二部一章一話
ネル入国管理局を顔パスでスルーして、小さな通路を香弥とミュズィースの二人が歩いている。ミュズィースの足取りに疲れがないか、ちらりと後ろを見るが、大丈夫なようだ。
「ごめんなさい。あと少しだから我慢して」
ミュズィースが頷いたのを確認して、再び前を見て香弥は歩く。数分後、鉄板がはめ込まれた、行き止まりに着いた。鉄板の形こそドアそのものであるものの、ドアノブの位置には文字盤があるだけで押しても引いても開きそうにない。蝶番もレールもない。塗料が塗られただけのただの鉄板。その文字盤に香弥が触れ、
「今日の目的地は本部だから……」
少し何かを入力する。
「よし、開いた開いた。……お待たせ、ミュズィース。ここが私の、そしてあなたのホーム、式十字協会の本部よ」
鉄板が姿を消し、狭い通路の向こうには古い煉瓦造りの建物が見えていた。香弥に手を握られて協会本部の床を踏んだミュズィーは、あたりを見回した。
赤と、濃い灰色の煉瓦で天井から床まで作られている。天井はかなり高く、元は大きな教会か宮殿であったようだ。ステンドグラスが美しい。後ろを見ると、大きな木製のドアで、「入国管理局直通」と書かれている。しっかりと閉じていて、触って開けようとするが、ビクともしない。
「内装は、って言うかドアの半分くらいは魔法でできてるから使いこなせない人にはただの壁よ」
香弥が不思議そうな顔のミュズィースに笑いかける。いつの間にか、手に持っていたはずの薙刀も、腰に差していたはずの刀も無くなっていた。
「さて、そろそろ迎えが……来たわね」
こちらに白衣を着た長身の男性がにこやかに向かってくる。香弥が手を挙げると、その男も手を挙げた。
「おかえりなさい、咲岡さん。そしてはじめまして、ミュズィースさん。式十字協会の医療課の者です。一応、あなたにここで暮らしていけるかどうか検査をする決まりになっておりまして、お迎えにあがりました」
香弥が肩をすくめてみせる。
「それならそれで入国管理局くらいまで迎えに来いって話なんだけど、私みたいな実働部隊以外は使っちゃいけない決まりなの。……ミュズィース。そういうことで、いってらっしゃい。向こうよりはだいぶ居心地良いと思うけど、もし我慢できそうになかったらいつでも呼んで。飛んでくから」
にっこり笑って、香弥はミュズィースと力強く握手した。ミュズィースも、微笑む。
「ありがとう、香弥さん。私をここへ連れてきてくれて。きっと私、ここで暮らしていけると思う」
ずっと感じていていた息苦しさは、入国管理局に着いた時から消え失せていた。
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