第7話 彼が語る教育理論
高校三年生の僕(桜井 隆之介)は,夏休み明けの始業式の日に謎の未来人 広瀬 光太郎と彼が使うタイムマシンに出会った。僕はタイムマシンを使って親友の坂本 宏樹の命を救ったのだが,その後ある大学教授と塾講師にそのことを気づかれてしまった。
後にタイムマシンを作る者と名乗る彼らと話すうちに,僕は彼らのことを信用できる人物であると判断し,始業式の日にあったことを伝えて彼らに協力することにした。そして彼らの研究のことを秘密にする口止め料として,僕は想いを寄せる同級生の広瀬 舞とともに,彼らの塾で勉強を教わることになったのだ。
僕が例のタイムマシン開発者を名乗る人物たちの塾で勉強を教わり始めてから,およそ一週間が過ぎた。
僕が初めて彼らに会った週には,大学教授をしている四宮 香さんと,この塾の経営者で講師の高梨 誠さんが揃って僕にいろいろな話を聞かせたが,塾に通い始めた頃から四宮さんの夏休みが終わったらしく,受験勉強を教わるのはほとんど高梨先生からというのが普通の状態になっていた。
僕と舞は放課後に一緒に塾に行って、高梨先生の授業を受け,他の生徒のみんなが帰った後で僕たち二人だけが残って高梨先生に質問をしながら自習をする。四宮先生の帰りが早い日には,四宮先生も自習に付き合ってくれるという日々が一週間続いた。
今日もそれまでと同じく,高梨先生の授業が終わった後僕と舞だけが残って自習をしている。
僕が静かに問題集の問題を解いていると,隣の席に座っていた舞が立ち上がり,高梨先生のところに質問しに行った。
「先生,学校の授業で教えて欲しいところがあるんですけど。」
高梨先生は了承してその問題の解説を彼女に始めたようだった。
僕は彼女が何を聞きに行ったのかが気になり,舞が座っていた席の机に広げてあるプリントを見てみると,そこには僕も先週受けた学校の休み明けテストの問題用紙があった。そういえば,僕も間違えたところを直す課題をやっていなかったことを思い出し,鞄から同じ問題用紙を取り出した。
そしてテストの間違えた問題を見直し,舞が高梨先生との話を終えるのを待って,僕も分からなかったところを質問しに行った。
「先生,僕もいいですか?」
「あぁ,もちろんだ。何だ同じテストか。」
先生はそう答えて僕の解答用紙を受け取って,間違えている問題を確認し始めた。
「う〜ん,そうか。」
そして呟くようにそう言った後,僕に解答用紙を手渡しながら言った。
「よし!桜井くん,一旦座ってくれ。」
言われた通りに僕が席に戻ると,高梨先生は僕と舞に向かって話し始めた。その様子は以前勉強について話してくれた時の四宮先生に似ているように感じた。
「二人とも。今日は特別に追加授業をしてやろう。」
彼は黒板の前に移動し僕たちにそう言ってから,話し始めた。
「仲が良いのは結構だが,二人ともそのテストで同じような間違いをしてる。それは公式の使い間違いだ。もしかしたら君ら,数学の公式はただ教科書にあるものを暗記してるんじゃないか?」
「そうですね。教科書に書いてある公式を見て,練習問題を解きながら覚えていく感じです。」
先生の質問に隣の席に座っている舞がそう答えた。
「それじゃあ間違えても仕方ない。俺は公式ってものは,意味を理解して初めて使うべきものだと思うんだ。前に四宮が言った言葉を借りると,高校までの勉強がそれまでの人間の歴史なら,数学の公式はそれを導いた数学者の人生の一部だと俺は思ってる。ところで,オイラーって数学者知ってるか?」
「名前ぐらいは。」
僕がそう答えると,先生は机に積んであった本の山から一冊の本を取り,オイラーの肖像画が載っているページを見せながら僕たちへの説明を始めた。
「この人がレオンハルト・オイラー。18世紀の数学者で,サインとかコサインとかの三角関数を,今君らが習っているような形にしたのは彼なんだ。他にも数え切れないぐらいの功績を残してる天才だ。」
「へ〜。」
僕と舞は初めて知る知識に対して,そんな相槌を打ちながら彼の話を聞き続けた。
「元々才能も抜群だったらしいが,オイラーの凄いところはやっぱり,生涯数学の研究を続けていたことだと思う。」
先生はそう前置きして,オイラーについてのエピソードを語り始める。
「オイラーは若い頃,数学の勉強のしすぎで片目の視力を失い,歳をとってからさらにもう片方の視力も失った。だがそれでも数学の研究を休むことはなかったらしい。それどころか余計なものが見えなくなったと言って,さらに研究の速度が速くなったという話もある。」
「凄いですね。」
先生が語ったエピソードに対して,舞はそんな感想を彼に告げた。僕も同感だった。
「頭おかしいと思うだろ。俺には理解できん。」
先生も同じような感想を抱いていたようで,そんな言葉で舞の意見に同意した。先生の言葉遣いがあまり褒められるようなものでは無かったため,僕たちは特に同意の言葉をかけなかったが,先生はかまわず僕たちへの話を続けた。
「でもそれくらいじゃないと,のちに名前が残るようなことはできないんだろうな。君らが暗記している公式は教科書で見れば突然出てきたように見えるが,実はそんな天才が時間をかけてひねり出したものだったりするんだ。そんな人たちの凄さを理解するためにも,俺は公式っていうのはただ暗記するだけではダメだと思うんだ。ちゃんと式の意味を理解すれば間違うことも無くなる。」
「う〜ん,でも。」
公式についての先生の意見を聞いて,舞が戸惑うようにそう口にした。
「面倒くさいか?」
彼女の様子を見て察した先生が尋ねた。舞はその本心を隠さずに正直に答えた。
「それももちろんありますけど,やっぱり少し焦ります。他の学校やクラスの他のみんなが暗記で問題を解いている中で,公式の意味を理解する勉強をやってたら何だか遅れる気がしませんか?」
「それは大丈夫だ。式の導出を理解することも問題を解く力にはなるもんだからな。逆に暗記だけの方が応用が利かなくてダメになるケースが多い。」
舞の気持ちを聞いた高梨先生は,そんな先生らしいアドバイスを彼女に伝えた。僕たちよりもずっと教育に関わっているであろう人なので,きっと間違いではないのだろう。そして,そのアドバイスに付け足すように彼は話を続ける。
「でも気持ちは分かる。俺も高校生の頃は数学者の苦労だとか功績だとか,そんな立派なことは考えてなかった。」
そこまでの先生の話は確かに僕たちに向けて話していたが,それからの先の彼は少し下を向きながら話した。
「だが四宮 香という天才と15年も一緒にいて頑張ってる姿を見てると,あいつみたいな人のことをもっと知って欲しいっていう気持ちが出て来たんだよ。今でも十分すごいが,そのうちあいつはオイラーにも負けないぐらいの功績を残すと俺は思ってる。」
まるで自分の気持ちを確かめるような言い方だなと,それを聞いた僕は思った。
「まるで映画みたいで素敵ですね。先生たちはそんなに長く一緒にいるんですか?」
高梨先生の気持ちを聞いて感激した様子の舞は,先生に質問した。先生は少し笑って優しく答えた。
「ハハ。あぁ,もうずっとだな。でも今はそんなこと関係ない。」
そう言い終えた高梨先生はおもむろに立ち上がり,本棚から二冊の難しそうな本を取り出してから僕たちが座っている席の前にやって来た。そして,その本を僕と舞の机に一冊ずつ置いてから彼はこう告げた。
「君らが間違えた公式の解説が書いてある本だ。難しかったら俺か四宮に聞いてもいいから,来週までに俺に説明できるようになっておくように。宿題な。」
「「え〜。」」
受験勉強と学校のテスト直しに加えてさらに宿題が増えた僕たちは,それに対して声を揃えて文句をつけた。しかし先生の話には納得していたため,すぐに公式の勉強に取り掛かった。
その後は,しばらくの間僕と舞が素直に公式の解説の本を読んで,その日の塾での勉強は終わり,僕たちはまっすぐ家に帰った。
そしてその話は数日後に続いたのだ。
その日の塾の授業後は高梨先生が友達とご飯に行く予定があるらしかったので,早く仕事を終わらせた四宮先生が僕たちの勉強を見てくれることになっていた。
しかし,僕と舞はその日に限って数日前に高梨先生から出された宿題についての本を読んでいたため,四宮先生に特に質問することが無かった。
そのため暇そうに部屋を掃除したりしていた四宮先生は,舞が一息ついたのを見計らって彼女に話しかけた。
「二人とも難しい勉強してるんだね。」
「高梨先生に公式について説明する宿題を出されたんです。」
舞は先生の言葉に対して,勉強している僕に気を使ってか少し小声で答えた。その後も二人は小さな声で会話を続けた。
「ふーん。何で高梨くんはあなたたちにそんな宿題出したの?」
「私たちが教科書の公式を暗記してて間違えたからです。公式を理解すると間違えることが少なくなるから本を貸してもらって勉強してるんですよ。」
「まぁ確かに,公式を暗記するだけは良くないからね。公式について勉強するのは私もいいと思うよ。」
「あと,公式を発見した天才の苦労を知るためにもやった方がいいって言われましたよ。オイラーって数学者が目が見えなくなっても研究を続けたって話をされました。」
「アハハ。そんな話されたの?高梨くんも私に負けず劣らず熱い人だからね。熱苦しくて生徒のみんなからうざがられてない?」
四宮先生は笑って冗談のように舞に聞いたが,舞はそれを否定して答えた。
「そんなことはないですよ。むしろここに来てる女の子の間では割と人気ですよ,高梨先生。」
「そうなの?みんななかなか見る目あるじゃないの。」
高梨先生のことを褒められた四宮先生は,まるで自分が褒められたかのように嬉しそうにそう言った。その様子を見た舞は高梨先生についての話を四宮先生に続ける。
「やっぱり優しいんですよね。公式についての話をされた時も,四宮先生の頑張りをもっと私たちに知って欲しいって仰っていて,私ちょっと感動しました。」
「そんなこと言ったの?嬉しいけど,二人に聞かれると恥ずかしいな。」
舞の素直な感想に先生は,困ったようにそう答えた。
「あんなに優しいなら,学生の頃とかも人気あったんじゃないですか?」
先生たちの昔の話に興味をもったであろう舞が四宮先生にそう質問すると,先生はまたもや嬉しそうに答えた。
「分かる?そうなんだよね。大学生の頃とかは高梨くんすごいモテてて,大変だったんだよ。」
「へ〜!やっぱりそうなんですか?」
舞は思い通りといった具合に相槌を打ち,二人の会話はさらに盛り上がった。もはや小声で始まったその会話も普通の音量で話している。僕も話の内容は気になっていたため何も言わなかったが,それを気にすることなく二人は会話を続けていく。
「そうなんだよ。私の後輩の女の子が高梨くんのこと好きになったことがあってね。」
「え⁉︎それでどうなったんですか?」
「もちろんちょっとしたいざこざがあったんだけど。それを収める時に高梨くんが私に言ってくれた言葉が今の私たちの関係を作ったんだよね。」
「なんて言ったんですか?」
「聞きたい?」
「聞きたいです。」
「フフ,それはね。」
その時,机を挟んで向かい合って話していた二人は気づいていなかったが,四宮先生の背後には裏口から入って来たある人物が近づいていた。僕だけが気づいていたその人物は,楽しそうに話している四宮先生にいきなり話しかけた。
「いらんこと話してるんじゃないだろうな,四宮。」
その人物はもちろん高梨先生だった。彼に話しかけられた四宮先生はかなりの大きな驚きの声を上げた。
「うわぁ!ビックリした!高梨くん,もうご飯食べ終わったの?」
彼女は驚きながらも,出かけてから1時間ほどで帰って来た高梨先生にそう質問をした。高梨先生は少し笑いながら答えた。
「そんな訳あるか。忘れ物とりに来たんだ。それより楽しそうだな,お前ら。」
「いらないことなんて話してないよ。高梨くんが大学生の時にモテてたって話。」
「いらんこと話してるじゃないか。あの時の俺のことを話したって分かったら,お前とあの男の関係も言うからな。」
彼女たちが話していた内容を聞いた高梨先生は冗談のように四宮先生にそう言った。すると,四宮先生は楽しそうだった表情を一変させて,真面目な顔で答えた。
「それは困るな。思い出したくもないし,広めたくもないことだから。」
「じゃあ,俺のこともこれ以上言うなよ。」
四宮先生の答えを聞いた高梨先生は,そう言ってこれ以上自分のことを言わないように釘を刺した。
「分かったよ。」
四宮先生はしぶしぶ納得したようにそう答えた。
「分かったならいい。君らも余計なこと考えずに勉強頑張れよ。」
高梨先生はそう言うと先生の机の上にあった携帯電話を取ってから,再び裏口に向かおうとした。
「あ!ちょっと待って,高梨くん。」
しかし,四宮先生が僕たちに背中を向けた高梨先生にそう声をかけて呼び止めた。
「ん?」
高梨先生は立ち止まって振り返り,彼女の言葉を待った。
「ありがとね。いつも私のこと信じてくれて。」
四宮先生が高梨先生にそう言うと彼は出口の方へ向き直り,軽く手を上げて後ろを向いたまま背後の四宮先生に返事をした。
「どういたしまして。」
そう答えると,高梨先生は再び裏口から外に出て行った。後ろを向いていたので僕たちから彼の表情は見えなかったが,きっと照れていたんだろうと思う。もし僕がその状況だったら絶対照れていて何も答えられなかっただろうから。
高梨先生が出て行くと,四宮先生は僕たちに言った。
「さぁ,高梨くんに口止めされたところで,休憩のお喋りは終わり。二人とも勉強を再開して。」
「え〜。ここで終わりですか?」
先生たちの昔話を興味津々な様子で聞いていた舞は,残念そうな声を上げた。
「仕方ない。私にも高梨くんにも知られたくないことがあるんだよ。」
「そうですか。残念です。」
舞がこれ以上聞くのを諦めたところで,四宮先生が言ったようにそれまでのお喋りは終わった。それからは僕も舞も真面目に勉強をして時間が過ぎていき,しばらくすると舞の父親が車で迎えに来て,彼女は先に帰ってしまった。
残された僕は塾の教室の中で四宮先生と二人になったため,舞がいると聞けない質問を彼女にすることにして声をかけた。
「先生,聞きたいことがあるんですけど。」
「何?あなたも高梨くんが私に言ったことが知りたいの?」
さっきの舞との話を思い出したのか,先生はニヤニヤしながら僕に聞き返した。
「いや,それはどうでもいいんですけど。」
そんなことよりも,もっと大事なことがある僕はそう返した。
「どうでもいいってことはないでしょう。まぁ聞かれても言わないけど。それで本題は何?」
僕の返事を聞いた先生は笑顔でそう言って,僕の質問を聞き直した。そして僕は彼女に促された本題を話し始める。
「先生たちがとても仲が良くて信頼し合ってるっていうのは,これまでの二人を見て分かりました。」
「まぁね。まだまだあなたたち若い子には負けないよ。」
僕が感じた先生たちの信頼関係についての意見について,彼女は変わらずの笑顔で堂々と受け入れた。それだけ高梨先生との信頼には自信があるのだろうと感じた。
だが僕は彼らが信頼し合っているのが分かったからこそ,疑問に思っていることがあったのだ。その疑問を彼女に説明するために僕は順を追って話を続ける。
「それで四宮先生の目標っていうのは,タイムマシンを作ってこれから生まれる技術についての法律を決める機関を作ることなんですよね?」
「そうだよ。正確に言うなら,今のシステムではこれからの技術の進化に法律が間に合わないから,タイムマシンを使って先に法律の案をを作ってしまう組織だね。今の段階でも実は,変な法律や行き過ぎた規制が技術の進歩を邪魔をしてるんだよ。そう思ったのも,私がなるべく早く世界中の天才による最先端の技術を見たいって理由だけだけどね。それがどうしたの?」
舞には秘密にしているタイムマシンについての質問をすると,先生は丁寧に答えてくれた。しかしその答えが丁寧で熱のあるものであったために,僕の中の疑問はより大きくなり,ようやく僕は聞きたかった本題を彼女に告げる。
「でも,その夢の達成が近づいているのも,高梨先生との関係性も,先生たちが先生たちの先生に出会って,その人の元でタイムマシンを作り始めたからできたようなものですよね。もし,四宮先生の言うようにタイムマシンで過去が変わるのであれば,高梨先生が過去に戻ってその先生の過去を変えてしまうと,四宮先生と高梨先生は出会わなくなってしまって,タイムマシンもその組織も作れなくなってしまうんじゃないですか?」
先生たちがタイムマシンを使ってやろうとしていることは,お互いの目標の妨害になるのではないかと僕は疑問に思っていたのだ。四宮先生なら気づいていることだろうとは思ったが,信頼し合っている二人がそんなことをしているのは変だと考えて僕は彼女にそれを話した。
「うん。そうだね。」
僕の意見を聞いて,彼女は真剣な様子でそれを肯定した。その様子を見て,四宮先生はその時間改変の可能性について気づいていると確信した僕は,お節介かもしれないとは思いつつ話を続けた。
「ですよね。それで,分かり合ってる相手との関係性を壊すようなこと,普通はしないじゃないですか?もしかしたら,高梨先生はそのことに気づいてないんでしょうか。四宮先生はそんな高梨先生を止めようとは思わないんですか?」
もし高梨先生が,四宮先生と出会わなくなる時間改変の可能性に気づいていないなら,気付かせるべきだと思って僕はそう発言した。気付かないで実行してしまったら高梨先生は後悔するだろうし,僕も彼らには今のままでいてほしいと思っていたからだ。しかし四宮先生の答えは,僕の予想とは違っていた。
「いや,多分高梨くんはそんなこととっくの昔に気づいてる。いろいろ考えてくれてるんだと思うよ。私もずっと一緒にいた彼との思い出が無くなるのは寂しいと思うけど,私には彼のことは止められないね。」
「どうしてですか?」
先生の気持ちが理解できなかった僕はその理由を聞いた。
「じゃあ想像してみて。」
四宮先生は僕にそう言って,今の彼女の気持ちを表すような例え話を話し始めた。
「桜井くんは舞ちゃんと同じ家に住んでいます。舞ちゃんはそこで何ヶ月もかけて難しいジグソーパズルを作っていて,舞ちゃんがそれを完成させると二人の幸せな同棲生活は終わりを告げます。そしてある時,桜井くんは自分の目標のためには,それを壊さなきゃいけないことが判明しました。パズルを壊せばそれまで通り舞ちゃんと一緒に暮らせるけど,彼女がずっと頑張ってきた様子を見てきたあなたは,それを壊せますか?」
「いや,それは壊せないかもしれませんね。」
その例え話に納得してしまった僕は,そう言って彼女の意見に同意した。四宮先生はやっぱり他人の思想を読むことに関しては天才なのかもしれないと思った。僕の予想通りの答えに対して先生は,その例え話の解説を始める。
「でしょう?私にとっての高梨くんがやろうとしていることがそのジグソーパズルなわけ。それに私たちの場合はそれを作るのに,二人で協力してきたからもっと複雑なんだよね。私の好奇心のために彼の努力や先生の暮らしを台無しにしていいのか考えちゃう。私も先生が普通に暮らしてほしいと思うしね。」
そう言い終えた先生は,僕との話を終えようとしたのか,それまで読んでいた本や掃除道具などを片付け始めながら,次のように僕に言った。
「いずれ何かしないといけないとは思うけど,今ではないとも思う。でも心配してくれるのはありがたいけど,子どもは自分のことだけ心配してればいいの。受験のことや舞ちゃんとの関係とかね。余計なことに首を突っ込まない。」
「そうですか。」
先生にそう言われてはこの場ではどうしようもないなと思い,僕はそう言って納得したような言葉を発した。
「そうそう。あなたももう遅いから帰りなさい。車で送ってあげてもいいけど,あなたは自転車でしょ?」
「はい。一人で帰れますよ。」
「じゃあ,気をつけてね。」
そんな感じで四宮先生に見送られ,僕は塾から帰宅した。
しかし,あの場では納得したふりをした僕だったが,本心では先生の言葉に逆らうことを決心していた。ある意味では先生の言葉に従うことになるのだが,彼らの関係に首を突っ込むことに決めていたのだ。
その理由としては,先生たち二人がタイムマシンを作ってくれないと僕が困るから。
僕は始業式の日,彼らが作ったタイムマシンを使った未来人に助けられ,そのタイムマシンのおかげで舞に告白する機会を得たのだ。きっとタイムマシンを作ったのが別人であれば,そんなことは起きなかったと思う。
高校三年生の秋。大学受験に恋愛に友情など,誰しも悩みが尽きない時期である。
しかし僕は今日,それらに加えてタイムマシンによる時間改変の阻止という,とても厄介な問題を抱えてしまった。簡単にはいかないだろうが,何とかして自分自身のためにそれをやり遂げようと僕は決意したのだった。
つづく
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