第5話 タイムトラベラーの青春模様

高校三年生の僕(桜井 隆之介)は,夏休み明けの始業式の日に謎の未来人 広瀬 光太郎と彼が使うタイムマシンに出会った。僕はタイムマシンを使って親友の坂本 宏樹の命を救ったのだが,その後ある大学教授と塾講師にそのことを気づかれてしまった。

後にタイムマシンを作る者と名乗る彼らと話すうちに,僕は彼らのことを信用できる人物であると判断し,始業式の日にあったことを伝えて彼らに協力することにした。そして彼らの研究のことを秘密にする口止め料として,僕は大学受験の勉強を彼らから教わる約束をしたのだった。



今日は日曜日。

始業式の日の一件の途中で約束した通り,僕は現在,片思いの相手広瀬 舞とデート中だ。朝から近所のショッピングモールで待ち合わせをして映画を観た後,彼女の買い物に付き合い,今は自宅の近所の公園で二人揃ってコンビニで買ったアイスを食べている。


「うん。おいしい。」


ベンチの隣に座って,スタンダードなスティック状のアイスを食べていた舞が,独り言のように呟いた。


「うん。うまいうまい。」


同じアイスを買った僕も,一口食べて同意した。


「ありがとね。私の買い物に付き合ってもらって。」


舞はアイスを食べながら,今日のお礼を僕に言った。


「別にいいよ。そもそも映画に誘ったのは僕だし。こっちこそありがとう。」


僕もそう言ってお礼を返した後,僕は舞に今日のことについて尋ね,彼女との会話を続けた。


「それで,今日は楽しめた?」


「うん。楽しかったよ。でも女の子とのデートであの映画のチョイスは無いね。普通のデートでは今日観たような大作アクション映画は評判悪いと思うよ。私は楽しめたけど,大半の女の子は恋愛映画とかが無難だと思うな。」


「舞が楽しめたなら良かったよ。他の女の子とデートする予定なんてないから。」


僕の映画チョイスにケチをつけてきた舞だったが,僕がそう答えると彼女は微笑んで,納得したように答えた。


「そっか。それなら問題ない。」


そして,思い出したように急にため息をついた後,彼女は話し続けた。


「でもこれからのことを考えると憂鬱。年明けまでこれまで以上にずっと勉強しなきゃいけないんでしょ?こんな風に楽に映画見に行ったりできなくなると思うと気が重いな。」


「そうだな。」


勉強のことを話してお互いに気が沈んできた僕たちは少しの間黙った。しばらく沈黙が続いた後,その間何か考えこんでいた舞が僕に尋ねた。


「桜井くんは家に帰ってどれくらい勉強してる?」


「今はあんまりできてない。でも明日からは本気で取り組むつもりだよ。」


彼女は自分の質問に対する僕の答えを聞くと,ニヤニヤしながら冗談のように言った。


「それは結局やらない人が毎日言い続けるセリフだと思うんですけど。」


「今回は本当に本気だから。実は明日から知り合いの塾に通うんだ。」


舞が僕の本気を信用してくれないため,四宮さんたちの塾のことを話した。すると,彼女は感心したような声を出して言った。


「へー。そんな知り合いが居たんだ。」


「うん。最近知り合ったんだけどね。その人たちが僕に勉強を見てくれるって言ってくれたんだ。」


「なんかうまく行きすぎで怪しい話じゃない?その先生ってどんな人?」


塾と四宮さんたちの説明をすると,舞はそのことを疑っているように僕に聞いた。彼女がそう感じたのも無理はないのかもしれない。なぜなら,僕と四宮さんたちが知り合ったきっかけのタイムマシンについて,舞には何一つ話していないからだ。タイムマシンについて話すことはできないが,舞が納得するような理由を考えながら,彼女に四宮さんたちのことを説明した。


「舞はこないだ自転車を持って帰ってもらった時に見たと思うけど,あの時に運転してた人が塾の先生の高梨さんで,助手席にいた人が大学で先生をやってる四宮さん。始業式の日に僕たちが起こした騒動に興味を持って,僕に会いに来てくれたんだ。」


「ふーん。でもそれなら分かる気がする。始業式の日の桜井くんは,いつもと違ってちょっとかっこよかったもの。ちょっとだけだよ。」


彼女はそう言って,始業式の日の僕のことを褒めた。そんなまっすぐに褒められると,言われた側はとても照れるのだが,彼女はそんなことをよく言う。僕は彼女のそんな正直なところを好きになったのかもしれないと,言われるたびにそう思う。

僕は照れていることを隠しながらその言葉に答えた。


「そうか?まぁ,あの日は僕も頑張ったから,自分でも舞に褒められるに値することをしたと思ってるよ。」


これ以上彼女に褒められるともっと照れてしまいかねないため,僕は話題を戻すために四宮さんたちと塾の話を再開した。


「それより,あの騒動に舞も参加してたことを言ったら,その先生たちが舞も塾に通わないかって誘ってたんだけど,どうする?」


「そうなの?桜井くんや坂本くんに比べると,私は全然大したことはしてないんだけどね。」


僕が始業式の日の舞のことを言うと,彼女は謙遜するようにそう答えた。さっき褒められたお返しというわけではないが,僕もあの日の彼女の行動をを褒めながら,改めて感謝の気持ちを伝えた。


「いやいや,舞の名演技があったからこそ,あの計画は上手くいったんだと思うよ。あの時は助かった。」


すると,彼女はまんざらでもないような様子で微笑んだ後答えた。


「フフ。桜井くんがそう言うなら,私もその先生たちのお世話にならせてもらおうかな。桜井くんがいなくなると,放課後勉強するときもつまらなくなっちゃうからね。」


「良かった。あの人たちもきっと喜ぶよ。」


「その塾ってどこにあるの?明日から行けば教えてもらえる?」


「僕が案内するよ。明日でもいいと思うけど,この後そこに行く予定だから,もし良かったら舞も一緒に行く?」


僕はそう言って,彼女をこれからの予定に誘った。四宮さんたちも舞のことが気になっていた様子だったので,場所を案内するついでに紹介でもしておこうと考えてのことだった。


「じゃあ,そうする。その先生がどんな人なのか見ておきたい。」


彼女は当たり前のようにそう答え,僕の誘いを受け入れた。


「うん。なら一緒に行こう。ちょっと遠いけど。」


そして僕たちは公園を後にして,四宮さんたちの塾に向けて歩き始めた。やはり徒歩だと少し時間がかかる距離だが,彼女と一緒だとその時間もあっという間に過ぎるだろうと考えたので,所要時間に関しては特に心配はしていなかった。以前からそうだったのだが,最近の僕は特にそんなことを思う機会が多い気がする。


そしてその道中の会話の最中,舞はさっきの公園での会話を振り返って僕に話しかけた。


「でも,桜井くんも色々考えてたんだね。受験勉強のこととか。学校のこととか。」


「うん。まあね。」


僕の軽い相槌を聞いて,彼女は自分の話を続ける。


「そっかそっか。最近さ,時間が流れるのがすごい早く感じるんだよね。始業式の日のことなんてついさっきみたいに感じるし,高校に入学したのでさえ,ついこの間みたいに思うんだ。」


これまでの時間の感覚について語る彼女の様子は,少し寂しそうに感じた。きっと楽しい高校時代があと少しだと思って悲しくなったのだろう。

しかし,僕は舞のその気持ちを聞いて少しだけ嬉しくなっていた。彼女が僕と似たような気持ちを抱いていたということで,彼女との距離が縮まっている気がしたからだ。

そしてその思いを聞いた時,僕は嬉しくなると同時に,頭の中にその時の状況を表すある言葉が浮かんできていた。僕は反射的にその言葉を口に出した。


「熱いストーブの上に一分間手を載せてみると,その間の時間はまるで一時間のように感じられる。でも,かわいい女の子と一緒に一時間座っていると、その時間は一分間ぐらいにしか感じられないだろう。」


「何?急にロマンチックなことを言い出して。」


急に哲学的なセリフを言ったことを不思議に思った舞は,僕に質問した。僕は彼女に自分が言った言葉の説明を始めた。


「アインシュタインが言ったジョークらしい。僕も最近,時間について考える機会が多かったから調べてたんだ。要は楽しいことが過ぎるのはあっという間だってこと。」


「ふ〜ん。それで?何でそんなことを私に言ったの?」


彼女にそう聞かれて,僕は一瞬答えに困った。自分でもよく考えずに発した言葉だったからだ。

少なくとも,夏休みまでの自分であればこんなことは言わなかっただろう。そう考えると,答えはすぐに出た。始業式の日の出来事や四宮さんとの会話によって僕の中での時間の考え方が変わっていたのだ。

自分で取り戻した現在の幸福で短い時間を,僕は舞と共に過ごしたいと思っている。そのことについて伝えるため,僕は時間についての話を彼女に続けた。


「僕も同じことを思ってるから。高二の時に舞と出会ってからの一年ちょっとのことを,僕は一時間や一分間どころか,ほんの一瞬のように短く感じてる。」


「そう?桜井くんがそんなに楽しめたなら私も良かった。たくさん親切にした甲斐があったというものだ。」


真剣に話している僕とは裏腹に,舞は冗談を交えて笑顔で答えた。それでも僕は真面目に話を続けた。彼女への気持ちを伝えるのは,似た気持ちを共有できている今しかないと思ったのだ。


「うん,感謝してる。でも僕は,一瞬で過ぎていくこの日々を,もっと舞と一緒に過ごしたいって思ってる。できれば,これまでよりももっと近い関係で。」


「それって,どういう意味?」


僕が言おうとしていることを感じ取ったのか、彼女はそれまでとは一変したまじめな調子で、僕の言葉の意味を聞いた。


「僕は舞のことが好き。恋人として付き合ってほしい。」


ついに言ってしまった。もともとは今日の別れ際に言おうと考えていたのだが,勢いに任せてこの状況で言ってしまった。

告白の言葉を言ってから舞の返事を待つまでの間,僕の心臓は苦しいくらいにドキドキし続けていた。彼女と一緒にいてもその時だけは例外で,その間は僕にとって永遠とも思えるぐらいに長く感じた。

その時間は実際には10秒もないくらいだったのだろうが,その間の彼女はずっと俯いて黙ったままだった。そして,何か決心をしたように顔を上げ,僕の目を見つめて彼女は答えた。


「そう言ってもらえるのはとても嬉しい。でも,ごめんなさい。私たちはお互いのためにも,今付き合うべきじゃないと思う。」


「そうか。」


返事はしたが,僕は彼女の言葉をまだ理解できていなかった。しかし,彼女は僕にさらなる言葉をかけた。


「しばらくは今までと変わらずに,友達じゃダメかな?」


「舞がそれがいいって言うならなら,そうしよう。」


ようやく彼女の言葉への理解が追いついた僕は,そう返事をした。できるかどうかは分からないが,関係が全くなくなるよりは,友達のままの方がいい。僕はそう言うしかなかったのだ。


「ほら,行くよ。桜井くんが案内してくれないと私はその塾に行けないんだから。」


他に選択肢のない返事をした後立ち止まっていた僕に彼女はそう言って,僕たちは再び歩き始めた。


振られてしまった。今しかないと思ったタイミングだっただけに,振られたのはかなりショックだった。しばらく僕はそのショックで落ち込んで,彼女には話しかけられなかったが,彼女はそれまでと変わらず僕に話しかけていた。

そんな彼女を見て,気まずくないのだろうか?と僕は不思議に思った。告白されて振った相手と二人で歩くことに関して,彼女は何とも思わないのか?正直,僕は気まずく感じていた。

舞が何を思って僕と一緒に塾に行っているのか分からない。これまでにも彼女が何を考えているか分からず悩むことはあったが,今日ほど分からないのは初めてだ。もしかしたら,それまで通りの関係性を保ちたいがために気を使っているのかもしれないと思い,僕も無理をしてそれまで通りに振る舞おうとはしてみたが,やはり振られたショックは大きく,それまで通りには振る舞えなかった。

そんな風に彼女の心情について考え悩んでいるうちに,僕たちは高梨さんが経営する塾にたどり着いた。


『高梨学習塾』と書かれたその建物は,少し古くて小さな民家を改装したような建物だった。

僕はその前に自転車を止めて,ノックしてドアを開けた。


「失礼します。」


「いらっしゃい。桜井くん。」


入り口近くの席に座っていた四宮さんが,僕が入るなり立ち上がってそう言った。奥の席で事務作業をしていた高梨さんも,座ったまま同じようなことを僕に言った。

そして,続けて入って来た舞の姿を見て,少し驚いたような顔の四宮さんが彼女に声をかけた。


「あら,あなたは。」


「広瀬 舞といいます。よろしくお願いします。」


舞は四宮さんたちが何かを言う前に,彼女たちに自己紹介をした。


「ご丁寧にどうも。四宮 香と申します。奥にいるのが,この塾の先生の高梨 誠です。こちらこそ,よろしくお願いします。さ,座って座って。」


四宮さんたちも舞に合わせて恭しく自己紹介をして,僕たちを近くの席に並んで座らせた。そして,僕たち二人の前に立った彼女は,もったいぶりながら,僕たちに話し始めた。


「あの,差し支えなければお二人に聞きたいことがあるんですけど。お二人は今,どういったご関係なのですか?」


なぜか丁寧な言葉で,そしてとても楽しそうな笑顔で質問して来た四宮さんの様子を見るに,きっと今日僕が舞に告白するということを高梨さんに聞いていて,それがどうなったのか気になっているのだろう,と僕は推察した。

そんな四宮さんの言葉に対して,僕は差し支えありまくりですよ。と答えたくなったが,当然そんなことは口には出さず,どうしようかと迷いながら彼女の問いに答えた。


「いや,それはその。ただの友達です。」


僕は四宮さんに本当のことは言わなかった。少し前に振られたということを四宮さんに言ってしまえば,おそらく舞は四宮さんに質問攻めされて面倒な思いをするだろう。僕は舞に嫌な思いをしてほしくないために,彼女に事実を告げなかった。情けなくて男らしくないことかもしれないが,振られたからといって,彼女が嫌いになったわけではない。僕はまだ舞のことが好きなままなのだ。


「え?」


予想とは違った答えを僕が言ったたためか,彼女はキョトンとした顔を見せて,少しの間動きを止めた。四宮さんのその反応は,僕にとっても不思議ではなかった。なぜなら当事者の僕自身でさえ,この状況には困惑しているからだ。普通告白を振った直後の女の子が,その振った相手と二人で行動しているなんて想像しないだろう。

そして奥の高梨さんのところに行き,何かひそひそ話をした後,僕たちの前に戻って来てまた口を開いた。


「そうなの。恋人同士に見えたんだけどな〜。」


わざとらしい演技をしながら,僕にそう言った。そうまでして僕の告白についての情報が聞きたいらしい。余計なお世話だが,彼女に悪気はなく僕のことを応援していることは何となく分かるため,怒るに怒れなかった。

この状況をどうやって打破しようか考えていると,隣の舞と目があった。彼女はその瞬間に何かの合図のように僕の目を見ながら頷いた後,四宮さんに話しかけた。


「先生たちは桜井くんからいろいろ聞いているみたいなので,ちゃんと説明しますね。今日,桜井くんに恋人になることを申し込まれたんですけど,私がお断りしたんです。」


「え?どうして?」


僕が想像していた通り,四宮さんは舞の席の前に立ってその理由を聞き始めた。舞はいつも通り,四宮さんの目を見ながらハッキリ答えた。


「お互いにとって,今付き合うべきじゃないと思ったからです。お互い大事な時期だから,そういうことは良くないんじゃないかと思ったんです。」


「付き合うべきじゃない?付き合いたくないわけじゃないんだね?じゃあ,付き合ってみればいいじゃない?もしその結果,彼があなたの受験勉強の邪魔をするようなら,別れてしまえばいいんじゃない?」


舞の答えを聞いて,四宮さんはそんな大胆なアドバイスを彼女に告げた。そんなことを言われると思ってなかったのか,舞は戸惑ったように言葉に詰まった後,少し目を伏せながら答えた。


「私が邪魔をされるだけならまだいいんです。もしそれで私が桜井くんの受験の邪魔をしてしまったらと思うと,私は桜井くんに申し訳ないです。桜井くんも嫌な思いをするかもしれない。それに,自分が彼に逆恨みしないとも限らない。だから,今はまだそういうことについては考えないことにしたんです。」


舞は四宮さんから目をそらしながらそう答えたが,四宮さんはそれを聞くと少ししゃがんで,舞と無理やり目を合わせてから,さらに質問を続けた。


「なるほど。もし二人の関係がお互いの邪魔をすることになった時,嫌い合うことになるのが怖いってことね?」


無理やり目を合わせてくる四宮さんの質問に,今度は舞も彼女の目を見て,少し言葉に詰まりながら答えた。


「そう...かもしれませんね。私は桜井くんに嫌われたくないですし,私も桜井くんを嫌いになりたくないです。」


その答えを聞いた四宮さんは,表情を優しいものに変えて,質問責めにしたことを謝りながら,舞のことを褒め始めた。


「フフ,正直な子だね。だったらそう言えばいいよ。そんなに考えてるなら,私はもうこれ以上何も聞かない。図々しいおばさんでごめんね。あなたの本心が桜井くんに伝わっていないような気がしたから。」


舞の隣の席で二人の会話を聞いていた僕は,彼女の気持ちを聞いて,すっかり元気を取り戻していた。我ながら分かりやすいとは感じるが,舞が僕のことを嫌いではなく,僕たちの未来のことを真剣に考えて振ったのだと思うと,そんな彼女の優しさに感動するあまり,振られたショックなどもうどうでもよくなっていたのだ。

そんな僕の心情の変化に気づかず,四宮さんはしゃがんだ状態で舞の目線に合わせたまま,優しい口調で話を続けた。


「でもね,これから先もあなたたちはいろんな人と関わっていくと思うけど,相手に嫌われることを怖がっていたら,何も進展しないと思うよ。どんな状況の人に対しても,より深い関係性になって自分をさらけ出すようになると,どうしても相手に嫌われるリスクは負うことになるからね。でもそのリスクを負わないと,それ以上相手に好かれることはないし,自分も相手のことを好きになれないんだと思う。あなたたちより少し長く生きてる私から言わせてもらうと,大事に思ってる人に自分の本心をさらけ出して,それを受け入れてもらった時の嬉しさは,嫌われるリスクを背負うにふさわしいものだと思うよ。」


「そうなんですか?」


「そうなの。だよね?高梨くん。」


四宮さんは舞からの質問に答えた後,いきなり奥にいる高梨さんに同意を求めた。それを聞いた高梨さんは,作業を中断して彼女に返事をした。


「あぁ,そうかもな。ただお前の場合はもう少し感情を抑えてもいいかもしれない。」


「またまた,照れちゃって〜。」


高梨さんの答えを冗談と受け取った四宮さんは,からかうような笑顔で彼にそう言った。


「本心だよ。」


高梨さんは四宮さんが言ったように,照れているように少し微笑んでそう言った後,中断した作業を再開し始めた。彼のその様子を見た四宮さんは,また優しい調子で舞との会話を始めた。


「まぁ,初対面の私たちにそんなこと言われても信じられないかもしれないけど,分かる日が来るまで覚えておいて。でも,私が今のあなたに一番してほしいのは,桜井くんの告白にしっかり返事をしてあげること。慎重でオタク気質な桜井くんが,勇気を出して告白してくれたんでしょ?彼は私と高梨くんの恩人でもあるから,彼の本気の気持ちには,あなたも変な言い訳しないで,本気で答えてあげてほしいな。」


「考えてみます。」


「うん。ゆっくり考えればいいよ。ちなみに私の個人的意見を言わせてもらうと,桜井くんは他人のために頑張れるとてもいい子だと思う。きっとどんな答えであれ,受け入れてくれるんじゃないかな。恋人にするにもオススメの子だよ。」


「フフ,そうですか。」


僕のことをベタ褒めする四宮さんに,舞は少し笑って答えた。そして話が一区切りついたところで,四宮さんはまた彼女に質問をし始めた。


「最後に一つだけ聞いていい?」


「何ですか?」


質問の内容を聞き返した舞に,四宮さんはちょうど僕に聞こえるくらいの小声で彼女にそれを告げた。


「桜井くんは,あなたに何て言って告白したの?」


それまでの二人の会話は,舞の気持ちの話だったり僕の褒め言葉だったりで僕がその会話に入るのはためらわれるものだったが,そんな会話を始めたようとしたからには,僕は彼女たちを止めないわけにはいかなかった。


「四宮さん,ちょっと待って!それは言えないです!」


いきなり会話を中断させようと割り込んだ僕に対し,四宮さんはそれを予想していたかのように,すぐに僕に反論した。


「君には聞いてない!私は彼女に聞いてるの!」


そんな僕と四宮さんのやり取りを見ていた舞は,楽しそうに笑って,悪戯っぽい笑顔で僕に言った。


「フフ。どうしようかな?言っちゃおうかな?」


「教えて。とても気になってるの。」


僕に意地悪な対応をした舞の言葉を聞いて,四宮さんは僕の告白の言葉を教えてくれるようにさらに頼んでいた。


「冗談ですよ。言いません,秘密です。」


しかし,舞は変わらずの笑顔でそれを断った。


「え〜。減るもんじゃないんだし,教えてくれてもいいじゃない。」


断られたにも関わらず,四宮さんは残念そうにそう言って,引き下がらなかった。


「恥ずかしさで,僕の心がすり減ります。」


四宮さんの言葉を聞いて,僕はそんな本心を彼女に告げた。すると,それを聞いた舞が僕の言葉に付け足したように四宮さんに言った。


「桜井くんが嫌がってる間は言いません。」


僕が改めて,そんな彼女の優しさに密かに胸を打たれていた時,それでも気になって仕方がない様子の四宮さんは,またもや舞に尋ねた。


「じゃあ,当ててもいい?」


四宮さんの質問は舞へのものだったが, それについては僕が答えた。


「当たるものならいいですよ。」


そう言って,僕は彼女の提案を許可した。そう答えた理由は,四宮さんに僕の告白の言葉は当てられないと思ったからである。事前に考えていた言葉ならともかく,僕はその時に急に思い出した言葉を使って,舞に告白したのだ。当てられるわけがない。

しかし四宮さんは,始業式の日の僕が未来人のことをどう思っていたかまで,推測だけでほとんど当ててしまった自称天才である。彼女の推理を甘く見てはいけないとも感じていたので,僕は四宮さんへのクイズに条件を出した。


「ただし,僕と舞は何のヒントも出しません。正解以外,近いとも惜しいとも言いませんよ。」


「いいよ,それで。」


四宮さんはそう答えて,あっさりそれを了承した。その光景を見ていた舞は,四宮さんに言葉をかけた。


「当たらないと思いますよ。」


舞も僕と同じ意見だったようだ。


「それはどうかな?う〜ん,そうだなぁ。」


だが彼女の忠告にも耳を貸さず,四宮さんはそんなことを呟きながら考え始めた。そして数秒間考えた後,四宮さんはその結論を舞に向けて話した。


「何かの言葉を引用したりしなかった?昔の偉人の言葉とか。」


四宮さんのその答えはまだ完全ではなかったが,その方向性は正解だった。


「すごい!何で分かったんですか?」


それを言われた舞は驚いて思わず声をあげて,四宮さんに質問した。


「コラ!ヒント出さないって言ったそばから,手がかりになることを言うな!」


結局ヒントを出してしまった舞に,僕はそう言って注意した。


「だって,すごいでしょ!」


舞はさらにそう言って,四宮さんの答えへの驚きを僕に伝えてきた。当然,僕にだってそれがすごいことは分かっている。だが,このまま彼女のペースで話が進むとまずいなという焦りがあったのだ。


「まぁ,すごいのは認めるよ。ちなみに何でそこまで分かったんですか?」


僕は舞の言葉に返した後,そう言って四宮さんに,その答えの根拠を尋ねた。予想はついていたが,ほぼ初対面の舞には分からないかもしれないためだ。しかし,四宮さんは僕の予想に反していることを自慢げに答えた。


「フフ,まぁね。私は人の心が読めるんだよ。」


「へぇ,すごいなぁ。」


舞がその冗談を聞いて,まるで信じてしまいそうな様子で感心している声を出していたので,僕は彼女の考えに意見した。


「嘘に決まってるだろ。心が読めたらもっとはっきり当ててるよ。」


「やっぱりバレたか。」


笑ってそう答えた四宮さんに,僕は自分の予想を話した。


「当然です。予測しただけですよね?」


「その通り。私と桜井くんは考え方が似てるからね。」


四宮さんが僕の予想を聞いてそれを認めると,舞が彼女に尋ねた。


「へぇ,どんなところが似てるんですか?」


「色々あるけど例えば。」


四宮さんはそう前置きして,質問に答え始めた。


「桜井くんは何か思い切ったことをする時,無理に自分を大きく見せたり,強く見せようとすることない?それが自身に自信を持つためなのか,その行動を正当化するためなのかは分からないけど。」


「あ〜,確かにあるかもしれませんね。」


舞はそう言って,四宮さんが下した僕の性格診断の結果に同意した。僕自身にもその結果に心当たりはあったため,特に口を挟むこともなかった。

四宮さんは舞の反応を聞くと,僕への推測の解説を続けた。


「でしょう?実は私も少しその感じはあるんだよ。ただし今の二人の様子を見てて,桜井くんが舞ちゃんに偉そうに接する様子が想像できなかったから,偉人の言葉とかを使ったのかなと予想しただけ。」


「それでもすごいですよ。誰の言葉かは当てられないんですか?」


彼女の推理に感心したような舞は,もっと聞きたそうな様子で,四宮さんにさらなる解説を求めた。


「それは難しいなぁ。」


さすがにできないと思ったのか,四宮さんはその要求に対して弱気な発言をした。


「やっぱりできませんか。」


しかし,舞がそう言った途端に,四宮さんは再び唸るような声をあげて考え始めた。どうやら彼女の負けず嫌いスイッチを舞が入れてしまったらしい。

数秒考えた後,四宮さんはその結果を舞に告げた。


「う〜ん,そうだなぁ。アインシュタインとか?」


彼女の答えは見事正解だった。しかし彼女がそれを当てたことに関しては,僕はそれほど驚きはしなかった。少し前に四宮さんと僕がタイムマシンについて語っていたこともあって,彼女は僕がタイムトラベルもののSF好きだということを知っていたからだ。それに関連するアインシュタインの名前が出てくることは,特に意外ではなかった。


「え!すごいです!何で分かるんですか!?」


しかし,舞はまたしてもその答えに驚き,同じようなことを言って彼女に正解だと伝えてしまった。僕はさっきと同じように,彼女の発言を叱った。


「コラ!ヒント出すなってば!」


「ハッハッハ!私の人の心が読めるんだよ。」


さっきよりも芝居がかったように笑って冗談を言った四宮さんに,舞もさっきよりも大げさに驚いて見せて返事をする。


「すご〜い!」


僕は同じようなことを繰り返している二人に,また同じ予想を話した。


「さっきも言ったでしょ!予測しただけなんですよね?」


それを聞くと,それまではしゃいでいた四宮さんは少し冷静になって話し始めた。


「うん,冗談だよ。まぁ,そこまで分かれば告白の時に何を言ったかも何となく分かる気がするけど,桜井くんが可哀想だから言わないであげる。」


そして,自分からクイズをやめた四宮さんは,話の流れを変えて僕たちに次のことを尋ねた。


「ところで,アインシュタインの名言といえばこんな言葉があるの知ってる?」


そう言って,彼女はその内容を僕たちに告げた。


「『異性に心を奪われることは,大きな喜びであり,必要不可欠なことだ。しかし,それが人生の中心になってはいけない。もしそうなったら、人は道を見失ってしまうだろう。』。」


「いいえ,初めて聞きました。」


「僕も知りません。」


僕も舞もその言葉について知らなかった。それを聞いた四宮さんは,それについての解説を始めた。


「人を幸せにしてくれる恋愛はとてもいいものだけど,恋愛に夢中になるあまり,他の大事なことを忘れちゃいけないよ,ってことなんだけどね。つまりは,舞ちゃんが受験という大事なことがあるから恋愛について考えないって言ったことと同じなんだよ。私が言いたいこと分かる?」


その質問を聞いて,僕たちは二人揃って首をかしげた。それを分からないと受け取った四宮さんは,彼女が言いたいことをさらに説明し始めた。


「だから,桜井くんのアインシュタインの名言を引用した告白に対して,舞ちゃんは知らないにも関わらずアインシュタインの名言の内容を使って答えたってわけだよ。つまりは,二人のことを聞けば聞くほど,私から見るとあなたたちはぴったりに見えるってこと。」


僕はその四宮さんの解説を聞いて,自分でも気づくことがなかった舞との共通点が分かって,素直に嬉しかった。そして,彼女が僕たちのことを確かに応援してくれていることが分かったため,本心から彼女にお礼を言った。


「ありがとうございます。」


「多分桜井くんは,アインシュタインのストーブに触れる時間と女の子といる時間の感じ方について話したんだろうけど,どう感じても時間が有限なことに変わりはないからね。気持ちが整わないなら仕方ないけど,後で後悔しないようにお互いよく考えるといい。」


四宮さんは人生の先輩からのアドバイスとして良いことを言ったつもりだったのだろうが,隣にいる舞は僕の告白に使った言葉を彼女がサラッと当てたことに驚いていた。


「先生,やっぱりすごいです。本当に桜井くんが何を言ったかまで予測できるんですね。」


「もういいです。」


僕は四宮さんの推理を止めることに諦めて,わざと拗ねたようにそう言った。


「ごめんごめん,今のはわざとじゃなかったんだよ。これ以上の詮索はやめるから。」


少し不機嫌になった僕を見て,慌てた様子で四宮さんは僕にそう言って謝った。『いいですよ。』と言って僕が許すと,彼女はホッとして今度は舞に話しかけた。


「でも舞ちゃんが楽しんでくれたみたいで良かったよ。」


「楽しめましたよ。すごかったです。」


舞は笑顔でそう返した。


僕も告白での言葉を暴かれるという変な辱めは受けたが,二人が仲良くなったみたいで良かったと感じていた。

そして,僕が気づかなかった舞の本心を引き出してくれたことや,彼女との共通点を見つけてくれたことに関しては,今日の四宮さんにはとても感謝している。

彼女たちからの恩返しという名目で勉強を教えてもらうことになったのだが,逆にそれで借りを作ることになってしまった。僕はいつかこの恩は別の形で返していかなければいけないなと心の中で密かに思った。


「でも,楽しい推理ショーと私の個人的な興味の話はここで終わり。そろそろ本題に入ろうか。」


自分の推理への舞の感想を聞いて満足した四宮さんは,そう言って話題を変えた。


「本題って何でしたっけ?」


それまでいろんなことがあったため,何をしに来たのかすっかり忘れていた僕がそれを尋ねると,彼女は黒板の近くに移動しながら丁寧に答えた。


「私たちがこれからあなたたちにする授業の話。知ってるかもしれないけど,大学生になると自分が受けたい授業は自分で選ぶことになるんだよ。だから,それぞれの1回目の講義はその講義で何をやっていくかの説明になるわけ。それをこれからあなたたちに話そうと思います。まぁ,大学生の授業の予習と思っていいよ。」


「はい,よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」


四宮さんから本当の授業を始めるような雰囲気を感じたため,僕と舞は改めてそう言って,彼女に挨拶をした。


「それじゃあ,これから私たちの授業ガイダンスを始めます。」


そうして,僕たちが受ける彼女たちの1回目の講義が始まった。


つづく

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