彼女がそれを言った時にはまだ桜井くんの姿は見えなかったはずだった。彼と同じく,四宮も桜井くんが俺といることを推測していたのかもしれない。


「やっぱりいたんですね。四宮先生。」


俺の後から入って来た桜井くんが四宮に言った。すると四宮は彼に話しかけた。


「桜井くん,まずは卒業おめでとう。」


「ありがとうございます。」


彼は俺が言った時と同じく,彼女のお祝いの言葉を素っ気なく返した。四宮はそれを気にする様子もなく,話を変えて俺たちに質問してきた。


「少し話そうか。高梨くんたちはここに何をしに来たのかな?」


「分かってることを聞くんじゃない。過去に起こったことを辿りに来た。これからノートを8月のあの日に送るぞ。」


ここで俺たちを待っていたことから,四宮はとっくに俺がしようとしていることに気づいているだろう。そう思ったため,俺は彼女の質問にそう答えた。そして彼女はさらに俺への質問を続けた。


「どうしてそう思ったの?昔はあんなに過去にこだわってたのに。」


俺は用意していた答えを彼女に告げる。それをこの場で言うことはここに来るまでの車内で決めたことだが,内容は数ヶ月前から彼女に言おうと思っていたことだ。彼女を説得することは桜井くんから任された任務でもあるため,俺は彼女の心に響くように少しだけカッコつけて話した。


「お前のためだ。お前にはタイムマシンが必要だと俺は思う。もし過去が変わって俺たちが先生に会わなければ,お前は今のようにタイムマシンを作れず,父親の会社で働いているか,もしくはその会社のエリートと結婚して退屈な人生を歩んでたんじゃないかと思ってな。」


出来るだけ上手く話したつもりだったのだが,残念ながらそれを聞いた四宮の反応はあまり芳しくなかった。彼女は不服そうに首を傾げて唸った後で,さらに俺に質問をした。


「うーん。私のためを思ってくれてるのは嬉しいけど,本当にそう?」


「本当にそうだよ。」


俺はそう即答したが,彼女はイタズラっぽい笑顔を浮かべてまた聞いてきた。


「ホントにホント?」


「あぁ。」


俺が頷いて肯定すると,彼女はニヤニヤしながらさらに聞き返す。


「ホントにホントにホント?」


「何だよ!信じられないのか?」


ニヤニヤしながら『ホント』の数をどんどん増やして聞いてくる四宮のことが,少しだけ面倒くさくなった俺はそう言ってその無意味なやりとりを一旦終わらせた。

すると彼女は何度も聞き返してきた理由を俺に伝えた。


「だって,私のためだって言うならあのノートを送るかどうかは関係ないでしょ?先生の過去さえ変えなければ,私は高梨くんと先生に出会えて,タイムマシンも作れたんだから。あなたの行動と今の発言は矛盾してる。高梨くんは,本当は何を思ってここに来たのか教えてくれる?教えて?本当のこと。」


それを言った四宮は,話し始めこそまだニヤニヤして軽く話していたが,だんだんと真剣な表情になり,最後には俺に頼むような口調になった。

悔しいが四宮の言う通りであった。もちろん彼女のことを思ってというのもあった。それも嘘ではないのだが,一番の理由は違う。桜井くんがいる前でそんなことを言うのは気が引けたため,建前を言ったのだ。おそらく,いや十中八九,四宮は俺の本音が分かっている。あの笑顔を俺に向ける時は昔からそうだ。分かった上で聞いているので,その理由を言うまでは何を言っても話がこれ以上進まないだろう。延々と『ホント』という言葉の数が増えていくだけかもしれない。仕方がないので,俺は意を決して一番の理由を彼女に伝えることにした。


「本当の理由は,今のお前との時間を無くしたくなかったから。俺が一緒にいたいと思ってるのは,今のお前。桜井くんに未来のことが書いてあるノートを見せて驚かせた後,タイムマシンのことを彼と一緒に考えて,その結果彼と広瀬さんに勉強を教えることになったお前。ノートを送らなかったところで大して変わらないかもしれないが,それでも今のお前じゃなくなるかもしれないと思うと嫌なんだ。これまで楽なことばかりじゃなかった。苦しいことも悲しいことも,遠回りしたこともたくさんあったが,俺は今の記憶にある思い出を過ごしたお前のことが好きなんだ。代わりの思い出では駄目だと思ったから,俺は過去改変を阻止する。これで満足か?」


俺は半ばヤケクソに言い切った。どうせいつか言うつもりだったが,まさか桜井くんの前で言うとは思っていなかったのだ。ぐだぐだやっても四宮は納得してくれないだろうから,俺は恥ずかしい気持ちを抑えて言い切ったのだ。その甲斐あって,俺の言葉を聞いた四宮の反応は先ほどとは全く違うものになった。彼女は嬉しそうな笑顔で答えたのだ。


「うん,ありがとう。それが高梨くんの意見ってことだね。」


「そうだ。東郷先生には申し訳ないが,今の俺は先生よりもお前と過ごして来た時間の方が大事なんだ。だからたとえお前が嫌がっても,俺はノートを過去に送ろうと思う。」


俺は彼女の言葉にそう答えた。四宮が俺の告白に笑顔で答えてくれた時に,俺はこの計画の成功を確信していたため,その言葉にも彼女は優しく返してくれると思っていた。

なにしろ自分の生徒の前で愛の告白をするという,辱めを受ける行為を告白相手に強制させられ,身を削りながら行動した結果,ようやく笑顔でそれを受け止めてもらえたのだ。だから俺は自分の言葉で彼女を上手く説得できて,無事に未来予知ノートを過去に送ることができるようになったのだと思っていた。しかし彼女は俺の予想を裏切り,申し訳なさそうな表情でこう言ったのだ。


「そう。あなたたちがそう思ってるなら,私は一つ謝らないといけないことがある。残念ながらここにあのノートはもうないの。」


俺には彼女の言ったことが何を意味するのか理解できなかった。その意図を聞こうとしたが,質問する言葉を混乱する頭の中で選んでいる間に,彼女は話を続け始めた。そして今度は先ほどのような幸せそうな笑顔を浮かべながら,俺に言ったのだ。


「でも嬉しかったよ,高梨くん。私も同じ気持ちだったから。あなたと過ごした日々はどれもこれも無くしたくないもので,これまでの全ての瞬間が宝物みたいに大事だと思ってた。苦しいときも悲しいときも,もちろん楽しいときも,いつも一緒に過ごしてくれたあなたのことが,私も好きです。」


「いやいや,ちょっと待て。」


何やらとても嬉しいことを言われたようだが,この状況で言われても,ちゃんとそれを噛み締めながら聞くことはできない。なので,彼女の言葉が一段落したところで,悪いと思いながらもそう言って話の流れを中断させてもらった。


「何?嬉しくないの?」


話を遮られた四宮は不満そうにそう言った。彼女のその態度も当然だとは思う。先に告白した身としては,勇気を出して口にした告白の言葉をまともに受け入れてもらえずに,ムッとくる気持ちは痛いほど分かる。

お前の気持ちは分かるが俺が告白に集中できない原因も,その前にお前が言った言葉なんだ。その気持ちを伝えるため,俺はなるべく彼女を傷つけないように,言葉を慎重に選びながら口に出した。


「好きだって言葉はもちろん嬉しい。俺もお前が好きだから。だが気になってるのはその前だ。ノートが無いってどういうことだ?」


さっきヤケクソになってまで言った言葉が,状況が違えばこうも簡単に言えるものなのかと自分でも驚いた。


「まだ気づかないの?桜井くんなら分かるでしょ?」


彼女は呆れたように俺に聞き返し,俺が答える前に桜井くんに話を振った。すると俺のすぐ近くの椅子に座り俯いていた彼は,顔を上げ確認するように四宮に言った。


「四宮先生がもう送ったってことですか?」


「正解。」


四宮は笑顔で彼にそう言った。

俺はまだ現状を理解できていないが,それよりも自分の先生たちの告白を目の前で聞いた後で,いつも通り冷静に答えられる桜井くんも信じられないと思った。

だがそういえば彼は高校の三年間,教師や同級生からのプレッシャーを無視し続けていたような,周りの環境を気にしない男だったのだ。大好きなSFじみた謎の前では,こんな状況は取るに足らないことなのだろう。その証拠に桜井くんは四宮の告白の途中であったにも関わらず,彼女に次の質問を投げかけた。


「それについては僕にも説明してください。それなら,僕が何もしなくても過去が変わることは無かったってことですか?」


四宮は少し悩むような素振りを見せた後,彼に授業をする時のような優しい口調で答えた。


「うーん。結果的にはそう見えるけど,完全にそうとも言えない。あなたたちがいなかったら,こんな考えにはならなかったのかもしれない。正直何とも言えない。でも感謝はしてる。高梨くんの説得もやってくれたんでしょ?あなたが自分の未来を自分で守ろうとした事実は変わらない。あなたは立派なことをしたと思うよ。」


「まぁ,結果は同じなので良かったですけど,なんか損した気分です。」


納得していない様子でそう答えた彼に,四宮は軽い口調で謝ってそれまでの行動を説明した。


「ごめんごめん。私がノートを送るのが早すぎたんだよね。でも,あなたたちがノートを送る目的で来るとは限らなかったから。早めに送った方が確実だと思ったのよ。」


そのやり取りを聞いて,ようやく俺にも今の状況が理解できた。つまりは,初めから四宮に過去を変える気は無かったのだ。8月の時点ではあったのかもしれないが,俺と同じようにあれから今までの間で,気が変わったのかもしれない。だから過去を変えないために,四宮はノートを8月に送ったのだ。俺がまだ過去を変える気でいた場合,それを実行させないようにするため,俺たちが来る前に。

なるほど,そういう事か。 と俺が二人よりもワンテンポ遅れて納得していた間に,四宮が桜井くんとの話を続けた。


「お詫びってわけじゃないけど,桜井くんに会わせたい人がいるよ。」


「誰ですか?」


と彼が尋ねた時,まるでタイミングを図っていたかのように,入口のドアがノックされた。


「どうぞ。」


四宮の言葉を聞いて入って来た人物は,桜井くんの想い人である広瀬 舞さんだった。


「舞?なんでここに?」


驚いた様子の桜井くんは広瀬さんに聞いた。


「桜井くんがここにいるって四宮先生に言われたから。」


倉庫に入って来た彼女は,桜井くんの質問に答えながら,四宮の背後にある巨大な機械を見て呆気にとられている様子だった。そのため,少しの間それをじっと見た後,彼女は四宮に質問した。


「それで,これはなんですか?」


「タイムマシンだよ。」


英語の例文でしか聞かないような質問に四宮は,短くハッキリと答えた。


「タイムマシン?タイムマシンってあのタイムマシン?本気で言ってるんですか?」


現実味の無い単語を言われた広瀬さんは,疑うように四宮に何度も聞き返した。これが一般的な反応だと思うが,俺には彼女の反応が新鮮だった。

桜井くんは一度タイムトラベルを経験しているために,一目見た時からこれが本物だと信じていた。16年前に,俺と四宮が東郷先生の作ったタイムマシンを初めて見た時も,理論を理解していた四宮は全く驚いていなかった。つまり俺が知ってる人間の中で,今までタイムマシンを初めて見た時,その存在に驚いて疑ったのは俺だけだったのだ。俺と四宮と桜井くんの中でも唯一俺だけが違った反応だったので,もしかしたら俺が変なのかなと思い始めていたのだ。しかしやっと俺と同じような反応をする人を見つけられたので,内心少しホッとした。


「信じてもらえないなら,信じなくてもいいよ。今はこれ動かせないしね。」


疑う彼女に四宮はそう言った。


「いえ,一旦信じることにします。先生たちがそんな嘘をついても何の得にもならないと思うので,とりあえず信じます。でもそれなら,何で私が呼ばれたんですか?」


広瀬さんは無理やり納得するように頷きながら答えた。おそらくそうしないと,収拾がつかないことを悟ったのだろう。


「それはもういいの。ごめんね。でも来てくれてありがとう。」


「教えてくださいよ。気になります。」


何やらはぐらかそうとする四宮に広瀬さんは聞き続けた。俺も広瀬さんが来た理由は知らないため,聞きたいところだったのだが,四宮はそれでも何故かその話を終わらせようとしていた。


「あとで桜井くんに聞いてみて。舞ちゃんに限ってはもう口止めはしないから。」


「え?いいんですか?話していいことじゃないんじゃ。」


再びいきなり四宮に話を振られた桜井くんが,面食らったような反応を見せて尋ねた。四宮はそれに笑顔で答えた。


「大丈夫。私はあなたたちを信じてるから。他人に喋ったりしないでしょ?」


四宮は広瀬さんにタイムマシンの説明をしていい理由をそう言ったが,俺は俺たちのことを心配してくれている桜井くんはその説明では納得しないだろうと思った。なので,四宮が何故自分で話そうとしないんだろうと思いながらも,具体的な説明をして彼女のフォローをした。


「それに,四宮がタイムマシンを作ったことはもう世界の然るべき人たちには広まってる。今更他人にできることはほとんどないだろう。」


「ありがとう,高梨くん。そういうことだから。来て早々なんだけど,あなたたちはもう帰りなさい。 私たちは片付けなきゃいけないことがあるから。」


俺に礼を言った後,四宮はそう言って彼らを帰そうとしていた。


「そうですか?それじゃ失礼しますね。私も桜井くんと話したいことがたくさんあるので。」


その対応に彼らは不思議に思っただろうが,広瀬さんは桜井くんに話すことがあるらしいので,そのまま帰ることに決めたようだった。


「そうだね。大学入学までは時間もたくさんあるんでしょ?いっぱい話すといいよ。」


「じゃあ,失礼します。ありがとうございました。」


急かすように四宮に見送られた広瀬さんはそう言って俺たちに会釈をして,外に出て行った。桜井くんがその間終始無言だったのが少し気になったが,多分彼女に話すタイムマシンの説明のことを考えていたのだろう。



彼らが出て行った後,俺と四宮だけになった倉庫内には数秒の静寂が流れた。


「それで?彼らを追い出してまで片付けなきゃいけないことって何だ?」


直前の四宮の行動に違和感を覚えていた俺は,桜井くんたちが戻って来ないのを確認してから彼女に尋ねた。


「うん。私の告白の途中だったからね。やっぱりあの子たちがいると恥ずかしいから。」


四宮は俯きながらそう言った。もしかしたら告白のことは彼女の中で忘却の彼方に消えたのかと思っていたが,覚えていたようでホッとした。


「まだ言うことがあったのか?」


俺はまともな状態ではなかったが,ついさっき四宮は俺に好きですと言ってくれた気がしていた。なので俺は彼女にそう聞いた。

四宮は俯きながら,そしてたまにチラチラと俺の目を見ながら答えた。


「そう。私ね,高梨くんにずっと隠してたことがあるの。タイムマシンができたら言おうと思ってたけど,なかなか言う機会が無くて言えなかったこと。」


「何だそれ?」


どんな重要な事を隠していたのかと気になり,俺は聞き返した。そして彼女はいつになく深刻そうに答えた。


「私は多分,高梨くんが思ってるほど強い人間じゃない。あなたや桜井くんたちの前では強がって偉そうなことを言ったりもしてたけど,そんな立派な人間じゃない。会ったばかりの時に自分が天才だってあなたに言ったのも,自分にそう言い聞かせないとやりたいことが出来なかっただけ。私は本当は弱虫で臆病で小心者な人間なの。」


弱虫も臆病も小心者も同じ意味だと思うが,それを同時に使う四宮の動揺と彼女が本気で自分をそう思っているのは伝わった。

四宮が真剣に話していたのは分かるが,それを聞いていた俺は笑いをこらえるのに必死だった。そして笑っちゃいけないとは思いながらも,彼女のその発言につい笑ってしまい,俺はその理由を説明した。


「ハハ。そんなのずっと前から分かってたさ。初めて会った頃からお前は,弱虫だけど強がりで,上手くいってるときは調子に乗るが壁にぶつかるとかなり落ち込む,そんな面倒な奴だったよ。俺がいないと何も出来ないもんな。」


とっくに知っていたことをあまりに深刻そうに語った四宮に,俺は冗談のようにそう返した。しかしそれを聞いた彼女は,まっすぐに俺の方を見て真剣そうに言った。


「やっぱり気づいてた?そう。私はあなたがいたからここまで来れたと思う。あなたが隣で信じてくれてたから。」


「そんなはっきり言われると照れるな。」


これ以上ないぐらいのまっすぐな言葉と彼女の視線に恥ずかしくなった俺は,そう言ってごまかした。


「うん。私も恥ずかしい。でも今言わないと一生言えないかもしれないから言っちゃうね。」


四宮は俺の言葉に同意しながらも,その目線を緩めることなく話を続ける。


「さっき言ったみたいに,私は弱虫だから今まで不安なことはいっぱいあった。タイムマシンのことも仕事のことも,それ以外のことも,上手くいかないことは沢山あったから。特に東郷先生が消えちゃった時は,どうすればいいのか分からなくなって,とても怖かった。でもね,きっと私は今が人生で一番不安で怖いと思ってるの。」


「ん?何でだ?タイムマシンは完成した。安全性も完璧で,盗まれる心配も無くなった。タイムマシンができる以前に行ったときに,元の時代に帰る手段も作っただろ。東郷先生と一緒に作ったものと比べても,確実に完成度が高いものができてると思うぞ。何が心配なんだ?」


彼女が何を思っているのか分からなかった俺はそう聞いた。タイムマシンに関する事は今のところ全て順調に進んでいるのだ。

それを聞いた四宮は俺の予想外な答えを口にした。


「タイムマシンが完成したから心配なの。あなたが私の側から離れてってしまわないか,そう思うととても怖い。」


「今さらそんなこと言うか?ここまでやって来たんだ。何処にも行かねぇよ。」


彼女の不安な思いに対して俺はそう答えた。その言葉は本気だったが,こんな言葉では彼女は納得しないだろうということも,それを発すると同時に悟った。その気持ちを証明する方法は一つしかないと思う。これもいつか言おうと思っていたが,まさかその時が今日だとは思っていなかった。

だがそれを口に出す前に,彼女はまるで俺にその言葉を言わせないように話し始めた。


「今まではそうだった。あなたはずっと私の隣にいてくれるって信じてた。でも私たちの繋がりって,タイムマシンを作ることだけだったじゃない。その目的が無くなった今は,私たちの間には何も無いの。」


「タイムマシン作りに代わる新しい繋がりってことか?それなら!」


俺はその時,四宮が俺と同じ言葉を言おうとしている事を確信し,彼女が一息つく瞬間に割って入りその言葉を言おうとした。

だが四宮はさらに無理やり俺の話を遮って自分の話を続けた。


「だから私と結婚してほしい。前に結婚する意味がわからないみたいなことを言っちゃったと思うけど,今なら理解できる。あなたを少しでも私の側に留めておくために,一つでも多くの関係を作りたいと思うの。普通の恋人はこんな形で結婚しないと思うけど,これじゃ駄目かな?」


言う時は俺から言おうと思ったのだが,先に言われてしまった。完全に四宮のペースになっていることに少しの情けなさを感じた俺は,ため息をついて彼女のプロポーズに答えた。


「ハァ。それは俺のセリフだろ。タイムマシン理論を考えれるぐらいの天才は世界に何人もいないだろうが,俺の代わりなんてきっといくらでもいるぞ。それでもいいなら,こちらこそ俺と結婚してほしい。」


彼女は嬉しそうに微笑んで答えた。


「私をこんなに信じてくれて,励まし方を知ってるのは世界であなただけだもの。あなたがいいの。だから,結婚しましょう。」


「その前に一つだけ言っておきたいことがあるんだが,言っていいか?」


先にプロポーズをされたことで思っていた順序ではなくなっているが,俺が結婚を申し込む時にどうしても言おうと思っていた事があったため,俺は彼女に許可を求めた。


「何?『俺より先に寝ちゃいけない。俺より後に起きてもいけない』とか言うの?」


「そんな時代錯誤なこと言わねぇよ。」


彼女が笑顔で冗談を言って来たことをOKのサインだと受け取り,俺は何としても言いたかったことを彼女に告げた。


「いつ寝てもいつ起きてもいい。家事はこれまで通り俺がやっても,交代でやってもいい。見た目が婆さんになったって構わないから。これからも自由に生きてくれ。俺は楽しそうに生きるお前の側で,これから先も生きていきたいって思ってるんだ。」


「それなら任せてよ。得意だから。でもそう言うなら,これからはあなたに遠慮なんてしないから,夫婦になってもよろしくね。」


楽しそうにそう答えて,四宮は俺に握手を求める手を差し出した。


「これまでも遠慮してなかっただろ。これまで通りよろしく頼むよ。」


差し出された彼女の手を取り,俺たちは握手をした。

こうして結婚することになったわけだが,俺たちの生活が終わったわけでは無い。東郷先生のことやタイムマシンや技術管理組織結成のことなど,残った問題は山ほどある。

とりあえず,これからの長い生活の中で彼女と一つ一つ解決していって,最終的には彼女が夢見ていた,誰も想像していなかったような未来の世界が一緒に見れたらいいなと思う。

俺たちの新しい人生は今始まったばかり。これからも頑張らなければいけないなと思い,俺はこの長い1日を終えたのだった。


そういえばすっかり忘れていたが,タイムマシンの説明を押し付けてしまった桜井くんは,上手く広瀬さんに説明できただろうか?





僕たちは先生たちの倉庫から外に出た後,無言で目的もなく歩き始めた。しかし数秒もしないうちに,舞が僕に言ったのだ。


「ねぇ,本当のことを教えて。」


いくら先生に口止めされていたタイムマシンのこととは言え,舞に隠し事をしていたのは事実である。僕には隠し事をしていて怒られた前科があるため,嫌われても仕方がない状況だ。

だけどなるべく嫌われないように僕は,誠意を込めて彼女と話し始めた。


それからの僕と舞の会話が,僕の高校生活最後に相応しい出来事に繋がっていくのだった。



つづく

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