十章八話

「まったく、どうしてこんなことになったのやら……」

咲岡真也は、何度目かの溜息をついた。雨岡に頼み事をされては断り切れず、それなりの報酬を受けてをこなす。そんな日々を繰り返して今にいたる。

雑用。そう、雑用だ。元調査団員にとっては雑用でしかないことだ。

「何が悲しくて神徒を引っぱたいて回ってるんだ俺は……」

青い花びらが舞って以来、高いターナ値を持つ神徒がごくまれに暴れ出すことがある。年頃も神徒としての能力もまちまちだが、共通することがある。


暴れている間、『何かにとり憑かれたように定まらない焦点で』『利き腕が鍵を回すような動作を行い』『見えない武器を持って振り回す』のだ。


気絶させればそのまま武器を手放す上に、暴れていた際の記憶も一切持っておらず、再発も今のところはない。まずは今いる、最新鋭の通信機器で埋め尽くされた部屋――大学の研究所の地下にある施設で、詳しいことは国家機密だそうだ――で、待機する。咲岡の他にも、10人程度の、調査団の制服を着た人間がここにいるところを見ると、街中で暴発してしまった神徒の能力に対処することを目的として用意された部隊なのかもしれない。通信機器によって警察や救急車への通報を傍受して――調査団の仕事であるので公的機関には手出し無用であることを告げて――急行し、淡々とマニュアル通りに麻酔銃を撃つ。それで事件は解決だ。ほぼ全ての事件はこの大学の近くで起こっており、大学から距離のある場所で発生した事件も全て簡単に対処できたそうだ。

けが人は出てしまっているが、幸いなことに全て軽傷で、重傷者も死者もいない。暴れる神徒は全員素人で、動きも鈍い。出現させる武器はほとんど多くが10cmにも満たないような短剣で、咲岡ならば徒手空拳で対処することになったとしても障害にはならない。現場の目撃者や当事者への対処も上手くいっており、事件を知る者は非常に少ない。時たまネットの中で噂になるようだが、大きな騒ぎに至ってはいない。今の頻度のままであれば表立った騒ぎにはならないまま、対抗策が見つかるはずだ。

『上手く行き過ぎている』

雨岡はここに来る度に不機嫌そうに言う。そう、上手く行き過ぎている。何か一つでも狂ってしまえば大騒ぎになることは間違いない。



十一章へ続く。

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